第7話 99個
クグは行き止まりの近くに、何かが落ちているのを見つけた。近づいてよく見てみるとオイルランプだ。
ダンジョンには冒険者が置いていったり、忘れていったりした物がたまに落ちていることがある。
しかしクグは、何かがいつもと違うような気がして気になった。なぜこのランプが気になるのかわからない。長年の勘か、それともただの気のせいか。拾って確認する。
「なんの変哲もないランプっすけど、どうかしたんすか?」
「ちょっと気になってな。このランプは冒険で使うタイプではないよな」
ランプの上部に傘がついている、家庭でよく使われるタイプのランプだ。
「そういえばそうっすね」
「冒険者がこんなの使うか?」
「野営のときに使うんじゃないっすか」
通常なら、防風機能があるハリケーンランタンを使うはずだ。
「いっぱしの冒険者なら、『ケーコートー』か『エーリーデー』くらいの補助魔法は使えるはずだし」
「制限プレイ好きなんじゃないっすか」
「だったら、わざわざ置いていくか?」
「そそっかしくて忘れたんじゃないっすか」
「忘れたら帰れないだろ。それに、さっきまで火がついていたような」
燃えたあとのようなニオイも少しする。ランプの傘の裏側や底を調べるが、どこも異常はなく持ち主の名前も書いていない。
「あそこにも何かあるっす」
ゼタが何かを見つけたようだ。行き止まり近くの地面に落ちていた物を拾った。
クグはゼタが拾ったものを見せてもらう。冒険者向けのバータイプの携行食が1本。まだ未開封だ。パッケージはあまり汚れておらず『バーナンダー』と商品名がはっきり見える。落としてからまだそれほど時間がたっていないのだろう。
「このランプといい、汚れてない携行食といい、さっきまで誰かがここにいたような感じだな」
「わかったっす。制限プレイ中の冒険者がここまで来たけど、俺たちが明るくしたから飽きて帰ったんすよ」
「誰ともすれ違わなかったぞ」
「俺たちが他の通路を探索してる最中に帰ったんすよ」
クグはゼタの推理があまり腑に落ちない。経験上の勘が何か違うと言っている。だが、それが何かはわからない。
「この携行食は何か手がかりになるかもしれないから、とりあえず道具袋に入れておいてくれ」
しかしゼタは、拾ったバーナンダーをクグに渡そうとしてくる。
「もう道具袋には入らないっすけど」
「入らないわけがないだろ」
「限界の99個入れっちゃってるっす」
「バーナンダーを99個も入れる意味がないだろ」
「99個まで入るんなら、限界まで入れるのがオトコっすよ」
「オトコもオンナも関係ない。『任務も道具袋も余裕を持って』がモットーだろ」
「『備えあれば憂いなし』っすよ」
「どうせ少しでも減ったらすぐに補充しないといけない、と気になってしまって、1個も使えないんだろ」
「そのとおりっす。99個入ってることに意味があるっす」
「胸を張って言うな。逆に『備えすぎて憂いあり』になっているぞ」
万能道具袋は、装備品や道具など手で持てる大きさの物なら何でも入れることができるのだが、同一のアイテムは99個までしか入らない仕様になっている。昔からそういう仕様らしい。ちなみに、道具袋に道具袋は入れられない。これも仕様だ。
同じアイテムを99個まで入れるのはアホな冒険者しかいないとクグは思っていたが、こんな身近にいたとは盲点だった。今回の任務が終わったら、ゼタの消耗品の請求書類をチェックすることに決めた。もちろん抜き打ちでだ。経費の無駄遣いは公務員の風上にも置けない。
クグはランプを地面に置き、ゼタからバーナンダーを受け取ると、きれいに砂を払い自分の道具袋に入れた。そして、他に何か不審な点はないか行き止まりの壁を調べ始めた。
家畜を襲うのが人間や魔族であれば、洞窟内のどこかに仕掛けをして潜んでいる可能性もある。事件とは関係なく、何か仕掛けがある場合もある。どちらにせよ、勇者の攻略情報になりそうなものはくまなく調べなければならない。
「まだ調べるんすか? もう何もないっすよ」
「つべこべ言わず手伝え」
ゼタは調べるそぶりだけで、適当に天井を見ている。
ゼタのことを気にしても仕方がない。今、注意を振り向けないといけないことは、洞窟内に不審な点がないかだ。それほど広い場所ではないので、何もなければすぐに調べ終えられるはずだ。
「おや?」
「どうしたんすか?」
クグは行き止まりの影になったくぼみの辺りで少し風を感じた。
くぼんで影になっているだけかと思っていたが、よく見ると穴になっており、急な下り坂が下へと続いている。
穴の幅は大人が1人通れる程度。高さは、大人なら軽く腰をかがめば通れる程度だ。
クグは地面に膝をつき穴の斜面を調べる。洞窟内の滴る水で満遍なく湿っているだけでなく、磨いたようにツルツルでとても滑りやすそうだ。爪のあるモンスターでないと、上り下りは苦労するだろう。
通路というより、滑り台になっている穴がポッカリ空いているような感じだ。よくある公園の滑り台よりも勾配がキツく、長さは10ミートル以上あるように見える。
「こんなところに滑りやすそうな穴があるがどうする? 一応、下までおりて調べておくか?」
「おりたら上がってくるのメンドそうっすね、調べなくてもいいんじゃないっすか」
「面倒ってオイ。任務だぞ。勇者の冒険の情報のためにも調べた方が――」
クグは穴の奥から何か音が聞こえてきたような気がして、しゃべるのを途中でやめた。モンスターの鳴き声とは少し違うような。人の声のような感じもした。
「聞こえたか?」
「かすかに聞こえたような。モンスターか何かじゃないっすか」
その何かが、何なのか。攻略情報に関係するのかしないのか。家畜被害に関係するモンスターなら、倒さず特徴を調べなければならない。
「モンスターなのか、負傷した冒険者が脱出できずにいるのか」
「モンスターならここより狭いとこで倒すのダルいし、冒険者なら自業自得だし、どっちにしても面倒っすね。スルー案件っすよ」
こんな狭い通路の先に家畜を襲えるモンスターがいるようには思えない。
クグは公務員の鑑を志す者として、与えられた任務以外の仕事はしない主義なので、関係ないのであれば無視したいと思った。しかし、
「一応調べておくか。どのみちダンジョンデータ収集はしないといけないし。万が一、負傷した冒険者だとしたら助けなければ。公務員としての前に人としてダメだからな」
負傷した冒険者がいつまでも洞窟内にいたら勇者の冒険の邪魔になるので、さっさと助けて立ち去ってもらわなければならない。
それ以外の勇者の邪魔になるものであれば、クグたちが排除するか、報告して排除手続きをすすめてもらわなければならない。
冒険者ではなくただのヤバそうなモンスターだったら、即行で引き返えせばいい。
クグが足を穴に入れ滑り降りようとしたとき、キャーとギャーとワーが合わさった悲鳴のような音が穴の下から聞こえてきた。
クグとゼタは顔を見合わせる。今の音はモンスターの鳴き声などではなく、人間の悲鳴だ。しかも、女性か子どもの声の可能性が高く、緊急性の高い事態であろうとクグは経験的に察知した。
クグは急いで穴に飛び込み坂を滑りおりる。15ミートルほど先に坂の出口が見える。思ったよりスピードが出ているし、出口の先がどうなっているのかわからない。滑った勢いで放り出されて尻で着地していたら、どんな状況にも対処できない。臨戦態勢で着地しなければ危険だ。
足で少しブレーキをかけつつ着地体制を整える。坂の終点に着く直前、足を前方に突き出し腰から跳ねるようにして飛び出し、両足で着地した。片膝を地面についてしゃがんだ状態になり勢いを殺す。
坂の出口が膝下くらいの高さの段になっていたのもあり、うまく足から着地できた。
どんな危険があるのかわからないので、すぐ動くのは危険だ。そのままの体勢で素早く洞窟内を確認する。
幅は7、8ミートルくらい、奥行きは20ミートルくらいはある楕円形の開けた空間。高さは大人が立って剣を振っても充分余裕がありそうだ。
前方4、5歩先には、リュックを背負った3人の子どもが身を寄せ合い座り込んでいる。すぐ近くには鞘に入ったままのダガーが1本、地面に転がっている。
そして3人の向こう側には、1匹のアンゼンモグラが子どもたちをロックオンし、1歩進むごとに左右を指差し安全確認しながら間合いを詰め、襲いかかろうとしているではないか。安全第一だ! 違う。今すぐ子どもたちを助けなければ!
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