第52話 毒の木
それから4日ほど。テレージアを求めて人々は並ぶものの、テレージアは王城に連れていかれてしまったと神官が説明をする。だったら自分たちはどうすればいいんだ、と人々は怒り狂い、次には「図書館にいる王城の臣下に直訴しよう」と怒りの矛先をそちらに向けた。
「それで行けるなら元気がある証拠よね」
とユリアーナが呆れたように言う。
「とはいえ、実際彼らはラーレン病にはかかっているからな……彼らの家族が代わりにいっているのかもしれないが……」
ユリアーナもヘルムートも、もはや疲労の色を隠せない。神殿にたどり着けば生きられると思いながらやってきた重症の者たちが増え、神殿の外にどんどん倒れていく。勿論倒れても生きているので、そちらもどうにか手を出さなければいけないと思う。しかし、満員の聖堂、満員の講堂、そして神殿の周辺にどんどん増えていく。今では、目で見える範囲で千人を越えてしまっている。とても面倒を見切れない。
当然、神殿まで来られない人々も多いだろうし、あちらこちらで死者が出ているという話もある。それぞれの村やそれぞれの地域の医師にかかって、ラーレン病だと知らずにそのまま死んでしまう者もいるに違いない。そして、ついに聖堂からも、貴族の部屋からも死者が何人も出た。薬を飲ませても助からないことが証明されてしまい、人々はため息をつく。
二人は神殿の一角の床になんとなく座って、ぼんやりと会話をしていた。そこへ、リーチェがやってくる。
「おい、ユリアーナ、樹液をとりにいくぞ……」
たった2日だったが、目に見えてやつれたリーチェに驚くユリアーナ。
「どっ、どうした、んですか。その顔!」
「寝てない」
「寝てないって……」
「いいから。とにかく樹液が必要なんだ。樹液が、たくさん。たくさんつっても……もう、限界かな……」
「限界?」
リーチェは苦々しい表情で「薬が出来る」と告げた。
「えっ?」
「出来るが、毒抜きを二回しなくちゃいけなくて、それをすると樹液の量が減る。そうなると……一日分の樹液の採取量を考えると、一日に出来る薬は、4,5人分ってとこだ。一か月作り続けても、120人、130人救えるかどうかってところだ……第一、そこまで、樹液が採れるのかどうか……そんなに連続で樹液をとったことがないので、僕は難しいと思うんだよね……」
元気がないリーチェを見ていると心が痛む。ようやく見つけた薬の製法なのだろうが、あまりにも現実的ではない。
「で、でも、それで、えっと、100人以上は助かるってこと……?」
「うまくいけばな。本当にうまくいけば。だが、その間にどんどん死んでいくだろ。僕が作って来た延命措置が出来る薬もそろそろ底をついてしまうし」
はあ、とため息をついて「お前も来い、ヘルムート」と言ってリーチェは魔方陣が書いてある場所までとぼとぼと歩いて行った。
毒抜きの意味がわからない、とヘルムートがリーチェに尋ねる。
「人が飲むにはあの大樹の樹液は毒が入っているんだが、今までそれを一回毒抜きしたものを使っていたんだが、二回したものとだけ、反応をした成分があったんだ。内容は特に違わないはずなんだが、仕方がないので二回することになる。一回毒抜きするだけで2日かかるから、二回抜くとなるとそれだけで4日だ。今日から4日間、死人が出なきゃいいがな」
そう言って苦々しい笑みを浮かべるリーチェ。移動魔法を使って家に帰って、ガートンを呼ぶ。すると、ガートンが「リーチェ様! お待ちしてました!」と血相を変えて走って来た。
「どうした」
「樹液の出方が……悪くなって……」
「!」
恐れていたことが、とリーチェは舌打ちをする。
「これじゃ一日に一人分ぐらいになっちまうか?」
と言って肩を竦める。どちらにしても現実的ではなかったが、どんどん現実から遠ざかっている。また、これは1からすべてやり直し、樹液を使わない方法を考え直す必要があるのか、と深く息を吐く。
「何にせよ、今採れているだけでも持っていく。やらないわけにはいかない」
そうは言っても落胆はする。リーチェは外に出ないで、そのまま床に座り込んだ。みながぎょっとそれを見ていると「疲れたな……」と呟いて、彼は項垂れる。考えれば、引きこもり生活を続けていた彼が、突然大人数の場所で働いていたのだ。それは疲れるに決まっている。その上、大樹の樹液が出なくなったと言われれば、心も折れることだろう。
「うう……」
「リーチェ様、あの、樹液、採ってきますね」
「頼む……」
そう言って、リーチェは膝を抱えた。これは相当へこんでいるのだな、とユリアーナとヘルムートはガートンにリーチェを任せ、リーチェの家から大樹の外側に出た。
「あ~、本当だ。樹液、そんなにたまってないね……」
「そうなのか」
「うん。これじゃ確かに少なすぎるな……樹液って、なんだっけ。光合成で生まれるんだっけ?」
「こうごうせい?」
ヘルムートは首を傾げた。ユリアーナも「いや、わたしも詳しくは知らないけど……」と言い訳をして、ううん、と唸る。
「あーあ、大樹が一本じゃなくて沢山あれば良いのに」
「そうだな。あの毒の木が大樹として育たなかったことが悔やまれるな」
そのヘルムートの言葉に、ユリアーナは「ん?」と首を傾げた。
「あの、毒の木、大樹の子供のようなものだと、リーチェ様は言ってたもんね?」
「ああ、言っていたな」
「だったら、あの木の樹液でも良いんじゃない……?」
「……」
だが、あの木は大樹と違って葉にも果実にも人体によろしくない成分が含まれている。だが、樹液は……
(違う……違う。毒が……)
毒が、枝葉や果実側に吸い取られていたら? ユリアーナは、夜、毒の木の樹液を舐めていた魔獣がいたことを思い出す。となると、毒抜きをしなければいけない大樹とは明らかに違うものだが、逆に言えば毒抜きが必要がない樹液だと考えられるのではないか。もし、本当にそうならば、薬を作る日数も短縮出来る。
しかし、何にせよ、もともとの成分が同じかどうかはわからない。
「リーチェ様に聞いてみよう!」
二人は慌ててリーチェの家に戻る。まだ、リーチェは通路で膝を抱えて座り込んでいて、ガートンがどうにかそこから動かそうとしても梃でも動かない状態だったようだ。
「リーチェ様」
「うん……?」
ユリアーナの問いかけに、顔を伏せたままで答えるリーチェ。
「毒の木の樹液って、大樹の樹液の代わりにならないですか?」
「ならないよ。以前調べたけど、成分……」
そこまで言ってから、リーチェは「はっ」と顔をあげた。
「ええ……そういうことか?」
「そういうことって?」
「ソーレス草……ソーレス草。ソーレス草。あれだ。僕が知らなかった香草だか薬草だよ。あれが役立つかもしれん。それから、あれだ。なんだっけ、あのなんかよくわからん種……」
ぶつぶつと何やらを呟いた後、むくりと立ち上がったリーチェは「おい、樹液、とってくぞ、その、なんだ、毒の木のやつを!」と、突然元気を取り戻して、リーチェは叫ぶ。ユリアーナとヘルムートは顔を見合わせから「はい!」と返事をした。
なかなか樹液がたまらないので、その日の夜は久しぶりにリーチェの家に泊ることになった。最初はヘルムートが反対をしていたが、リーチェがもう完全に「このまま帰ったら気が狂う!」と駄々に次ぐ駄々をこねたため、仕方がない。実際、彼は本当によく頑張っていたと思えたし、一晩で済むなら可愛いものだ。
翌朝、樹液が少しは溜まっているかと思えば、そんなに量はとれていなかった。だが、毒の木の数は多い。なんといっても、リーチェの家がある大樹のエリアをぐるりと円周状に囲んで何列も植えてあるし、そこから魔獣エリアを越えて、住居エリアに出るところなんて、更に広い円周でぐるりと何列も囲んである。もし、これに有効成分が含まれているのだとしたら、大樹一本から樹液を採取するよりは、よほど現実的だろう。
彼らは大樹の樹液と毒の木の樹液を両方もって神殿に戻った。リーチェは離れに飛ぶように戻り、ヘルムートとユリアーナは再び患者に残り少ない薬を飲ませることを手伝うことにした。
「ヘルムート! 一晩どこにいってたんだ!」
聖堂に向かって歩いていると、テレージアの護衛騎士がヘルムートに声をかけてきた。
「すまない。リーチェ様の家に行っていて……」
「悪いが、食料を神殿に運ぶのを手伝ってくれないか。人手が足りなくて……」
「ああ、勿論だ。ユリアーナ。君は聖堂に」
「うん」
「頼んだぞ」
そう言うと、ヘルムートはラファエルに連れられて神殿の外に向かう。ユリアーナはその姿を見て「騎士っぽいヘルムート、ちょっとかっこいいんだよなぁ」と見送ってから、聖堂へと足早で向かった。
薬が出来た、という声が離れからあがったのは、それから3日後のことだった。ただ、症状が進行してしまった者には意味がない。残念ながら軽度進行のラーレン病にしか効かないとのことだ。それでも、何もないよりはマシだと人々は思う。
「毒の木の樹液が必要だ。あれは毒抜きをする必要もなければ、大樹の樹液に比べて半分以下の量で済む」
リーチェは、またも寝ていない顔をしていた。だが、それでも神官数人と騎士数人、それからユリアーナに、薬についての話をする。
「とはいえ、絶対的に量は必要だ。僕がユリアーナを連れて行って、日に一往復でとってくる量だけでは賄えない。時間がかかってもいいから、兵士を派遣して、森の外側から入って、居住区との間にある毒の木から採取して一気に運んでくれないか。それを運搬してくるまでは、少量になるが僕の移動魔法で運ぶから」
「しかし、ガダーエの町までは馬を走らせても日数が……」
そういう声も出たが、それでもリーチェが毎日移動魔法で往復をして採って来ることを続けるよりは、一気にある程度以上の人数で森の外側から入って樹液を取った方が良い計算になった。
「ガダーエの町までまだラーレン病が広がっていなければ、そこのギルドで人を雇って一気に採取させればいい」
そのリーチェの言葉にヘルムートがうなずいて
「わかった。俺が行こう。何人か騎士を連れていく。一刻を争うから、馬を操るのがうまい者を。3日分の食糧だけ積んですぐに出る」
と言えば、騎士たちの動きは迅速だ。テレージアのことに動きがある可能性も考え、ラファエルは神殿に残ることになった。
「ヘルムート」
ユリアーナが声をかける。
「行ってくる」
「……うん。気を付けて」
「ああ」
そう言うと、ヘルムートはユリアーナの頭を軽くポンポンと叩いた。ユリアーナが見上げれば、彼は「心配するな」と言って小さく笑った。
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