第51話 第一騎士団
二時間を待たずにユリアーナは大樹の外に出た。樹液を採取している容器を見れば、そう多くは溜まっていない。
「はあ~……」
あれから、ユリアーナは「ここは一体」というテレージアの初歩的な質問に「リーチェ様に何も聞いていない!?」と驚きつつ説明をした。そして、ガートンがラーレン狩りに会ってしまい、ここに逃げて来たこと、自分もヘルムートがここに連れてきてくれて、なんとか助かったことなどを話した。彼女は「まあ、では、ここは魔女の家、のようなものなのですね……」と言っていたが、ユリアーナはあまりその意味をよくわからなかったので「おとぎばなし」の魔女の家についてをテレージアに尋ねた。
また、そんなにテレージアのことにユリアーナは興味がなかったが、一応社交辞令で彼女のこともいくらかは尋ねた。彼女は言葉を濁していたが、父親である国王からは疎まれていた様子だ。その上、体が治ったかと思えば、すべて彼女に一任して王族は王城に籠っていると言う。そのことにユリアーナは素直に「可哀相に」と思った。
「ちょっと、疲れたな……」
外でぼんやりと空を見上げる。大樹の枝葉は空に向かって、風にそよいでいる。穏やかな時間。こうしている間にも、ゆっくりとゆっくりと、世界は破滅に向かっているのだ。そう考えても、どうもピンとこない。だが、それは間違いない事実だ。
やがて、ガートンとリーチェも外に出て来た。リーチェの指示で、ガートンは樹液をとる容器を3つほどセットし、今日溜まった分はボトルに詰め替えた。
「2日後に取りに来るから、毒抜きまでやっててくれ。今日の分はしょうがないから、向こうで僕がやるけど」
「わかりました」
そのやりとりに、ユリアーナは「毒抜き?」と尋ねる。
「ああ。この樹液には毒が混じっていてな。ここから、毒抜きをしないと薬に使えないんだ」
「ええ~、そうなんですか……」
ガートンは口をへの字に曲げて
「そういう面倒くさいことだけ、覚えさせるんだから……」
とぼやいた。
「テレージア、どうだ? 神聖力は回復したか」
「はい。大分回復した感じがします」
「ラファエル、お前は起きろ。おい、ラファエル」
「……あっ……!」
リーチェの呼びかけでようやく目覚めるラファエル。
「お前は本当に使えないな。何のためにここに来たんだ?」
「す、すみま、せん」
無駄に偉そうなリーチェに謝罪をするラファエルの様子がおかしくて、ユリアーナは笑った。彼らはリーチェに連れられて、再び神殿に向かう。
魔方陣で神殿に戻った4人。が、どうやら神殿では何かがあったらしく、人々がバタバタと行き来している。一体何が、と思っていると、彼らを見た神官が慌てて走って来た。
「テレージア様っ……へ、陛下が、陛下がラーレン病に罹患したそうです……!」
「お父様が……!?」
「それで、すぐにでもテレージア様に王城に来て欲しいと……今、使者の方がお待ちになっています!」
「で、でも」
嫌な予感がする。テレージアはぎゅっと手を胸元に組み合わせた。彼女は、顔を伏せて、ぎゅっと手に力を入れた。
「……王城に行って……そこで、わたしを、閉じ込めるつもりなのでは……? 一般の……民衆はどうでもいいから、お父様を治せと、そんなことを言うつもりでは……」
震える声。確かにそれは考えられる。なんといっても民衆を斬り捨てて、保身に走って籠城を始めてしまったわけだし。そして、今は頼みの綱の研究所も崩壊している。
「いかなくていいだろ、そんなもん」
「リーチェ様……」
不安げにリーチェを見るテレージア。
「人一人の命。王だろうが平民だろうが一緒だ。それに、テレージアの治療術と、僕の薬はまあまあ等価だ。薬を持たせて、使者を返しちまえ」
「ですが、それをしたら、使者の方が父に殺されてしまうかもしれません……命の重さは等価でも、立場と権力が違うのです」
それへ、ラファエルが「リーチェ様の移動魔法で王城と行き来をするのはどうでしょうか」と尋ねたが、リーチェは「僕の移動魔法は基本的に1日に1往復程度が限界だ。今日は無理だし、今すぐ樹液の毒抜きをしなきゃいけない」と冷たい。
「テレージア様が倒れたことにでもして、薬を持たせたらいいんじゃないですか。倒れてしまっていれば仕方がないってことで。おかげで神殿もパニックに陥っている、とかなんとか言って」
と、ユリアーナは雑な提案をした。神官はおろおろと「しかし……」と言う。
テレージアはしばらく考えていたが、やがて顔をあげて「そういたしましょう」と告げた。それは、彼女が王族ではなく民衆を選んだ瞬間だ。
「リーチェ様、お薬を5日分ほどわけていただいてもよろしいですか。そちらを使者に持たせます。使者には、わたしが倒れたということにしてください。ありがたいことに今日はまだ民衆の前に姿を見せていませんから。使者がここから出ていくまでわたしも動かないことにします。それでお願い出来ますか」
「使者にはわたしが話をしよう」
とラファエル。
神官はおどおどしながら「わかりました」と頭を下げた。リーチェは家からとって来た残りの薬の袋を開けて「5日分瓶に入ってるから、これそのまま渡しといて」とラファエルに渡した。
問題は国王の話ばかりではなかった。民衆のフラストレーションがたまっていて、今日もまた聖堂の出入口をドンドンと叩く者が増えた。入口を閉鎖された聖堂の中は、もう隙間なく人々が倒れており、これ以上人を増やすことが出来ない。仕方がないので神殿の他の小さな講堂を開放したが、そちらもあっという間に人が運び込まれ、いっぱいになった。だが、面倒を見る側の人数は増えない、もうこれ以上は限界だった。
また、患者の面倒を見ていた者の中で罹患した者が出た。まだ動けるから、と言っていたが、その者は部屋から出ないようにと隔離をされた。ユリアーナがそっと外の様子を見ると、テレージアに治療術を施してもらおうと並んでいる列はどんどん伸びている。
王城から来た使者を返した後、テレージアはパンを一つかじってから治療に当たる。そうやっている間に、他の国がどうなっているのか、の話が入って来た。この大陸の他にいくつか大陸があり、それぞれ国が5つ6つある。そのうちの2つの国のトップがラーレン病で命を落としたのだと言う。どうも、人口が多い場所から流行っているようで、田舎の方はまだ到達していないようだが、それも時間の問題なのだろうと思う。
「リーチェ様! リーチェ様!」
「なんだ!」
「もしかしたら、ソーレス草の種子が、効くのかもしれません……!」
「ソーレス草? なんだそれは! 初耳だぞ!」
離れに戻ったリーチェは、クライヴからの報告をうけて慌てて部屋に入っていく。新しい有効な成分を見つけた、と人々は色めき立っていた。
「リーチェ様がお持ちになった樹液の効果を、ソーレス草の種子で高めることが出来そうなのです」
「そもそも、なんなんだ、ソーレス草ってのは。僕は知らないが」
「香草の一種で、肉を焼くときに使うものなんですが、国外からやってきてここ二年ほどで流行りまして……」
「ぬう、肉が食べたくなってきた……」
「えっ、あっ、ちょっと! 後でいくらでも食べさせますから、まずは話を聞いてくださいよ!」
「それは通年で手に入るのか。容易なものなのか」
「容易ですが、種子を砕いて本当に内側の核の部分にしか成分がありません。なので、加工そのものに時間はかかりますかね……」
「容易なら構わん。待て、話を聞く前に樹液の毒抜きをさせろ。それから、肉をちょっと何か食わせろ……肉! 肉だ!」
ああ、やっぱり気を逸らすのは駄目だったか……クライヴは仕方がない、とため息をついた。
夕方近く、まだテレージアの治療に並んでいる人々の列は途絶えない。だが、そろそろ今日の分の治療は終わりだと通達しなければいけない。
が、その時。地鳴りのような音がする。一体何が起きているのか、と思えば、馬に乗った騎士が10人ほど神殿に向かってきた。テレージアの両側にいた護衛騎士たちは、やってきた騎士を警戒する。
「テレージア様、国王命令でございます! ご同行をお願いいたします!」
「!」
病人たちの列の横を悠々と騎士たちは駆け抜け、列の先頭を横入りして高らかにそう言った。
「ですが……あ、明日には、ここに戻れますか……?」
「国王が治るまで、あなたには治療をしていただきたい」
「わ、わたしの力では、ラーレン病は完治しません! それは無理です!」
「無理でも、やっていただかなければいけない!」
そう言うと、騎士数名が馬から下りて、テレージアに近づく。それを、護衛騎士たちは阻んだ。
「お前たち、どけ! 国王命令なるぞ!」
「証拠がない」
「証拠だと!? われらは、国王陛下より直接命を賜る、第一騎士団だ。それが何よりの証拠であろう!」
「テレージア様、今すぐ王城へ!」
「それが出来ないとなれば……」
やってきた騎士たちは、すらりとみな剣を鞘から抜いた。テレージアは
「嫌です! お父様には、薬をお届けしたはずです! わたしの治療とその薬には大差はありません! わたしはここに残って、みなさんの治療を続けます! この列を見て、あなたたちは何も思わなかったのですか……!? それに、先ほども申し上げました。わたしは完治することなぞ出来ません。進行を遅らせることしかできない。今の苦しみを少しだけ和らげることしかできない。わたしの力はそれだけです! だけど、それだけでも、とこれだけの人々がわたしの元に来るのです。ならば、それに対して尽くすのが聖女であるわたしの役目です!」
と叫んだ。
「残念ながら、何をおっしゃられても無駄です。我々はあなたを連れて帰……」
と言っている騎士に、がつん、と石が当たった。並んでいる列から、誰かが彼に石を投げたのだ。
「くそ、誰だ!?」
すると、それを皮切りに、列にいた人々は、病の体をおしてわあっと騎士団に詰め寄った。そのうちの半数ぐらいは、もう夕方になるのでこれ以上の治療を今日は受けられないと知ってやけになっていたかもしれない。
咳き込みながら、ふらふらになりながら、民衆たちは「うるさい! 帰れ!」「聖女様を連れて行くな!」「お前たちもラーレン病になっちまえ!」と叫び声をあげる。
「うるさい、うるさい! 口答えをした者は……!」
そう叫びながら、第一騎士団の団長らしき者は、剣で一人の体を切った。鮮血が飛び散り、あたりは阿鼻叫喚だ。神殿の中から何事かと他の護衛騎士や神官も一斉に出てくる。
「あ、あ、ああ、あ……! やめて、やめて、やめて!」
男性が一人、胸を切られて叫びながら倒れる。テレージアはその男性に慌てて駆け寄った。その腕を騎士が引っ張ろうとする。それへ、護衛騎士が割り込んでテレージアを守る。
「ああ、ああ、ああ……お願い、お願い、助かって……助かって……」
テレージアは震える手で、神聖力を倒れた男性に送った。だが、彼女は今までずっと「ラーレン病にかかっていた人々」を助けるためにだけ力を使っていて、外傷に対して力を使ったことはない。
「あ、あ、血が、血が止まらない、血が……」
ほろほろとテレージアは涙を流す。ごほっ、とその男は血を吐き出し、暫くするとそのまま息絶えてしまった。その背後で、馬に乗った騎士が人々の行列を散らす。そして、馬から下りた3人は、テレージアを守る護衛騎士たちと戦っている。
「うっ!」
一人の護衛騎士が地面に倒され、その隙にとテレージアは第一騎士団の騎士に腕をとられた。
「いいか! テレージア様を傷つけたくなければ、そのまま下がれ!」
「テレージア様!」
「くそ、卑怯者!」
「なんとでも言え! 王命だ!」
かくして、テレージアは王命により身柄を拘束され、王城へと連れていかれてしまった。列に並んでいた民衆たちは「自分たちはもう終わりだ」「どうしたらいいんだ」と口々に落胆の言葉を吐き捨てた。
「さっき、さっきテレージア様は薬を国王に届けたって言っていたぞ」
「そうだ! 薬があるなら、俺たちにくれよ!」
「薬! 薬を!」
咳き込みながら人々は叫ぶ。護衛騎士たちはその騒ぎをどうにか抑えるために時間とられ、神官も巻き込んで、人々を散らすのに夜までかかったのだった。
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