第22話 魔獣との闘い

 魔獣が出るエリアに足を踏み入れて、二時間で彼らはほうぼうの体で人の居住エリアに戻って来た。気付けばもう夕方。これではあっという間に夜になってしまう。予想以上に魔獣が出て、思ったよりも先に進めなかった、と2人は肩を落とす。


「ああ~……本当に疲れた……」


「まったくだ……」


 二時間だけでも、2人はくたくただ。魔獣を何体か殺してしまい、折角つくった道に死体を放置してしまった。となると、その魔獣を食べる魔獣がさらにそこにやって来るに決まっている。そのことを考えていなかった。


「道を作りながら行くの、厳しいかなぁ」


「そうだな……何にせよ、しるしをつけながら進むしかないか……」


「そうだね。もう明日は獣道のままでがさがさ行こう」


「ああ」


 ユリアーナは「疲れた疲れた」と連呼をしていたが、体は動く。地面の上に腰かけ、荷物から食物を取り出した。


「ご飯食べよう。干し肉と乾パンでいいよね? あと、ちょっとスープ作るね」


「ああ、勿論だ」


 水は、近くに川が流れているのでどうにかなる。森の中を横断している川があることは、彼らにとっては大きかった。ヘルムートは火を起こす。ユリアーナは水筒に入っている水を携帯用の鍋に入れた。湯が沸く間に、ヘルムートは二人分の水筒を持って、川に水を汲みに行った。


(なんか、変なの)


 湯が沸いたら、乾燥させた茸とその辺で採ってきた食べられる草、家から持ってきた調味料を適当に入れる。なんということのない貧相なスープではあったが、茸から濃い出汁が取れて、味そのものは良い。


(ヘルムートと戦うの、なんか、良かったのよね……)


 剣を使っての実戦も、彼女はほとんどやったことがない。しかも、一人ではなく二人で行ったことは初めてだったが、それが「悪くなかった」どころか「良かった」と思う。


 案外と自分の体は動くものだ、とユリアーナは驚いていたが、それより更にヘルムートの動きに驚かされた。騎士と言うものはみなそうなのだろうか。いや、普通の騎士は魔獣などほとんど相手にしない気がするが。何にせよ、彼は手慣れていたし、彼と共に戦うことは不思議としっくりと来た。


(騎士様だからなのかな? なんかすごく、動きやすく立ち回ってくれるし……)


 きっと、彼のおかげだと思う。騎士ともなれば、複数人で戦うことも慣れているのだろう。夜、自分の家で彼に剣を突き付けた時、彼は自分の剣を褒めてくれた。しかし、それだけだ。実戦となれば天と地ぐらいの差があるのだろう、とユリアーナは少しだけ悔しい。


「おい、水筒」


「あ、ありがとう」


 戻って来たヘルムートはユリアーナの分の水筒を渡す。悔しいは悔しいが、今のところは頼もしい。ぶっきらぼうで、物言いは粗雑だけれど、逆に気を使わなくても良いと思う。


 ユリアーナがスープを作っている間、ヘルムートは地図の確認をしていた。


「いい匂いだな」


「うん。具は貧相かもしれないけど、味は悪くないと思うの」


 そう言って、ユリアーナはスープを小さな皿によそっていれた。干し肉と乾パンとスープ。悪くない夕食だ。


「いただきま~す」


 そう言ってユリアーナは自分の分のスープに口をつける。うん、悪くないと満足そうな表情で乾パンにもかじりついた。


「ああ、うまいな」


「でしょ? 茸のおかげだと思うんだよね」


「手慣れている。野営をしたことがあるのか?」


「ううん、ないよ。ないけど……」


 ないけれど、ある。それは、残り9回の人生で何度か、森を出ようとした時の話だ。ユリアーナはふっと表情を緩和させて


「ないけど、まあ、出来ちゃった。ヘルムートはあるの?」


「ああ。騎士見習の時から、何度か」


「そっか。騎士様って見習いってのがあるのね」


「そうだ。俺は10歳の頃から見習いになってな……」


 そこでヘルムートは話を止めた。わざわざ自分のことを明かすのも馬鹿馬鹿しいとでも思ったのか、それ以上の言葉は出ない。ユリアーナも特に彼にその先を求めなかった。少しは気になったものの、思い出話を聞くほど、彼らの仲はまだ近づいてはいなかった。



 食事を終えて、ヘルムートが「自分が火の番をする」と言うので、ユリアーナは彼に任せた。別に火の番などいらないのに……と思ったが、魔獣のエリアに近いといえば近いこの場所。毒の木々を越えてやって来る魔獣がいないとは限らない。念のために、ガダーエの町で買ってきた動物除けの聖水を辺りに撒いたので、少しは魔獣に効くと思うのだが。


 ユリアーナはごろりと横になった。肌寒くないぐらいの気温。今は良い時期なので、特に毛布などは持ってこなかったが、問題がない。頭の下に外套を丸めて入れて、あっという間に彼女は眠りについた。彼が自分を殺すのは、自分がラーレンになってからだ、と思っているので、ヘルムートの前でも特に気にすることはない。


 ヘルムートは火を見つめ、ユリアーナを見つめ、再び火を見つめる。


(大樹を見つけたら、一体どうなるんだろう。あの神は、俺にどうしろと言うのか)


 ユリアーナは今は「まだ」ラーレンではない。ならば、何故。


(早く、大樹を見つけて……それから、テレージア様の元に戻って……)


 戻ったら、ユリアーナはどうするだろうか。変わらずあの家に住むのだろうか。そして、ある日ラーレンになるのだろうか? 謎なことだらけだ。


(チェストに入っていた、白が混じっていた羽根。あれをわざわざ取っておいているということは、彼女は自分がラーレンになると知っているということだろうか。母親はラーレンだったのだから、当たり前だが……)


 何故、ユリアーナが自分に付き合ってくれているのだろうか、とヘルムートは思う。確かに、自分はユリアーナがラーレンになるのを待っている。ラーレンだったら殺すと彼女に告げた。


――自分のことばっかり!――


 怒るユリアーナの声を思い出す。そうだ。自分は自分のことばかりだ。ユリアーナがラーレンになる前に、大樹を探したい。そして、ラーレンになったら、その翼を切り落としたい。すべてにおいて、自分は彼女の力を、彼女の体を搾取しようとしている。


(殺そうと思っているのに、こんな風に利用をして)


 しかし、それが自分なのだ。ヘルムートは苦々しい表情で溜息をついた。だって、仕方がないではないか。何度生き返っても、何度やり直しても、テレージアを救えないのだから。最後の一度、どうにかテレージアを殺さずに済みたいと思うことは、いけないことだろうか。世界なんか、どうでもいい。ただ、テレージアを……。


(もう、テレージア様のことをどう思っているのかも、自分でよくわからない。もしかしたら、以前は好きだったのかもしれないが……)


 ラファエルがいるからなのか、どうなのか。もう、それすらわからない。ただ、彼女を救うのは自分にしか出来ないと薄々感じている。だから、そのことに囚われているのかもしれない。


(生きる回数を重ねるたびに、どこかが麻痺したように……何かが、すり減っていく気がする)


 テレージアを救うと言う目的「だけ」に固執をしているせいだろうか。ヘルムートはちらちらと揺れる炎を見ながら小さくため息をついた。


 すうすうと規則正しい寝息が耳に届く。ああ、そんな風に無防備に眠らないでくれ……ヘルムートは苦し気に目を伏せた。




 翌日、2人は魔獣たちが出るエリアを慎重に進んでいった。肉食の魔獣が数体出たが、どれも追い払うことが出来たのは幸運だった。


 正直なところ、ユリアーナにとってヘルムートは予想以上に「しっくりくる」騎士だった。それは、ヘルムートが複数人で戦う経験を持っていたからなのだろうと思うし、また、それ以外にも不思議と彼らは「合って」いた。魔獣相手なんてほとんど戦ったことがなかったユリアーナだったが、ヘルムートの指示は的確だったし、ぶっきらぼうであってもわかりやすく感じた。また、ヘルムートからしてもユリアーナは「通じる」相手だったに違いない。


ところが、ついにそんな2人の前に、大きな犬型の魔獣が立ちはだかる。群れというには少ないが、3体の犬型の魔獣だ。木々の間から突然襲われた2人だったが、最初の攻撃はなんとか避けることが出来た。


「こいつは、魔力はそんなにないから、魔法は使わない。だが、3体一緒で狩りをする」


 どうやらヘルムートが知っている魔獣らしい。彼の声音で、これまで彼らがかわしてきた魔獣と比べて厄介なのだということがユリアーナに伝わる。


「群れてるのは、困るわね……」


 ヘルムートと背中合わせになって、じりじりと迫ってくる魔獣を見るユリアーナ。魔獣は、こちらの性別がわかるのか、どうやらヘルムートではなくユリアーナを狙っているようだ。体が小さい獲物として狙いをつけたのだろう。それは、ヘルムートも感じ取っている。自分の視界には3体中1体しか入らない。となれば、ユリアーナの視界に2体が入っているはずだ。


「おい、そっちは2体いるが……」


「なんとかするしかないでしょ……」


 次の瞬間、ヘルムートに向って彼の目の前にいた一体が襲い掛かった。だが、それは一種のフェイクのようなもので、本気ではない。彼の気を逸らすためのものだ。そして、それと同時にユリアーナに1体が襲いかかり、もう1体は様子を見て後から動き出す。


「逃がさん」


 この3体をかわすことは難しいと腹をくくって、ヘルムートは自ら向かってくる魔獣に突っ込んだ。フェイクで襲い掛かって彼を脅かそうとした魔獣は、ヘルムートのその様子を見て、後ろに飛びのいた。しかし、そこにヘルムートはさらに突っ込んでいく。


 一方のユリア―ナは、一体の魔獣に襲い掛かられ、なんとか一度はかわしたものの、直後にもう一体が爪を伸ばして襲ってくる。それへ、剣で反撃をすれば、魔獣はそれを避けて横に飛んだ。だが、二対一であることに変わりはない。


「ちっ……」


 木々が生い茂っていて、飛んで逃げることは難しそうだ。ヘルムートが背を離して魔獣に向かっていったのは感じ取っている。こちらは二体か……と舌打ちをした。


 二体からの攻撃をかわしながら剣を振るう。そこは、ヒュームよりも身体能力が高いラーレンだからこそ出来ることだ。魔獣たちからすれば、ユリアーナはヘルムートより小さいから、簡単に倒せると思ったに違いない。けれど、ユリアーナはうまく避けながら剣を振るって魔獣を後退させる。


 そのうち、ユリアーナの剣が魔獣の前足を切った。ギャン、と叫び声をあげて、相当後ろへと引き下がる。それへ、もう一発、と前傾姿勢でユリアーナは飛び込もうとした。


「……はっ!」


が、突然、上から何かが落下をしてくる。木になっていた果実だったが、一瞬ユリアーナはそれに気を取られて、ぐっと足に力を入れて踏みとどまった。そんなものが落ちてくるとは、まったく予想をしていなかったので、はっと意識が一瞬途切れる。それは、彼女の実践経験の少なさゆえのものだった。


(あ、やっば……)


 一瞬の無防備。そこをもう一体の魔獣が見逃すはずがない。


(やられ……)


 視界の中、自分にとびかかる魔獣の姿が動いた。だが……


「……あっ……」


 残りの一体を仕留めて慌てて戻って来たヘルムートが、ユリアーナと魔獣の間に割り込んだ。割り込んだと言っても、完全に彼も無防備に突っ込んできたようなものだった。


 そして、ユリアーナの目の前で、彼は魔獣の爪に薙ぎ払われ、横に吹っ飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る