第21話 森の探索
「ええ~、なんで今日も来るの!?」
「数日、休みをもらってな。君は今日はどこに行くんだ」
「狩りの途中だよ! こっちは自給自足の生活なの!」
ユリアーナはぷんぷんと怒る。ヘルムートからすれば、ユリアーナがまだこの森にいてくれなければ困るため、様子を見に来ることはおかしいことではなかった。が、まさかの、ユリアーナの家に向かう途中でユリアーナに出会ってしまったのだ。
彼女はすっかり、自分の家にヘルムートがやって来たのだと思っている。勿論嘘ではないが、別に会いに来たわけではない。
(まあいいか。とりあえず、コーカとして扱おう)
「聞きたいことがあって」
「はあ? また!? 質問ばっかりじゃない?」
「そうだな」
「自分のことばっかり!」
そう怒るユリアーナ。ヘルムートは真面目な表情で答えた。
「……それなら、君からの質問も受け付けよう」
「はあ? 別に聞きたいことなんてないけど!」
「じゃあ、こちらかの質問に答えてくれ」
「もう~、勝手だなぁ……」
ヘルムートは口元を緩めた。馬に乗ったまま、ユリアーナに尋ねる。
「森の、大樹とやらに、心当たりはないか」
「……もりのたいじゅ」
「そうだ」
その言葉を聞いて、ユリアーナの表情が変化した。じっと、ヘルムートを見上げる。
「ねえ」
「うん?」
「テレージア様がラーレン病だっていう診断は出たの?」
「いいや、出ていない」
「そう」
ユリアーナは、静かにヘルムートに尋ねる。
「誰に、言われて探しているの。森の大樹とやらを」
「……」
ヘルム―トは言葉に詰まる。だが、ユリアーナの瞳は彼を射抜くように強い。彼女はもう一度、強い声音で彼に尋ねた。
「ねえ。誰に言われて? それを教えてくれなければ、答えないわ」
「知り合い、だ」
「誰?」
「知っているのか。森の大樹を」
ヘルムートのその言葉に、ユリアーナは肩を竦めた。
「また自分の質問ばかりね。こっちの質問には答えてくれないくせにね」
「君が知らない人だ。答えようがない」
「どうして森の大樹を探すの」
「……ラーレンのためになると……そう、聞いたからだ……」
「ラーレンのため? それで、その大樹を探してどうなるの? 大体、あなたが求めているラーレンなんていないのにさ」
「さあ……どうなるのかは、俺にもわからん。ただ、その大樹を探した方が良いと……そう言われたからだ」
馬鹿馬鹿しい話をしているとヘルムートも思っている。しかし、言われたのだから、探さなければいけない。ラーレンのために、とは、きっとこの目の前にいる彼女のためだと言うことも知りながら。
「だから、誰に?」
「だから、君が知らない人だ」
堂々巡りの会話に、ユリアーナはふう、とため息をついた。
「わたしは、知らない。でも、もしかしたら……」
「ああ」
「この森の中央部。魔獣たちがいる場所を抜けていった先、そこに、大樹があるのかもしれないと思って……」
「根拠は?」
「ない。ただ、この森から行ける場所、行ける森に、大樹があるという話は聞いたことがないし、何よりこの森の規模が大きいから……生活出来る場所に大樹はないけれど……大樹が、人間が生活できる場所にあるとは限らないでしょ。空もさ、森を超えるほどの高さは飛べないから、確認は出来ないんだよね……」
そう言ってヘルムートを見ると、彼は真剣な表情だ。
「中央部か……しかし、魔獣がいるエリアがその前に結構広くあるな」
「そうなのよ。肉食のやつらもいるし、ちょっと、お勧めはしないかな……でも……」
でも、とユリアーナは続けそうになって、なんとか言葉を飲み込んだ。でも、もしもそこに大樹があるならば、自分は行かなければいけない……ような気がする。
(どうして、あんなに大事なことだったのに、忘れていたんだろう……)
理由は簡単だ。それは、ユリア―ナが9回も生を繰り返し、生まれ直した以前の記憶がどんどん曖昧になっているからだ。それはわかっている。だが、今思えば、もしかしたら「それ」は本当に大切なことだったのではないかと思える。
(でも、それを忘れてしまうほど……)
ユリアーナは、ラファエルが好きだったのだ。きっと。ラファエルと幸せになりたかったのだ。それが、まったく叶わない、夢物語だとしても。
「明日」
「え?」
「大樹を、探しに行く」
「ええっ、本当に!? 昼は仕事だとか何とか言ってなかった?」
「休みを数日もらった。君もどうだ? 一緒に大樹を探しに行かないか?」
「どうして? 別に、ラーレンのためだからって、わたしは……」
ヘルムートは何かを言いたそうに口を開けたが、一度そこから唇を引き結び、それから再度言葉にした。
「そうだな。君はコーカだから関係がなかったな。悪かった。しかし、魔獣相手に戦うことは初めてではないが、正直なところ俺一人で行くには不安があるので、君さえよければ……」
そのヘルムートの言葉に嘘は「ほぼ」ない。実際、魔獣がいるエリアを自分一人で抜けることは難しい気がする。そしてまた、それはユリアーナも。そもそも、二人組でもそれが出来るかどうかすらわからない。
とはいえ、彼のその言葉には裏がある。自分を見張りたいのだろうし、見極めたいのだろう。
「君の剣は、結構な腕前だ。それに、森のことは森の者に聞くのが一番だろう。俺が雇ったら、一緒に行ってくれるか?」
「……」
悩むユリアーナ。彼が大樹を探すのであれば、自分は待っていれば良い。とは言え、彼一人で本当に探せるだろうか。いや、そもそも大樹を見つけたからと言って、彼がそれを報告する必要はないのだ。また、彼が失敗したら、自分1人で探せるだろうか……。
「わかった。明日から?」
「ああ」
性急な気がするが、それで困る話でもない。むしろ、良い。自分の翼が白くなってからでは、間に合わない。出来るだけ早いうちにヘルムートと共に大樹を見つけて。
(みつけてどうするのかは、わからない。わからないけど、ラーレンになってから、その大樹に行けば何かがあるのかもしれない……)
賭けではあった。少なくとも今の時点で、鏡で白い翼は確認できていない。少しずつ白くなっていくにしても、明日から大樹を探せば、間に合うのではないかとユリアーナは思ったのだ。
翌日、ヘルムートは約束通り朝からユリアーナの家に訪れた。森の地図を広げて、どこまではそれなりに歩けるのか、どこからが本来足を踏み入れてはいけない、魔獣のエリアなのかを確認して、家を出発する。
(俺が大樹を探している間に、ユリアーナを逃がさないため、彼女を誘ったが……)
思いの他、ユリアーナは有能だった。当たり前だ。森に長く住んでいるのだ。むしろ、行先案内人としては最高の人選だった、と思う。人が生きるエリアを最短距離で抜けていくのも、ヘルムートの目からはわからない、一見道に見えない道を選んでいく。獣道ではないかと思っても、案外と普通に通れることにヘルムートは驚きを隠せない。
「魔獣がいるエリアで野営は出来ないから、魔獣のエリアをちょっと行って様子を見てから、こっちのエリアに戻ってきて今晩は野営しよう」
彼らは、動物除けの聖水を持ってきていた。だが、魔獣にはそれがそんなには効かない。居住エリアには野生動物が出るが、聖水で眠るときに襲われることを防げる。だが、魔獣のエリアではそれを使っても、凶暴な魔獣には効かないだろうと言われていた。
「そうだな。魔獣のエリアを、この時間から抜けられるかは少しわからないしな」
「うん。それに、道がなくなる。魔獣のエリアを抜ける道を作りながら進んで、夕方にはこちらに戻って来れるようにしよう。明日になったら、作った道を行って、同じようにまた道を作る。うまくいけば明日中には魔獣のエリアを抜けられる。まあ、進捗次第ではこっちに戻って来ることになるかもしれないけど……」
地図を見ると、魔獣が生息するエリアと人が生きているエリアの間に、濃い色が塗りつぶされている。
「魔獣は、何故決められたエリアからは出てこないんだ? この濃い色は、境目を表しているのか?」
「魔獣のエリアと人の居住エリアの間に、毒をもつ木が相当長く植えられている。この森を『そういうもの』として、誰かが作ったのかどうかはわからないけど。だから出てこないだけで、毒があっても気にしない魔獣なら、たまには出て来るよ」
「……そう、だったのか」
「だから、ヘルムートも魔獣のエリアに入る前の、その、毒の木々が続いているエリアでは、絶対木の実を食べないでね」
「わかった。それは……ありがとう」
背筋を冷たい何かが走る。ぞくりと身震いをして、ヘルムートは自分の首筋に手をあてた。地図からはわからないどころか、実物を見てももしかしたらわからず、本当に木の実を口にして倒れていたかもしれない。可能性はゼロではない、と思う。
「あの木がそう。ここから、この濃いエリアに入る」
「あれか……毒をもつ木にはまったく見えないが、わからないものだな」
「そうでしょう。でも、木の実を食べればとんでもない腹痛が起きるし、葉を食べれば死ぬ。しかも、見た目が派手でもなんでもないから、普通に食べそうなんだよね」
「ああ、そうだな。どうしてこれが毒だと、君は知っているんだ?」
「わたしも最初はこの木がある場所までは行かなかったから知らなかったけど、商人の知り合いがいて、何かの話の時にこの木のこと話したんだったかなぁ。ちょっと忘れたけど」
ユリアーナは小さく笑った。
「森に生きている者は、みんな知っているって言われた。自給自足するにも、この木だけは絶対に触れないようにってみんな言われていると思う。まあ、こっちの居住エリアからその木がある場所まではなかなかいかないんだけどね。魔獣が出そうな場所には近づきたくないし」
普通の動物だけでも時に手に余るのに、魔獣がいるエリアになんて行こうとはなかなか思わない。魔獣は魔力を持つ生き物と言われていたが、今はもうほとんど普通の動物と変わりがない。魔力を使うとしても、移動が魔力のおかげで少し早くなるとか、筋力が少し強くなるとか、体の仕組みを強くすることがほとんどだ。しかし、凶暴な魔獣が身体能力を増強するとなると、なかなか手強くなる。
正直な話、魔獣と戦ったことがない、とユリアーナは言うと、ヘルムートは「俺は他の森で結構戦ったことがある」と答える。今はまだユリアーナのフィールドだが、毒の木を越えればヘルムートを頼ることになるのだろう、とユリアーナは思った。
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