第20話 白き光の神~ヘルムートの1回目~

 別荘に帰ったヘルムートは、自室に向かった。そこへ、ラファエルがやってくる。


「帰ったのか」


「ああ。今日は悪かったな」


「問題ない。お前、もともとほとんど休みを取ってないからな」


「テレージア様は」


「眠っていらっしゃる。今は、カーマイルが護衛に立っている……どうも、テレージア様の容態がよろしくない」


 ラファエルは前髪をかきあげて、ふう、とため息をついた。


「クライヴ先生に見てもらったのか」


「いや、主治医に見てもらって、いつも通り処方をしてもらっている。それでも、わたしの目には日に日に悪くなっていくように見えるのだが……」


 それは、ヘルムートも同意をした。実際、彼女はこのままどんどん容態が悪くなる。だが、彼女がラーレン病であると診断が出るには、まだ早い。


「他の医者を探すにも……」


 そう言ってラファエルは溜息をつく。


「これまで、王城から医者を派遣してもらっていたが、それで駄目だとなると、なかなか難しい。クライヴ先生ほどの名医も、そうそうはいない」


「そうだな。しかし、誰に見せても、今のところテレージア様のお体が弱い原因は不明だと言う」


「ああ」


 返事をしながら、ヘルムートは「こんな風にラファエルがテレージア様のことを話に来たのは、初めてだ」と思った。ならば、きっとこれには意味があるのだろう、とも。


「わたしが旅をして……護衛騎士になる前の話だが、あちらこちらに足を運んでも、クライヴ先生以上の人はいなかった、と思う。まあ、わたしが怪我や病気をそうそうしないから、というのもあるが、それでも、名医と言われる者はなんだかんだで噂になるものだ」


「そうだな」


「そのクライヴ先生でも診断が不明だと言う。しかし……以前、泊まり込んでもらった時。あれだ。ユリアーナから薬を持ってきてもらった時。あの時、主治医が処方する熱冷ましでは熱が下がらなかったが、クライヴ先生が作った薬では熱が下がった」


「そうだな」


「クライヴ先生は……本当は、診断出来ているんじゃないのか」


「!」


 ラファエルの言葉に驚くヘルムート。


「いや、その、少なくとも、クライヴ先生は処方を出来たわけだろう。だが、その処方の内容を……主治医には、伝えていないのだと聞いた」


「そうなのか」


「これは、あくまでもわたしが個人的に主治医に聞いたことなんだがな……とはいえ、主治医もあまりクライヴ先生を好きではなさそうだったので、特に知らなくても良い、と突っぱねるように言われたんだが……」


 ヘルムートは、ラファエルをぽかんと見る。なるほど、ラファエルはラファエルで、テレージアのために何かを、と考えていたのだとようやく理解が出来た。


(俺が、ラーレン病のことばかりで頭がいっぱいになっている間に、こいつはきちんと他の部分を見てくれる。ありがたい)


 少し自分も落ち着いた、とヘルムートは思う。


「そうだな。クライヴ先生が次に来た時に、聞いてみるか……」


「ああ。あの時の熱さましは、どういう薬だったのか……主治医に伝えていただきたい、と話そうかと思っている」


「わかった」


 それからラファエルはたわいがない話をして「じゃあ」とヘルムートの部屋を出た。ようやく一人になったヘルムートは、扉の鍵を閉める。


 それから、彼はソファに座り、胸に手を当てゆっくりと言葉にする。


『白き光の神よ、助けてください』


 次の瞬間、彼の体は白い光に包まれた。




『今生では、一度目だな』


「はい」


 光に包まれた空間。ヘルムートは立って、姿が見えない神と対話をする。


『何を我に求める?』


「教えていただきたいことがあって」


『なんだ?』


 質問を間違えてはいけない、とヘルムートは思う。


 過去に、その神に「テレージア様を救うにはどうすれば良いのか」と尋ねた。それは生まれ変わって2度目の時だった。それへの回答は「わからない」だった。


彼を何度も生まれ変わらせている神からは「テレージアに対する質問は受け付けられない」とだけ答えた。それが、彼女が聖女だからなのか、何なのか、神は教えてくれなかった。ただ「本質に関わりすぎる」と言われた。


 それを聞いて、ヘルムートは「では、やはり彼女を生かそうと思うことは間違っていないのだ」と思った。


 今回で5回。そして、その一回ごとに3度、神との対話を求めることが出来る。彼は、ユリアーナの半分の回数だったが、その分記憶は濃く受け継いでいた。


 過去の4回で、テレージアがラーレン病であることはわかっている。となれば、彼が神に問わなければいけないことは、これだ、と思った。


「ユリアーナは、ラーレンですか」


『……』


 それは、神からはすぐには明確な返事が出なかった。それを訝し気にヘルムートは「コーカではないですよね?」と更に言葉を続けた。それへの答えはあっさりとしていた。


『彼女はコーカだ』


「え……」


 その返事を聞いて、ヘルムートは自分の聞き方が悪かったのだと気づいた。


「彼女は、ラーレンに『なる』んでしょうか」


 それへ、再び神は躊躇をするかのように黙った。そして「そうだ」と答える。


(ああ、やはり、そうだったんだ。どうしてかはわからないが、彼女は今はコーカで、そして、ラーレンになるんだ……)


 ヘルムートは焦って言葉を続ける。


「彼女の母親は、ラーレンだったんですか」


『そうだ』


 それはあまりにあっさりとした回答だ。悩むことはない、隠すこともない、ということか。ヘルムートは「ありがとうございます」と返した。


『彼女を殺すのか』


 突然の神からの問い掛けに、ヘルムートは「は?」と声を漏らした。そうだ。殺す。殺さなければテレージアを救えないならば。そう言おうとして、少しばかり躊躇をする。


「……殺す、ことになるのかな……背の、翼を、切ろうと思っています」


『なるほど』


「それが、テレージア様を生かすためになるならば。勿論、他にラーレン病の治療を出来るものがあれば、そちらを選びますが……貝は、やはり絶滅しているようですし、薬は信頼できる筋が見つかりませんでした。あと、研究所……ラーレンの研究所があると聞きましたが、王城にいた時間が短く、それを探れませんでした……」


 彼のループは、テレージアが王城からギフェの町に行くことが決まった、それより一週間前程度。要するに、ユリアーナよりも繰り返す時間が短く、更には回数が少ないのだ。


『ヘルムート』


「はい」

 

 もう、時間がない、とヘルムートは気付く。周囲の光が薄くなっていく。


『森の大樹を探せ』


「え……?」


『ラーレンのために』


「ラーレンの、ために……?」


 それが、今回の会話の最後だった。ラーレンのために、森の大樹を探せ。一体何のことを言っているのだろうか、と思う。


「それは……ユリアーナのために……?」


 何故だ、と思う。


 彼女はラーレンになる。そして、自分はその翼を切る。それだけでいいではないか。


(いや、違う。彼女は、自分がラーレンになることを知っているのかどうかもわからないし……何より、ラーレンになるならば)


 自分から逃げるだろう、と思う。自分がラーレンを探していることは、彼女には既に伝えているからだ。


(ああ、馬鹿なことをしてしまった。彼女がラーレンではない、と思い込んで……)


 余計なことを言った。だが、家を空ける予定がこの先あるのかないのかをボカしていたのだし、そうしたら、別のラーレンがあの家に来るのかも……。


(そんなわけはない。俺が、過去に殺したのは、間違いなくユリアーナだ……)


 それは、正しかったのだと今ならわかる。


(しまったな。彼女を捕まえて……)


 この別荘に、捕らえておく場所はあるだろうか。そうだ。もう、なりふり構っていられない。彼女を……


――森の大樹を探せ――


「森の、大樹……」


 それを探したらどうなると言うのだろうか。そんなものを探している暇があったら、さっさと彼女を捕まえた方が良い。絶対にそうだ。そう思うのに。


(あの神が言うことは……いつも、正しかった)


 過去。4回目までのループを経て、何度もあの「神」を呼び出して問答をした。だから、わかる。


 あの神は、ヘルムートにあまり指示をしない。だが、今回は明確な指示だった。ならば、きっとそれはした方が良いのだ。あの神も、5回目の今回が彼の「最後」だとわかっているはずなのだし。


「森の大樹か」


 ラーレンのために。それは、ひいてはユリアーナのために。テレージアではないことは気になったが、それでも、ヘルムートは神の言葉に従った。それが、テレージアのためになるのではないかと思ったからだ。

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