第17話 再訪
染料を購入して、森の中をチェックしながら家に帰る。ガダーエの町で、弓矢を購入しようとしたが、ぼったくられそうになってやめた。
そもそも、有翼人は弓矢を背負えないため、腰に矢筒をつけなければいけない。ということは、剣と逆の腰に矢をつけ、手には弓を持っていなければいけないのかと悩む。コーカは弓矢、と人々は言っていたが、実際にそれを身に着けるとなると矢筒を背負えないのが案外と痛手なのだ。
(他の有翼人はどうしてるんだろうなぁ)
そんなことを思いながら帰宅をする。と、家の前に馬が繋がれているのが見える。嫌な予感がした。
「ああ、戻ったか」
「えーーーーーっと……ヘルムート? 暇なの?」
いくら顔が好みでも、これはよろしくない。入口の前にヘルムートが立っている。
「いや、暇ではないが……」
「暇じゃないならなんで? この前は、昼は来られないって言ってたのに、一体何なのよ。っていうか、ううーーん……いらっしゃい……?」
「なかなか戻らないから、帰ろうと思っていたところだった」
だったら、さっさと帰ったらよかったのに……と思うが、それは言わない。ただ、ガダーエの町から購入してきた染料だけは隠さなければ、と考える。一応麻袋に入っているので、紐を解いて中を覗かなければわからないはずだ。
「何の用?」
「君に聞きたいことがあって。先日は、君に切りつけられたことでちょっと自分も動揺をしていてな……」
「うん」
「君は、いつからこの家に住んでいる? それから、今後家を空ける予定はあるのか? 誰かにこの家を明け渡すとか……」
「はあ?」
彼のその問いに、ユリアーナは顔をしかめた。嫌悪感を表して、牽制をしながら考える。
(この人は、わたしがラーレンではなかったから、ラーレンを探そうとしているんだわ)
きっとそうだ。実は、この家にラーレンが他にいないか、あるいは、ラーレンの家だが、一時的にユリアーナが住んでいるだけだ、だとか、それとも……。
「なんでそんなこと聞かれなきゃいけないの」
「俺には時間がないのでな。ので、質問は端的にと思ったのだが」
「そういう話してないんだけど」
「個人の事情に踏み入って申し訳ないが、答えてもらえるとありがたい。本当は、誰かを雇って君を探れば良いが、その宛てが今はないので直接来た。王城にいる時はそれなりの部隊があったが、ここではそういう立場の者がいない。ガダーエの町のギルドに依頼をするにも行き来に時間がかかるし、そもそも君がギルド員なら、俺の依頼を受けてもらえないだろうしな」
話が通じない、とユリアーナは思いつつ、首を横にかしげてため息をついた。
「そりゃそうよ」
「なので、仕方なく直接来て、君に直接尋ねた」
「なんでもかんでもそっちの都合ばっかりじゃない!?」
呆れてものも言えない、とユリアーナは怒るが、ヘルムートはそれをあっさりと躱す。
「そうだな。しかし、特に身に覚えがない、どうとういこともなければ、答えられるだろう?」
「そっ、そうだけど、そういうことじゃないよ……」
どういう問答だ、と更に呆れそうになるが、そんな暇はユリアーナにもない。脳内はぐるぐるとあれこれが回る。どうしたらいいんだろう。どう答えたらいいのか。この男から何の情報を得ればいいのか。
(再会はするかもしれないと思ったけど、早すぎるわ!)
まだ、ヘルムートに対してどう警戒をしようか、答えが出せないうちにやって来られてしまった。気が早い、と言いたいが、彼からすれば「時間がない」のだろう。その「時間がない」の意味は、きっと「次のラーレンを探さなければいけないので」「時間がない」なのだろうと思う。
(ラーレンを狩った、ということは、テレージア様がラーレン病かもしれないってことで)
ヘルムートは「そうなる可能性がある」と言っていた。きっと、その時が来るのだと彼は焦っているのだ。それは察する。
(でも、そんな話を今まで一度も聞いたことはない……わたしが殺されたラーレン狩りは、私利私欲のためのラーレン狩りだった気がするし……いや、でも、この男には一度殺されているし、やっぱりテレージア様はラーレン病なのだろう……)
そう考えていると、突然ユリアーナに頭痛が起きる。ずきん、ずきん、と痛む中、脳内で映像が切れ切れに流れ出す。やばい。これは、いけない。きっとこれは、ユリアーナの記憶が再び呼び覚まされているのだろう。そこまではわかるが……
「うっ……」
「どうした?」
「あ……あ、あ、あ、あ……」
「おい!?」
「頭、が、いた……」
手に持っていた麻袋をどすんと地面に落とす。ああ、袋の口をきちんと縛っていてよかった、とぼんやり思いながら、ユリアーナは次に膝をついた。これはよくない。だが、どうにも立っていること、いや、膝をついていることも困難だ。意識を保つことが難しい。
「大丈夫か、どうした」
「うう……」
痛い。痛い。割れるように頭が痛い。ぐるぐると世界が回る。
(こんな、時に!)
大量の記憶が脳内に再生をされる。それらは時系列がバラバラで、どれも記憶としては心許ない。映像がちらちらと移り変わり、それをしっかり一つ一つ見ていられない。ただ過ぎていくノイズをぼんやりとみているだけのようだ。
頭痛がひどくなって、瞳を閉じる。瞳を閉じても、脳内で展開をされるあれこれは変わらず、視界を遮っているのに視界から映像が流れこむように感じてしまう。ああ、役に立てばいいけれど。自分にとって必要な記憶が思い出されればいいけれど……。
「おい、ユリアーナ!」
そして。
ユリアーナは、そのまま気を失って倒れてしまった。
それが何度目だったのかはわからない。だが、ユリアーナは「自分が死ぬ」瞬間を、明確に思い出していた。それまで「多分こう」思っていたことが、はっきりとわかる。そして、はっきりとわかれば、その時に得た痛みもまた、再現をする。
森から出て、逃げて。どこか遠くへ行こうと思った。とはいえ、当てはない。ただ、わかっているのは「大樹」がある場所が良い、ということだ。
そうなれば、森から離れて、行く先は森だ。地図を見て、一番近い森は、今住んでいる森よりも小振りだった。それでも、そこに一応行ってみようと思ったのは、大樹だけでも確認をしたかったからだ。
(大樹……?)
それが何を意味するのか、ユリア―ナはぼんやりとする。
(大樹って、何……?)
思い出せない。大樹とはなんだろう。何故それを目指そうと思ったのだろうか。わからなかったが、とにかく、次の森を彼女は目指して。そして、ふわりとその意味を思い出す。
――ユリアーナ、憶えていて――
――いい? 森の大樹に、祈るのよ――
そうだ。大樹。森の大樹を探しに行こうと思ったのだ。自分の森に大樹があるのかどうかを探せればよかったけれど、魔獣が出るからと諦めていたのだ。だから、せめてほかの森で、と……。
そして、移動をした次の森で、あっさりと盗賊に見つかってしまったのだ。
「ラーレンだよ! こいつは、高く売れるぜ!」
「おい、生け捕りにしろよ!」
そうだ。あれはラーレン狩りなんてものではなかった。ただの荒くれ者たちだ。何が本当の生業なのかはよくわからないが、様々な武器や道具だけはそろっていた。逃げても逃げても追いかけてきて、最後にはまるで魚を捕らえるような網をかけられて。
「大丈夫だ。俺、翼から抽出出来るやつ知ってるぜ。おい、面倒だから翼だけ切り落しちまえ。薬作っておけばいつか売れるだろうし」
「ええ~、このままの方が高く売れるんじゃねぇのかよ」
「バァカ、売れる先は、あれだろ。研究所だろ。あんな頭がイカれたやつらと取引なんかやべぇだろ」
「薬を先に作ったって、ラーレン病のやつ探して売らなきゃいけねぇだろ」
「そりゃそうだが」
「あれじゃねぇか。裏取引で、奴隷商人に渡すのはどうだ? いい金になるんじゃねぇか」
ユリアーナをどうしようかと話している男たち。そうこうしているうちに、網からなんとか出ることが出来て、ユリアーナはそこから脱走を試みて。そして。
(矢の当たりどころが悪くて、死んだんだっけ……)
大樹とは。そうだ。おぼろげに思い出した。研究所とは。そうだ。そうだ。お母さん。お母さん。お母さん……。
「どうして……いなくなったの……? お母さん……」
ぼんやりと呟く。記憶が曖昧だ。折角、こんなにはっきりとした記憶が浮かんだのに、それよりも前のことは、やはり自分の脳にはあまり残っていない……。
「ユリアーナ」
「……?」
「気付いたか」
「あれ?」
名を呼ばれて、目を開ける。ぼんやりと視界に映るのは、ヘルムートの姿だ。どうやら、自分はベッドに寝転んでいるのだと、ゆっくりと状況を把握した。
「わたし……?」
「頭が痛いと言って、倒れた。大丈夫か」
「……えっと……どれだけ……時間……」
「一時間も経過していない。厨房側から閂を外して勝手に中に入った。許せ」
「うん……」
「すまん。クライヴ先生を呼びに行こうと思ったが、どうも、ここからクライヴ先生の家への距離感がわからなくてな……」
それは本心なのだろう。申し訳なさそうな表情でヘルムートは頭を下げた。
「いいよ……結構遠いし……だいじょぶ……ありがとう」
一応、礼を言わなければと仕方なく礼を言う。体を起こせば、翼がぶるりと開こうとする。それを、一瞬で畳み、ヘルムートをちらりとうかがった。
(まだ。まだ白くなっていないはずだ。大丈夫。大丈夫……)
ばくばくと鼓動が高鳴る。眠っている間に、もしかして翼をよく調べられたら? 自分がコーカであることを疑っていたのだから、彼ならばそれをしてもおかしくないだろうと思う。
(鏡で見えない場所に、白い羽根が既にあったら? いや、きっと、きっと大丈夫……)
ぞわり、と鳥肌が立つ。だが、ヘルムートは心配そうにユリアーナの顔を覗き込む。
「水、飲むか」
「あ、うん……」
「これ、大丈夫か?」
「だいじょぶ……」
朝、汲み置きしていた水差しとグラスを持ってきて、ヘルムートはユリアーナに渡す。それを受け取って、ごくごくと水を飲めば、少しユリアーナも落ち着いた。
「ありがとう……時間、いいの?」
「仕方ないだろう。それに、君こそ、本当に大丈夫か」
「うん。ごめん、ちょっと持病みたいなもので……たまに頭が痛くなるの」
「クライヴ先生に見てもらえ。その、別荘に、結構な頻度で呼んでいるので、なかなか会えないかもしれないが……」
「そう、そうだよ! それ!」
そうだ。それの文句も言わなければ、と思うユリアーナ。
「カミルさんが寂しそうだから、それは駄目だよ!」
「は? カミル?」
突然のユリアーナの訴えに、ヘルムートは眉根をひそめた。
「クライヴ先生の助手の」
「ああ……一緒に来てもらっているが?」
「そうじゃない時だってあるでしょ。ほんと、あのねえ、クライヴ先生は、森とギフェの町の人たちに必要な人なの。テレージア様に独り占めさせるの、やめてよね」
「は? ギフェには、町医者が別にいるだろうが」
「クライヴ先生じゃなきゃ治せないことも多いもの!」
「こっちもクライヴ先生じゃなきゃ、駄目だと言ったら?」
互いに言い合って、睨み合う。やがて、ヘルムートは口をへの字にしたままで「元気になったなら良かった」と告げた。それに、ユリアーナも「もう大丈夫だから」と、唇を突き出して言い返した。
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