第13話 再会
さて、それからふた月が経過した頃。クライヴの元にラファエルがやってきた。それは、テレージアの主治医になって欲しいという依頼のためだ。
最初は断っていたクライヴだったが、ラファエルの言葉で仕方なく「一度の往診ならば」と了解をして、テレージアの元へ行った。結果的に、彼は主治医ではないが、週に一度の往診をすることを約束することになってしまう。
ある日、ユリアーナがクライヴの家に訪れた。ユリアーナは、クライヴの往診が始まっていることを知らなかった。それが、そろそろだという気がしたので、探りをいれようと思ったのだ。
(馬……?)
クライヴの家の前に、馬が繋がれている。クライヴとカミルが馬に乗れることはわかっていたが、彼らは馬を飼っていないはずだった。訝しみながら扉をノックして開けるユリアーナ。
「こんにちは~……あっ、患者さん?」
クライヴの家で顔を出せば、一人の男性がベッドの上に横たわっている。そして、カミルがあれこれと手際よく何かを用意をしているようだった。
「あっ、ユリアーナさん!」
「こんにちは。患者さんがいるんですね。先生は?」
「その、先生は……」
カミルの話を聞いて、ユリアーナは驚いた。思ったよりも早くクライヴは別荘に往診に行くようになっており、数日前からテレージアが発熱をして何を処方をしても熱が下がらず、仕方なく泊まり込むことになったとのことだ。
そして今日。他の医者から処方された薬を止めて、代わりに飲ませる特殊な薬をカミルが取りに戻ったらしいのだが、ちょうどそこに外来患者がやってきた、ということだ。
「ユリアーナさん、お願いが」
「ええっ」
「こちらの患者さんは、わたしでもどうにか出来るので……薬を、テレージア様がいらっしゃる別荘に届けていただけないでしょうか……」
「ええ!?」
「この方も、熱が出ていてこのままにはしておけません。ですが、テレージア様は今も苦しんでおられるので……出来るだけ早く、薬を届けて差し上げたいのです」
カミルも、クライヴの助手としてここにいるが、実はそれなりに医療行為が出来る。よって、ここにやってきた外来患者の手当てをしたいのだと言う。確かに、クライヴが留守だから、と言ってその患者を放置するわけにもいかない。ユリアーナは「よくない時に来てしまった」と後悔をしたが、仕方なく「わかりました」と答えた。
(なるほど。馬は、別荘からここに来るためのものなのね)
カミルから薬を渡され、仕方なくユリアーナは翼を広げて、別荘に向かった。
「うわあ」
間が抜けた声をあげるユリア―ナ。
ギフェの町から少し離れた場所にある別荘は、木々に囲まれた静かな場所だった。だが、その邸宅のサイズを見れば、そりゃあ一国の王女が来るにはふさわしい、と言わざるを得ない。
門の前には衛兵が2人。連れて来た護衛騎士は12人程度だった気がするが、その人数で賄えるのか、と思う。
「あのっ、わたし、クライヴ先生のところのカミルさんに言われて、薬を持ってきたんですけど……」
「何? カミル殿はどうした」
「ちょうど、外来の患者さんがやってきて……それで、その人の手当てをしているので、わたしが代わりに」
衛兵は顔を見合わせた。
「それを証明できるか」
「ええっ!? それは、出来ないです……クライヴ先生にお会いすれば、わかってもらえると思います……けど……えっと、お薬だけ、お渡しするので……」
「駄目だ。お前が本当に関係者なのかどうかがわかるまでは、身柄も拘束させてもらう」
「ええ~……だって……」
(まいったな……ラファエルに会いたくないし……会わなくて済むなら、まあ、中に入るぐらいならいいけど……)
「腰の剣をこちらに渡してもらおう」
仕方なくしぶしぶ腰の剣を渡すユリアーナ。
「ついて来い」
「……はい……」
結局一人の衛兵にそう言われ、仕方なくとぼとぼとついていくことになった。
邸宅の二階に上がり、一室の前で止められ、衛兵が室内に入る。その部屋の前にも護衛騎士が2人ついているので、別に何をするわけでもないユリアーナも「これじゃ何も出来ないわね」と思う。
「入れ」
扉の中から声をかけられ、ユリアーナは渋々「失礼します」と入室した。
「あれっ、ユリアーナ」
「クライヴ先生。あの、カミルさんが……」
と、説明をしようと口を開いたが、途端、唇を引き結ぶユリアーナ。
室内にはあと2人。1人は衛兵が。そして、もう1人の男性、ヘルムートが立っていたからだ。
「あっ……」
「……君は……」
その2人の様子を見て、クライヴは「知り合いなのかい?」と声をかける。
「あのっ、ギフェの町の武器屋で会いました」
「そうなのか。えっと、カミルがどうしたんだい? もしかして倒れたとか……?」
「いいえ、先生のところに外来の急患が来て。何か熱を出しているようで……その対応をしてから戻ると言ってました。わたしはたまたまそこに顔を出したので……お薬、これであっていますか?」
カミルに持たされた薬を見せるユリアーナ。クライヴはにこりと笑って
「ああ、ありがとう。これだ。すまないね。普通の発熱ではないものだから、特別なものが必要で……ちょっと、持ってきていなかったんだ。助かったよ」
「よかったです」
ヘルムートがクライヴに声をかける。
「先生、では」
「待っておくれ。これはこのまま飲ませるものではないんだ。砕いて、粉にして。それからニーサル草を合わせてね……処置をしてくるよ。ユリアーナ、ありがとう。後で礼をしよう」
「礼なんて、いいですよ」
クライヴは、ぽんぽん、とユリアーナの頭を手の平で軽く叩くと、部屋の奥に行って道具をカシャカシャと出した。
「では、帰るぞ」
「はい」
衛兵にそう言われて頷くユリアーナ。
「森に、住んでいるのか?」
「えっ?」
部屋から出ようとしたところ、ヘルムートが声をかけてくる。
「あっ……はい……」
「そうか」
「?」
一体何を知りたくてそんなことを聞くのだろうか。ユリアーナは怪訝そうにヘルムートを見る。以前、武器屋で会った時も彼はじろじろと自分を見ていた。それが「好意的」ではない目線、かといって攻撃的でもない目線とも思えないので、測りかねている。
「あっ、そうだ、ユリアーナ、もう少し待てばラファエルが戻ってくるけど。今、庭園に女中と一緒に花を摘みに行っているので……」
薬を砕きながら、奥からクライヴが声をかけてきた。
「あっ、いいえ、大丈夫です」
それへ、はっきりと断りを入れるユリアーナ。クライヴは内心「あれ? ラファエルがここにいることを知っていたのかな?」と疑問に思ったが、それは口にしなかった。
これでもう帰れるだろうか、と部屋から出ようとするユリアーナに、更にヘルムートが問いかける。
「ラファエルと知り合いなのか?」
「ええーっと……知り合いというか……」
それへは、クライヴが説明をした。
「以前、ラファエルが森の中で倒れていたところをね……」
それをいいことに、慌ててユリアーナは「帰ります。では」と頭を下げて退室をした。その後から、衛兵も一礼をして出ていく。
内心ユリアーナは「なんだぁ、テレージア様の騎士だったのか……」と、何とも言えぬ感情を抱いていたが、その反面「やたらと絡んでくるのが、好意的だとはあまり思えないな」と考えていた。それはともかく、顔は好みなんだが……ともやもやしながら、衛兵に見送られた。
ユリアーナが部屋から出た後、クライヴは不思議そうに、けれども作業の手を止めずにぽつぽつと話。
「どうしてなのか、あの子はラファエルを助けたことを人に言わないようにしているんですよね……なんでだろう? 恥ずかしいのかなぁ」
「助けたのですか」
ヘルムートの視線が険しくなるが、クライヴは背を向けて作業をしていてそれは気付かない。ごりごりとすり鉢で薬を砕いて、擦って、そこへ薬草を追加していく。ペースト状態にしてから、飲みやすいように蜂蜜で甘味を足した。
「うん。崖から落ちて、川に流されたらしくてね。どうにかこうにか這い上がって、森の、人が暮らせるエリアにラファエルがやって来て。それを彼女が発見して、僕のところに連れてきてくれたんだよ……うん、これでよし。これで三日分出来るかな……」
「ありがとうございます」
テレージアは粉の薬を飲むのがあまりうまくないし、発熱している時は体を起こすのも大変なので、尚更だ。かといって、液状にしてもお腹に溜まってしまって、と量を飲めない。仕方なく、飲み込めるサイズの固形状にして小さく加工をする。
「これで、発熱が収まるといいんだけど……」
そう言いながら、クライヴは少々浮かない表情だ。
(これがもし効いたら……もしかしたらテレージア様は……)
だが、手を拭いて、今日の分を皿に乗せ、ヘルムートを振り返った時は、いつものように穏やかな顔つきに戻っていた。
「えっ、ユリアーナが来たのか」
「ああ。お前、知り合いだったのか。あの子と」
「うん。といっても、助けてもらったので、その後に挨拶に行っただけだ。個人的な会話はほとんどしていないんだ」
庭園から花を摘んできたラファエルは、クライヴがテレージアに薬を飲ませている間に、女中に花瓶に花を活けるようにと頼んだ。
「彼女は森に住んでいるのか」
「ああ。結構こっちから行くと離れているんだが……クライヴ先生の家からも離れていて。ギフェの町に来るには遠いんじゃないかな。ガダーエの町の方が近い気がする」
「ふぅん……」
「礼をしにいったが、入口で話をして、それで終わりだった。とはいえ、そこで中に招かれても、帰りが遅くなると思ったので良いんだが」
ラファエルのその言葉を聞いて、ヘルムートは脳内で森の地図を想像する。
「一人暮らしなのか」
「そうクライヴ先生は言っていた。どうした? ヘルムート。ユリアーナに興味があるのか?」
「……ああ」
そこで話をぼかせば、情報が手に入らないのでは、と思ったヘルムートは、あえて肯定をした。すると、ラファエルはきょとんとした表情でヘルムートを見て、驚きに声をあげる。
「お前はテレージア様以外の誰にも興味がないと思っていた」
「酷い言いようだな。俺が他の女を気にすることがないと?」
「いや、そこまでは言わないが……どうした? 一目惚れか?」
「そう、そうだ、な」
その言葉に更にラファエルは「本当にか」と食いついてきて、ヘルムートは内心「やりすぎたか」と思う。
「そうじゃない。ちょっと気になるだけだ。そういう、お前が思っている恋愛事ではない」
仕方なく、そう言って誤魔化す。それこそ嘘ではないため、するすると言葉が口から出る。
「クライヴ先生には黙っていてくれ。変に勘繰られるのは嫌だ」
「ええ……? まあ、お前がそう思うなら……よくわからないが」
ラファエルはそう言って、口端を下げた。ラファエルは護衛騎士になってそう時間が経過していないが、ヘルムートとは既に仲が良い。ヘルムートが、テレージアに対して恋愛感情ではなく、妹のように思っていることを彼はよく知っていた。そんな彼が他の女性を気にするなんて……と少しそわそわとする。
「失礼する」
その時、テレージアに薬を飲ませ終わってクライヴが戻って来た。
「薬を飲んで、またお眠りになったよ。明日の朝までに熱が下がったら、僕は一旦帰宅するからね。カミルがこちらに戻ってから、にはなるけれど」
「もし下がらなかったら?」
とヘルムートが尋ねれば、クライヴは困ったように肩を竦める。
「その時は、他の医者を探してくれ。とはいえ、今テレージア様についていらしているフェルナンド先生よりも高名な医者というと、なかなかいないとは思うけれど」
そう言って、先程作業をして広げていた道具を片付ける。ヘルムートとラファエルは、その背中を見て「そうは言ってもな……」と深い溜息をつくのだった。
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