第12話 出会い

 さて、それから数日後。ユリアーナはもう一度ギフェの町に向かった。お祭り気分も少しは落ち着いて、人々が平常運転になったかと思ったからだ。


(グリースさんは、お祭りみたいな状態の方が安く買えるかもって言ってたけど……)


 残念ながら、そのお祭り気分のざわざわした町の様子を、ユリアーナはそう好きではなかった。とはいえ、もしかしたら、お祭り気分で安くして、在庫がなくなっているかもしれない。その時はその時だ、と思いながらユリアーナは武器屋に足を運ぶ。


「こんにちは」


「おう。いらっしゃい! あんた、いい時に来たな。今は2割引きをやってるところだぜ」


「あっ、本当ですか! ……あの、手頃な剣と、あと短剣が欲しいんですけど」


 今、手元に剣は一本ある。だが、その剣だけでは心もとない。少し良い剣を買おうと思って来た。


 気の良い店主は、あれこれとユリアーナと話をして「ちょっと、倉庫から在庫を持って来るから待っててくれ」と言って席を離れた。


(へえ、結構色んな武器があるのね)


 そう思いながら、店内を眺めていたら、ドアを開け放して他の客が入って来た。が、その男性はどうやら飲酒をしているようで、全身から酒の匂いがぷんぷんとする。


「あれぇ? おやっさんは?」


「あっ、今ちょっと、倉庫に行っているところです……」


「へえ~? 君が? 武器を買いに来たの?」


「あっ、はい……」


 男性はじろじろとユリアーナを上から下まで舐めまわすように見る。居心地の悪さに、ユリアーナは「早く店主が戻って来ないかな……」と少しそわそわとしだす。


「コーカなんだねぇ、君」


「えっ、あっ、はい……」


「コーカって、背中を出してるからさ……」


 そう言って、男はユリアーナに近づく。ぞっとして、避けようとしたが、男の手はユリアーナの腰の後ろに触れた。


 翼があるため、ユリアーナは首の後ろでリボンを結び、背中は腰まで大きく開けて、腰の後ろで更にリボンを結ぶトップスを着ている。その、空いている背中に手を伸ばして来たとわかって、咄嗟に体を退く。


「チッ」


「あ、あの、やめて、ください」


「ええ? 何も俺はやってねぇけど?」


 へらへらとそう言って、男は「何が欲しくてここに来たんだ?」とユリアーナに聞いた。相手にしてもいいことがない、と思ったが、仕方なく「剣が欲しくて」と答える。


「へぇ~、じゃあ、剣を買ったらさ。その後、俺と一緒に酒を飲みに行こうぜ?」


「い、いえ、遠慮します……」


「いいじゃねぇか、ここで会ったのも何かの縁だろ? ああ、おやっさんに言って、君の剣を安くしてもらうことも出来るぜ。俺はここの常連なんでね……」


 常連、というほど武器を購入するような立場には見えない、とユリアーナは思う。何にせよ、彼女はもう一度「いいえ、遠慮します」と繰り返した。


「遠慮なんてしなくていいぜ、なあ、よく見りゃかなり可愛い顔してるしさぁ。なぁ、俺と一緒に酒を飲もうぜぇ~」


 そう言って男がユリアーナに手を伸ばした時だった。


「やめておけ」


 もう一人の客が店に入って来たのに、ユリアーナも男も気づかなかった。


「ここは、酒場ではないぞ……店主は?」


「あっ、今、倉庫に行っていて……」


 見れば、グレイの髪に黒い瞳、前髪は上にあげており、後ろは短髪の若い青年だ。酒に酔っていた男は「チッ」と舌打ちをして出て行き、それっきり。


(やっばい。めちゃくちゃ好みなんですけど……!)


 と、声には出せない。美形というより、精悍な顔立ち。目つきはちょっと悪いが、そこが良い。正直なところ、ユリアーナの10回目を始めてから初めて見た「好み」の顔立ちだと思う。とはいえ、あくまでも顔は顔で、それが良いからといって恋愛には繋がらない……とユリアーナは頭を下げた


「ありがとうございました」


「ああ。余計なことでなければ良かったが」


「はい。困っていたので助かりました」


 胸を撫でおろす。すると、次に男はじろじろとユリアーナを見てから尋ねて来た。


「コーカか」


「あっ、はい」


 そうこうしているうちに、店主が戻って来た。男が店主に声をかける。


「店主」


「へえっ? あ、いらっしゃいませ」


「この店に酔っ払いが先程来ていたが」


「酔っ払い……ああ~、あいつか。いや、すみません、わたしの義理の弟なんですけどねぇ……こんな時刻にもう飲んでるのかぁ……何か迷惑をおかけしたなら、叱っておきますので」


「そうしてくれ」


「ちょっと、お待ちくださいね。はいよ、お嬢ちゃん、この三本なんてどうだろう? お嬢ちゃんの手のサイズに合うやつを見繕ってきたんだが」


「わあ、ありがとうございます!」


 店主から剣を一本ずつ受け取って、握ってみるユリアーナ。すると、後からやってきた男性が、それへアドバイスをする。


「あまり、長くない方がいい。コーカは剣を背負えないしな。飛ぶ時に、腰から下の方へと下がってしまうとバランスがとりにくくなる」


「あっ……そっか……」


 なるほど、と頷きながら、三本全部手に握ってみる。


「これがいいかな。重さも、使うのに軽すぎず、かといって腰に差しても重すぎないような気がします」


「そうかい。じゃあ、腰につけるベルトもいるかな」


「あっ、そうですね。あと、短剣を数本」


 そう店主と会話をしている間も、男はじっとユリアーナを見ている。それに気づいてはいたが、ユリアーナは平静を装って店主と会話を続けた。


「短剣は店に出してるだけだ。見たかい?」


「はい。これがいいかなって」


「じゃあ、これを三本と、こっちの剣一本それから腰につけるベルトだな。短剣はどうするんだ? 専用のケースをつけるかい?」


「あっ、そのまま持っていきますから大丈夫です」


「あいよ」


 言われた金額は、2割引きでもそれなりに値が張った。だが、必要経費だとユリアーナはごそごそと袋から銀貨を出す。


「これでお願いします」


「じゃあ、銅貨の釣りだな。ベルトも長さを調整しなくちゃいけねぇな。少し待ってな」


 店主は店の奥でベルトの長さを調整し、端を切って処理をする。その間、男性と二人きりでユリアーナは「ちょっと気まずいな」と思った。顔は好きだが、どうにも彼からじっと見られたことが気になる。


「冒険者か」


「あ、はい……お兄さんは?」


「俺は……まあ、そんなもんだ」


「そうですか? その割には綺麗な服を着ていますけど」


「服は、買ったばかりなのでな」


 仏頂面は変わらない。自分が店主と会話をしている時にはじろじろと見ていたのに、自分と会話をする時は少し目を逸らす。何かやましいことでもあるのか、とユリアーナは思う。思うが、顔が好みなので、むしろ目を逸らされている方がこっちはじっくり見られるなぁ、などと少しだけ浮かれた。


「この町にはギルドがないのに武器屋があるのだな」


「ギルドがないほど、平和ってことですよ。こちらの町は管理されていて町長づきの警備兵がたくさんいるし、ちょっとしたことならその人たちがやってくれるみたいですし」


「なるほど。なのに、武器屋はあると」


「もう片方の、森を越えた方にあるガダーエの町は、武器屋も大きいですけどその分ぼったくるんですよね……」


 彼はぴくりと眉根を動かしてから「なるほど」と言った。


「使う人間が多くて儲かるはずだが、それでは飽き足らないと言うことか」


「それもありますし、ちょっとこうギルド員の質があまりよくなかったりで、値切られるから結局元値をあげる、みたいな? でも、どっちにせよここみたいに良心的ではないですね」


「そうだな。ここは良心的だな」


「うちはねぇ~、そんなぼったくりとかやらんのよ!」


 話を聞いていた店主が奥で声をあげる。


「君は、コーカなのに、弓ではないんだな」


「よく言われます」


 あえて近接武器を持つ理由は言わない。空を飛びにくい森に住んでいるから、とわざわざ言う必要はないと思う。


 やがて、店主が奥から戻ってきて、ベルトの最終調節をする。それから釣銭をユリアーナに渡して「はいよ、ありがとさん」と言われたので、ユリアーナは礼を言って、少しだけ名残惜しかったものの、武器屋から出て行った。目の保養が出来た、とかなんとか思いながら。




「お待たせしたね。何が欲しいんだい?」


「この町にはここしか武器屋がないと聞いて」


「ああ、そうだよ。そんなに量は扱ってないが、いい品を揃えてるつもりだよ」


「王城方面から武器を依頼をするのと、こちらで頼むのと、どちらが早いのかと思って」


「うん……?」


「わたしは、第三王女テレージア様の護衛騎士、ヘルムート・オーディールだ。武器の流通について、お話をお聞きしたく」


「へえっ! 護衛騎士様かい! これはこれは……!」


 店主は慌てて「こちらにどうぞ」と店の奥へとヘルムートを案内して、それから武器屋の扉に鍵をかけた。


「いやあ、騎士様にとはお見受けせず……大層失礼をいたしました。あっ、椅子にお座りください」


「いい。こちらも、街中を見るのにわざとそういう恰好をしてきたので」


 言われるがまま椅子に座るヘルムート。


(とはいえ、あのコーカの少女には、見抜かれたかな……どうだろうか)


 もう片方の森を越えた方にあるガダーエの町。そちらを知っているということは、彼女は「森を越えている」のだ。武器もそうそう持たずに。それとも、そうは見えなかったが馬車や馬で迂回をしているのか。翼をもつコーカが馬に乗るとは思えない。ならば、馬車。いや、それこそないな、と思う。


「今、お茶をお入れしますのでお待ちくださいね」


「ああ、そう構わずに」


 店主は大慌てだ。おかげで、ヘルムートは椅子に座ってゆっくりと考え事をする時間があった。


(それに、ガダーエの町にも、この町にも、住んでいるような素振りではなかったな……あの森に、コーカが住んでいるのか)


 過去に、自分が殺したラーレン以外に。あの家の中には他の人間はいなかった。森の中の地図を後でどこかで手に入れて確認しなければ、と思う。


(クライヴ先生と……ラーレンが住んでいる場所。あと、何だったか……行商人の家があったが、そこにいるのだろうか。それとも、俺が知らない家がまだ森にあるのかな……)


 過去に自分が探った森の中の地図を脳内で思い出そうとするが、それはぼんやりとしていた。大きな森。中心部は魔獣も多く、人がほぼ足を踏み入れられない。そこから円状に森は広がっていくが、人が住むエリアはそう多くない。


(いや、森とは限らない。迂回途中に小さな集落もあったしな……)


 そう考えていると、店主が茶を淹れて戻って来た。ヘルムートは護衛騎士として、武器の仕入れについて店主と話すことに集中をして、しばしの間ユリアーナのことは忘れたのだった。

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