第11話 ギフェでのパレード
その日、ギフェの町は賑わっていた。ついに、第三王女テレージアがやってくるということで、町中で大騒ぎだ。大騒ぎと言っても、別段誰もテレージアがどんな王女なのか、挨拶があるのかなどということは気にしていない。ただ、彼女を口実に大きな祭りが出来る……そんな程度のことだった。
そもそも、馬車がギフェの町を抜けて別荘に向かうだけで、それはパレードでもなんでもない。だが、人々は大きな道沿いで馬車を待った。
「テレージア様、大丈夫ですか」
「はい」
「町に入る前に、休憩をいたしましょう」
長い距離馬車で走り、時間をかけてやってきた。最初は王城からある程度の距離、大規模な移動魔法を使った。そこから先は5泊も各地の宿屋に泊まって、やっとの思いでギフェの町に着く。
テレージアはその最中に発熱をして、2日ほど宿屋で足止めを喰らった。体の調子が良い時を狙って移動を始めたものの、彼女には移動自体が初めてで、そのせいで体に更に負担をかけてしまっていた。
だが、国王からは「テレージアの体に負担がないように」と大層立派な馬車を用意されていた。それは、ありがたいことだった。大きな馬車に立派な馬。馬車のボックスの内側には、横たわれるようなベッドもあり、至れり尽くせりだった。送るまでの騎士の半分は王城からも派遣をされていたし、道中の宿泊は地域の領主邸、あるいは街道沿いの大きな宿屋の貸し切り、と行き届いていた。
(逆にいえば、そうまでして、王城から遠くにやりたかったのだろう)
そうヘルムートは思う。言葉は悪いが「餞別」のようなものだ。いや、勿論、彼女は静養に出かけているのだから、戻って来る可能性はある。それでも、だ。
(一応形だけでも、ということだ。テレージア様の容態をご存知ならば、普通の馬車で移動をさせられない。だから、仕方なく、という感じか……)
「ヘルムート? どうした?」
「いや、なんでもない」
3つの馬車には、テレージアのほかに使用人が何人か乗っている。そして、それを守るために護衛騎士が24人。とはいえ、半分は到着と共に王城に帰る。そうなれば、残るは12人。一国の王女を守るには少なすぎる数だ。
「ラファエル様、テレージア様がお呼びです」
「ああ、わかった」
女中に声をかけられ、テレージアの馬車に向かうラファエルを見送るヘルムート。
(どちらも言葉にはしないが、互いに思っていることは、もうわかっている)
だが、何にせよ。テレージアはこの先体の調子を更に崩して、最後には死んでしまう。そのことをヘルムートは知っていた。そして、彼女の体を蝕む病がラーレン病の亜種であることも。
しかし、彼女の主治医は「それ」をラーレン病だと診断をしなかった。だから、それを「ラーレン病」だと診断をしてくれる医師が必要だ。しかるべき時に、しかるべき医師に、テレージアの傍にいてもらわなければいけない。その「しかるべき医師」は、クライヴのことだ。
(彼ならば、ラーレンの翼から成分を抽出することが出来るはず)
そして、そのラーレンは、森にいる。それもヘルムートは知っていた。
(見ていろ……今回こそ……今回こそ、テレージア様を救って見せる……!)
ラーレン病の発症のタイミングはよくわからない。前回は「もうこれでは駄目だ」と思って、森にいるラーレンを狩って翼を持って来た。しかし、それに対して主治医がラーレン病だと認めなかったため、薬の抽出が間に合わなかった。結局、クライヴのところに行ったのだが、作った薬を使う間もなく、テレージアは命を落としてしまった。
(ラーレンの翼は切り落としてから五日程度しか『もたない』という話だ。ならば、クライヴ先生を主治医にして、ラーレン病の診断を受けて、すぐに森のラーレンを狩って来なければいけない……)
その時まで、まだ時間がある。それまでに、テレージアの容態がよくなればそれが一番良いことはヘルムートもわかっている。
しかし、今日まで、これまでの『4回』とそう変わりがない。過去の4回以上に、彼はテレージアの運命を変えようと、今回は躍起になった。その結果、何も変わらなかったのだ。であれば、この先。
(この先は、色々と変化があった。だから、今回こそは失敗をしない……)
テレージアを殺さない。そのことで頭がいっぱいのヘルムート。
(白い神は、世界を救ってくれと言った。そうは言っても、何をどうしたら良いのか俺にはわからない。そもそも世界を救うなぞ……俺は、世界が滅ぶところを見ずに死んでしまうのに、その世界を救えとは意味がわからない)
だから、最後の1回はテレージアのために生きると決めた。そのことを、彼が呼ぶ「白い神」には告げていない。
あと一回、どうにか世界を救います。頑張ります。そんな、ありきたりでどうしようもない言葉を言って、時間を戻してもらった。
(それとも、俺が護衛騎士にならなければよかったとか。そんなことは)
それについては、考えても仕方がない、と思う。今回が「最後の一度」なのだし、思うが通りに生きようと思う。
「よし、それでは、そろそろギフェの町に向かうぞ。入ったら、大通りを抜ける。パレードのように人々が両脇に並んでいるだろうから、浮つかずに気を付けろ」
ヘルムートはそう言って立ち上がる。周囲にいた護衛騎士たちは「はい!」と返事をした。
「うわあ。今日、テレージア様が来る日だったんだ……」
しまったな、とユリアーナは思う。ギフェの町に武器を買いに来たが、人々は大通り沿いに並んでいる。そして、これは完全に読み違いだったのだが、武器屋は今日は閉店していた。なるほど、武器屋の主人もまた、大通りで馬車を待っているのだろう。まあ、折角だから自分も遠目で見ていくか、とユリアーナは人々の後ろから大通りを覗く。
(多分、前にラファエルを見た時は、あっちだった気がするから、えーっと、こっち。こっちにしよ)
もう、出来れば今生ではラファエルと関わりたくないと思う。いや、ラファエルには何も悪いところはないのだが、彼と会うと胸の奥がざわざわとする、それが嫌なのだ。
「あっ! 馬車が入って来たよ!」
そんな声が聞こえる。わああっ、とあちこちで歓声があがった。
(って、そんな、ただ馬車が通るだけで、こんなに盛り上がるなんて凄いなぁ~)
とユリアーナは思っていたが、近づいて来るその馬車の様子を見て「こりゃ、盛り上がる」と理解をする。
テレージアを乗せた馬車は、国王が発注をした非常に大きなもの。そして、それを引いている馬二頭も立派だ。田舎町と言えるギフェの町では、それはそれは珍しい高価なものだと思われる。
「おおおおお」
その馬の前に出ている騎士。馬車の両側に仕えている騎士。その後ろに続く、使用人を乗せているのだろう馬車。そのすべてが、ギフェの町ではありえないほど豪華に見えた。騎士たちは旅をしているため兜をしておらず、鎧もいくらか簡易的なものだ。だが、王城から支給されたそれらは、人々の目をくぎ付けにする程度には価値があるものだった。
(あ~、なるほど、これはみんな盛り上がるわね)
そう呑気に思いながら、先頭を歩く豪華な馬車を見ると、中にいる人物が窓からちらりと見える。反対側からは見えなかっただろう、と思う。
(あれが、第三王女テレージア)
ガラス越しで、そうはっきりと見たわけではなかったが、それでもわかる。儚げで、綺麗な女性だ。いや、女性というよりも、少女に近いのだろうか、と思う。
(あ……)
つきん、と胸の奥が痛くなった。なんだ? と思って、胸を片手で押さえる。頭も痛い。痛みの種類はそれぞれで違ったが、どちらも明確に「痛い」と思う。
(これは……また、記憶が)
まだ、あるのか。思い出すならばそれはそれでよいが、何もこんな時に。ユリアーナは、パレードを最後まで見ることなくその場から離れた。どうせ、武器屋は今日のうちには再開をしないだろうと思う。早く帰って、落ち着かなければ。この町にいる間には、ざわざわと胸騒ぎが止まらず、どうにも調子がよくない。
(わたし……テレージア様とラファエルが、二人でいるところを見た過去が……)
どうしてそうなったのかは、曖昧だ。ただ、テレージアがいる別荘に足を運んだ気がする。そして、そこでテレージアとラファエルが。いや、2人は共にはいなかっただろうか。どうだっただろうか……。
「ううっ」
どくん、どくん、と鼓動が高鳴る。今は別に自分はラファエルを好きではないのだから、どうでも良いではないかと思うのに、その2人が共にいる姿を思い出そうとすると、少しばかり苛立ちを感じる。
(これって……)
そうか。あのテレージアとラファエルは、きっといい仲なのだ。それならば、ユリアーナが入る隙はないではないか。だって、相手は第三王女と護衛騎士だ。たとえ、身分違いだとしても、それでも、護衛騎士と自分とではあまりに違いすぎる。よくわからないが、9回ずっとラファエルを好きだったユリアーナは、彼を振り向かせるために何を出来たのだろうかと思う。
ふと思い出すのは、あのリューディガーの言葉。
『ラファエルを愛してしまう、と言っていました。それでは、駄目だと。それが本当かどうかを立証する術はわたしにはありませんが、9回を繰り返したユリアーナが言うのですから、きっとそうなのでしょう』
そうなのだろうか。それは未だにユリアーナにもわからない。ラファエルを愛しても愛さなくても、自分は死ぬのではないかと危惧する。
(それとも、9回の中で……ラファエルを『愛したせいで』何かあったのかな……)
残念ながら、9回分の記憶はすべてがはっきりしているわけではない。曖昧で、要所ですら、まだ9回分きちんと思い出すことが出来ない。自分の死因についてもそうだ。
(まあ、今回わたしはラファエルを好きにはならないから、わからないけど)
ユリアーナは、人々をかき分けて町の外へ向かった。また後で来て武器を買わなければ、と思いながら。
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