第3話 転生

「こ、ここ、ここは……?」


 ユリアーナはきょろきょろと周囲を見渡す。真っ白い空間に、ぽつりと自分だけ立っている。少し離れた目前に、もやもやとした白い霧が現れた。


『ここは、時の神殿です』


「っ!?」


『あなたからの願いに応えるのは、一度の生で3回と決まっています。ですが、今回は例外措置といたしましょう』


「え、え、え?」


 きょろきょろと辺りを見回すが、光ばかりで何も見えない。どうやらその白い霧から声が聞こえているらしい……とおどおどするユリアーナ。


『まだ、きちんと同期がとれていないようですね。脳内では9回分の過去が渦巻いていることでしょう。ここにいる時間はあなたの世界では止まっていますから、ゆっくりと整理が出来るまでお待ちなさい。今回だけ特別に』


「9回分の……? 過去……?」


『それと、本当のあなたの過去と。転生に時間を取れなかったので、説明が出来ていませんでしたね。あなたが、わたしを呼んでくれて良かったです』


「……うあっ……!」


 頭を両手で押さえるユリアーナ。一気に脳内を駆け巡る映像が目まぐるし過ぎて、目を開けていられない。目を閉じてもそれらは脳内で展開をされていく。目を閉じているのに見せられるものたちには、ノイズが大量に混ざり合っているように見える。だが、実際はあまりの量に彼女の脳の処理が追い付かないだけだ。


「あああああああ!」


 ごろり、と彼女は横たわって身体を捩った。勝手に背中の黒い翼が広がる。バタバタと足と翼が動くが、それには何の意味もない。物にしてほんの1分、2分。叫んで、暴れて、そして。


 ようやく、はっ、はっ、と荒い息をつきながら、ユリアーナは動きを止めた。


「わたし、死んだの……? 死んで……どうして、この身体に……?」


 と呟きながら起き上がる。遂に、彼女の脳は「同期」がとれたのだ。思い出すのは、その「9回」分の過去と、初回の遠い日の過去。それから。あまりにもぼんやりとしている「転生前」の記憶。具体的に何かを思い出すことは出来なかったが、それでも彼女は「帰りたい」と思った。


「ねぇ! 帰して! 家に帰りたい……帰りたい!」


 家のことは、はっきりと思い出せない。だが、自分がいるのはここではない、という思いに駆られてユリアーナは叫ぶ。そうだ。自分はユリアーナなんて名前ではなかった。しかし、悲しいことにそれ以上のことを思い出すことが出来ない。それでも、彼女は「帰りたい」と言い続けた。


『あなたは、事故で亡くなりました。ですから、もう戻ることは出来ません。あなたが死んでくれてよかった。ユリアーナの身体に適合させる時間には限りがあったので、ちょうど良い魂を探していたのです』


「は!? 死んでくれてよかった、って何!? どういうこと? わたしがこの……ユリアーナの体に入ってしまったのは、あなたのせいなのね?」


 姿のない声が「はい」と頷く。ユリアーナは自分の手足を、まるで初めてみたようにじろじろと眺める。先程まで、まるで当たり前のように動かしていたそれらが、異物のように見える。一体この腕は、足は、体は、顔は誰のものだ……そう思えば、体が震える。


「それに、一体何? 9回……9回って……わたしに残っているこの記憶……同じことを何度も何度も何度も……ああ、頭がおかしくなりそう……どういうことなの……? あなたは一体、誰なの?」


 矢継ぎ早の質問に、白い霧は一つずつ答えていく。


『9回は、ユリアーナが繰り返した生き返りです。彼女には10回の回数がもうけられました。わたしは、時の神リューディガー』


「リューディガー……」


『あなたの世界は、もうすぐ滅びます。それを救うためにあなたには10回の生き返りを与えられました。けれども、あなたは9回失敗をしています』


「滅びる……? 9回失敗、というのは……ええっと、このままだと、世界が滅びる……?」


 頭を片手で抑えながらユリアーナは尋ねる。リューディガーは冷静に答えた。


『そうです』


「それは何で? 神様がどうにか出来ないの?」


『残念ながら。我ら神々は万能ではないのです。世界を作り出しても、それを継続させるのはそこに生きているあなたたちのみ』


「自分勝手な話だわ」


『我々も、滅ぼそうと思って滅ぼしているわけではありません。むしろ、継続をして欲しい。我々が持っている世界は、あなたたちの世界で最後。他の世界もまた、滅びの道をたどってしまった』


 持っている世界。この世界でそれが最後。なるほど、いくつも世界を持っていて、そして、他のものはすべて滅んでいると。だから、残りの一つを守りたいのか……そう考えても、ユリアーナはどうもピンとこない。


「……わたしたち……っていうのかな……それが、滅んだらどうなるの?」


『我々神も、消滅をします。もともと、我らは5つの世界を持っていました。ですが、どれもこれも、最後に滅びの道をたどってしまった。我々は創始者であれど、容易に干渉が出来ない。そこで、世界を救うための『因子』として『本質』に近い者に生き返りの力を与えました』


 因子? 本質? ユリアーナはぽかんとした顔を見せる。


『世界を救うための鍵となる人物は、生き返りを何度行ってもその人物の働きだけでは『来るべき時に生き残れない』ことがわかっています。そして、生き返りの『耐性』もない。ですから、よりその運命に近く、生き返りの耐性があるあなたをわたしは選びました』


「よく、意味が、わからない」


 ユリアーナは震える声で言葉を絞り出した。


『魂には強さがあるのです。あなたの、ユリアーナの魂は強かった。そして、世界を救う運命にとても近い場所にいる。ですが、この9回失敗をしています』


「それで……わたしが……10回目を? 毎回、わたしのように……ユリアーナじゃない人がユリアーナになって?」


『いいえ。9回、ユリアーナは自分で生き返りを体験しました。そして、9回を終えて、自分では駄目だと悟ったのです』


「どうして……?」


『ラファエルを愛してしまう、と言っていました。それでは、駄目だと。それが本当かどうかを立証する術はわたしにはありませんが、9回を繰り返したユリアーナが言うのですから、きっとそうなのでしょう』




「とりあえず……現実、なんだろうなぁ~……」


 戻って来たユリアーナは、しばしぼんやりとしていた。が、それも束の間。家の中を物色して、筆記具を探した。何故か、自分の手が届く場所にはそれらは何もなく、閉ざされた部屋の隅に質の悪い紙と質の悪いインク、そして筆があった。どうやら、それらはほとんど使っていなかったようだが、なんとか使える。


「なんか、はっきりしてきた……わたしはユリアーナじゃないけど……ユリアーナだ」


 9回失敗をした記憶は残っている。だが、それらはところどころだけ。全てが一本に繋がっているわけでもなく、ごちゃごちゃとしていた。リューディガーが言うには、脳には限界があるので、記憶はすべては引き継がれないと言う。ユリアーナは過去9回の轍を自分が踏まないために――何をすれば世界を守れるかはわからないが――頭に思い浮かんだことを書き出した。


「ああ、文字……文字、書けるんだ? わたし……」


 いや、そうではない。自分は、読み書きが出来ない……そう思う。ならば、この字は転生前の文字ではないかと思う。それならば、手近な場所に筆記具がなかった理由もわかる。


『生き返りの邪魔になるので、転生前のあなたの記憶はほとんど引き継いでいません』


 確かに自分が以前は何だったのかを思い出そうとしても、記憶はユリアーナのものばかり。だが、身についていたものはそのまま転生時に使えるのだろうか。


 実際、体はユリアーナで脳の中身もユリアーナ……と思ったが、自分は「そうであってそうではない」ものだ。意識というものが脳と関係がないわけでもないし、いくらかは転生前の「ユリアーナではない」自分のものが混じっていてもおかしくない。


 それから、どうにか落ち着いて、リューディガーとの会話や、ユリアーナのことを思い出そうとする。自分はどうしてここにいるんだっけ? ユリアーナはどうして一人で、この森に暮らしているんだろう。それから。


(お母さんと……逃げて……この森に来たんだ……)


 同期が取れた、とリューディガーは言っていたが、目覚めよりも前のことは相当記憶が薄くなっているように思える。それはそうだ。9回だ。9回、ここから先を繰り返したのだから、それよりも前、デニス一家が行商で家を空ける前のことは遠い昔のことのようになっていてもおかしくない。


 自分が死ぬまでたとえば2年、3年。9回繰り返せば、たったの27年だとは思う。今のユリアーナの年齢から27年が経過をしても、まだ先がある。そう思うが、どうやら言うほど簡単なことではないようだ。


(まず、お母さんがいなくなって、一人の生活になって……)


 森から出て行ける町は、遠いけれども2つ。そのうちの片方には冒険者ギルドがあり、そこにユリアーナは登録をしていた。ユリアーナは身体能力が高かったため、幼少期からそれなりに依頼をこなしつつ、その一方で出来るだけ目立たぬようにそっとしていた。


 ここから2年後。19歳を境に、ユリアーナは森を出なくなった。それまでギルドの依頼を受けてずっと貯めていた金と、家で作っていた銀線細工の装飾品をデニスに売ってきてもらった金。それだけで、森での一人暮らしはなんとかなっていた。


(でも、この先……『わたしの翼が白くなったら』町に買い物にも行けなくなる……もし、生き残っても森の奥に入って、肉を獲ったりしないといけない……)


 そう。今、黒い翼が白くなったら。そうしたら、もう、人目につくわけにはいかなくなるのだ。それは、彼女が黒い翼をもつ「コーカ」から、白い翼をもつ「ラーレン」になってしまうから。


 黒い翼が白くなるなんて聞いたことがない。だが、現実にそれは発生してしまう。自分がそうだ。そして、白い翼を持つ「ラーレン」は現在「殺され続けて」絶滅種になっている。そして、今でも見つかれば殺されてしまうのだ。


 彼女の過去の死因は、9回分すべてはすぐに思い浮かばないが、数回は「ラーレン狩り」にあったのだとわかっている。


「ああ~、もううう、どうして、すぐ死んじゃう身体に転生をしたの……? いや、もう一度は死んでいるらしい身の上だから、もう一回チャンスがあると言えばチャンスなんだけど……やだやだやだやだやだやだ~!」


 そう言ってユリアーナは足をバタバタとさせた。


「死にたくないよぉ……ええっと、ラファエルを助けてから、1年……大体2年後……?」


 少しずつ記憶を紐解いていくと、自分が死んでしまう未来がすぐそこに見えて来る。それは困る。嫌だ。つらい。悲しい。死にたくない。しばらくの間はそればかりを考えて「嫌だ~……」と唸っていたが、唸っていても仕方がない、とようやく体を起こす。


「絶対、死なない。世界を救うとか救わないとかはよくわからないけど、うん、死なない。頑張る!」


 基本的に彼女は明るくポジティブだ。だが、あまりにも情報としてはマイナス要素ばかりなので、声に出して自分に言い聞かせる。何はともあれ自分の安全を確保しなければ、と色々と紙に書きだしたのだった。

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