第6話
翌朝、昨日の出来事で得られた情報を整理する。
整理しておくのは自分の今後の捜査のためでもあるが、それ以上に、依頼人に今回の操作の状況をわかりやすく伝えるためでもある。
昨日の調査で得られた情報は様々だが、特に気になるのはやはりあの司祭についてだ。
まぁ……調べたと言っていいほどの情報を彼からは引き出せていないのだけれど。とにかく油断ならない相手であることは感じ取れたのだが、それまでだ。むしろこちらが少しでも彼についての情報を欲しいくらいだ。
ということで、昨日の今日でどうかと思うが、依頼人に連絡をとり彼についての情報を尋ねてみる。調査を依頼してきた相手に情報を頼るというのも情けない話だが、プライドで命が買えるなら喜んで差し出そう。
淡い期待と緊張を抱えて電話を掛ける。
「はい、もしもし」
少し怪訝そうな声で電話口に出てくるメディアさん。
「もしもしメディアさん、森野です。教団についてお尋ねしたいことがいくつか出てきましたので、先日の調査の報告も兼ねてご連絡させていただきました。少し話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「はい、私に答えられることなら……」
自信なさげなその言葉は当然の反応と言える。教団について知りたいことが山積みなのは彼女のほうなのだから。それでも自分の知る限りは答えてくれるというのだから、いい依頼人の仕事を請けたものだと、少し感動してしまう。昨日の出来事の中から伝えておくべき情報をまとめて彼女に話し終わったあとで、こちらから聞きたかったことを聞いてみる。
「……あの教団の、『司祭様』について、あなたからなにか分かる情報はありませんか?」
回りくどく言ってもしょうがないので、直球で聞いてみる。
すぐに返せずに言葉に詰まる彼女に、ダメ押しするように言葉を続ける。
「なんでもいいです。彼の名前や素性でも、そうでなくても、たとえば信徒同士の間での司祭様の噂などでも」
食い気味に質問を畳みかけていく。そんなぼくの態度に折れたのか、小さく息を吐き、話始めるメディアさん。
「そうですね……。まず、司祭様は二人いらっしゃいます。男性の司祭様と、女性の司祭様」
「女性の司祭様、ですか……」
思わぬ情報に一つの疑問が解消した。なるほど、あの時の一輪さんの話は、マーリンのほうではなく、女性の司祭のことだったのだろう。
「男性の司祭様は、主にお話を聞いてくださいます。とても優しい方で、落ち着いていて、信頼できる方です」
少し嬉しそうにそうやって話すメディアさんの気持ちもわかる。ぼく自身は彼と話して何かを相談したわけではないが、もし彼に自分の悩みを聞いてもらったら、その悩みに優しく共感などしてもらったら、彼を評価してしまうようになるだろう。そう予感させるほどの魅力を、あの短いやり取りでも十分に感じ取れたのだ。長期間に渡り彼とそういうやり取りを経験したであろうメディアさんであれば、この態度も仕方ない。
「そして、女性の司祭様なんですが、あちらは滅多に姿をあらわしません。ですが、薬剤などの、教団から提供されるものは彼女が作っているらしいです。しかし、女性だというのも話で聞いただけで、そもそも本当に女性なのかも私にはわかっていません」
「ふむ……メディアさん自身は、女性の方とは会ったことはない、と」
「ないですね。ですが、教団の信徒さんたちは男性の方も女性の方も居るように話をされますし、その両名をとても信頼していました」
「なるほど……」
いわゆる裏方ということだろうか。表での信者との交流などは男性に任せて、自身は教団員への薬剤等の開発や生産をメインとして活動している、と。それでも周囲からは信用されている。まぁ、あのマーリンと並んで司祭の立場に収まっていることを考えれば、技術のみでなく求心力も併せ持っていてもおかしくはない。一輪さんは人がよすぎるので彼女からの信頼だけでは信憑性に欠きそうだが、他の信徒の方々までそう言うのだとあれば、そうなのだろう。もしくは、自身の調合する薬のなかにそういう効能を含ませているのかも……?もしそうだとすれば、あの時の紅茶を飲まずに済んだのは幸いだった。
「ちなみに、シャーリーさんも女性の司祭に会われたことは?」
「それは、わかりません……。まだ私と会っていた時は会ったことはない、と。今は、どこにいるのかも……」
声を曇らせるメディアさん。このことについてこれ以上触れるのも悪いので、この話はここまでにして、他のことを聞こう。
「あとは、一輪さん、という信徒のかたについて、何か知っていることはありますか?」
「一輪さん、ですか。主に受付をされている方ですね。とても元気の良い明るいかたです。信徒の方がたまに連れられる小さいお子さんとも仲良く接していて、他の信徒さんたちともよくお話されていたのを覚えています」
「なるほど、わかりました。貴重なご意見をありがとうございます」
メディアさんの口からも自分たちが受けた彼女の印象とほぼ変わらない内容が出てきた。あまり疑ってもいなかったが、どうやら彼女のあの態度は新規教団員欲しさの演技ということはなさそうだ。
「あとは、一輪さんに限った話ではないですが、一部の信徒の方や司祭様たちはあの施設に住んでいるみたいです」
と、思わぬ重大情報が出てきた。そうであるなら、最終手段として考えていた五十音さんの腕っぷしに任せての施設への夜襲もといガサ入れ、というのは難しそうだ。
「ふむふむ……そこに住まれている方の条件などはわかりますか?」
「司祭様や、一輪さんのように信徒としてだけではなく、教団で何かしらの役職としての活動をされている方たちが主に住んでいるようでしたね」
「普通の信徒の方は住まわれることは基本的にない、と」
「そうですね、私の知る限りではありますが……」
そういうことなら、一輪さんの替えの服が施設にあったのも理解できるし、その服が着替える前と同じような服なのも、施設内での活動中の服装として何着かを施設内の宿泊所に彼女が用意してあれば十分あり得る話だ。外から確認のできなかった二階部分にそういう場所が用意されている可能性は高い。寝床なども同様だ。
「なるほど、わかりました。色々お聞かせいただきありがとうございました。またなにかわかりましたら、改めて連絡させていただきます」
「はい、お願いします」
そう言って通話を終える。五十音さんにもこれについてはまた話をして意見をもらいたい。集合時間に余裕を持って、そして今日の彼女への手土産を持って神社へ向かう。この手土産であれば、今回こそはご機嫌な五十音さんを拝めるだろう。
神社へ到着し、まずは開運くじをひとつ。今回の結果は「小吉」……まぁ、ぼくにしてはいいほうでしょう。
仕事中の他の巫女さんに声をかけ、いつもどおり神社の奥にある彼女の部屋へ向かう。
ドアをノックするも反応はない。聞き耳を立てると、部屋の内部から寝息が聞こえる。間違いなく五十音さんの寝息であるのだろうが……腕時計を確認する。
「えぇ……」
朝というよりもはや昼といえる時間を腕時計が指し示している。いや、ついさっきも確認したんでわかってはいたんですが、にしても……。
先程より少し強めにドアをノックしてみるものの、どうやら動く気配はなさそうだ。さて、どうしたものかと考え、今回持ってきた手土産に目を向ける。
おもむろに手土産の袋の中からブツを取り出す。なぜって?それは今回ぼくが持ってきたのがこの『朝からハッピー☆モーニンゴコール・わんぱく妹編』という名前の目覚まし時計だからだ。
目覚ましの時間を今より1分後にセットし、部屋の前に置く。
『おにいちゃん、起きて~!朝だよ、おにいちゃん!起きて~~~朝だよ~~~!おにいちゃ~~~ん!!!』
元気な若い女性の声が目覚まし時計から響き渡る。この音量なら扉の向こうの五十音さんへも十二分に聞こえていることだろう。境内にいる他の巫女さんや神職さんたちを驚かせてしまいそうだが、ぼくが五十音さんのところに訪ねてきたことは伝わっているので、おそらく「あぁ、またいつものか」ぐらいの反応で聞き流していることでしょう。
すると、部屋の中からドタドタと足音が扉の方へ向かってくるのが聞こえる。扉までその音がたどり着き、バンッと音がしたと思うやいなや目に見えぬ早さで五十音さんに胸ぐらを掴み上げられ、足が床から離れる。しまった、遺書の一つでも書いておくべきだった。
「…………んぁ、森野か。おはよ」
そう言いながらパッと手を離す五十音さん。え?今の無意識なの?睡眠中に襲われても条件反射で敵を締め上げるようなソルジャーなのこの人?
「おはようございます、五十音さん」
自分の首がまだ胴体と離れていない事実に安堵しつつ、何事もなかったかのように挨拶を返す。
「いやぁ、昼寝してたわー。……とりあえずそのふざけた時計止めてくれない?」
そう言って指さされた時計はぼくらがこうして挨拶を交わしている間もおにいちゃんを起こし続けていたのだ。先程、五十音さんが無意識で止めようとしたのは時計の方ではなくぼくの息の根の方だったのでね。
「ふざけた時計だなんて、せっかく用意したお土産になんて言い草を」
「ナンセンス」
死んだ魚を見るような目で言われた。そんなぁ……。
『おにいちゃん!はやくぅ!おにいちゃ~ん!は~や~くぅ~!もぉ~~~!遅刻しちゃうよぉ!急いでぇ~~~!!』
「フン」
ナンセンスとの評をくだされながらも健気に鳴り続けていた目覚ましに五十音さんが勢いよく拳を振り落とす。
『おにいぢゃッ!……はや……う……』
まるで本当に殴られたかのように目覚ましの声が力を失っていく。
「あぁ、なんてことを。結構高かったのに……」
壊れた目覚ましを労るように抱え持つ。
「あんたそれ持って帰りなさいよ?」
部屋に戻りながらこちらを見もせずにそんなことを告げる五十音さん。それに続いて部屋に入り扉を閉めていたぼくはそれを不思議に思って彼女に問う。
「え?でも五十音さん、こういうの好きですよね?」
そう聞きながら振り返ったところで彼女から再び胸ぐらを掴まれる。さすがに足は地についてるが目に怒気がこもってる分こっちのほうが怖いかもしれない。
「あたしがいつそんなこと言った?」
「他の巫女さんから以前聞いたんですよ。五十音さんはああ見えて意外と少女趣味だ、って。それなのにフルーツ●スケットはダメだって言うから……」
「いやいや、この目覚ましのどこが少女趣味よ!ただのオタク向けでしょうが!!」
片手でぼくの胸ぐらを締めながらもう片方の手で目覚ましを力いっぱい指差して声を上げる五十音さん。そんな彼女の態度へ小首をかしげながら答えを返す。
「前回の少女趣味の漫画がダメだったので、てっきり少女“が”趣味ってことだと思ったんですが……」
「フン」
「ごっふぅ!?」
有無を言わさぬ腹パンが彼女の回答だった。先日ほどの威力ではないにしてもかなり痛い。
「ったく、……で、今日も行くの?」
胸ぐらから外した手で頭をガシガシとする五十音さんに本日の予定を確認される。
「え、えぇ……もちろん……」
腹パンのダメージで少しよろめきながらも、肯定の返事をする。
「だったらさっさと行くわよ。ほら、車出して」
前回同様に、愛用の木刀をパパっと担いで部屋の外へ向かう五十音さん。まぁ、特に嫌がったりされるとも思ってませんでしたが、話が早くて助かるなぁ。
「そういえば、教団に向かう前に、よければ一度雑貨屋にだけ寄らせてもらっていいですか?」
そうして昨日と同じく教団のもとへと向かおうとしていたが、道中で少し寄り道を申し出る。
「雑貨屋?さっきのアホな時計でも売るの?」
「あれは持って帰って丁重に供養します。なんか今すごく怖い感じのうめき声ばかり流れてますし……」
後部座席に置いてある時計が返事するように「おにい……ぢゃ……はや……ぐ……」と音を漏らす。本来なら可愛らしい女児の声で流れるハズの台詞が、衝撃でどこの回路がやられたのかまるでモザイク越しの男性の声で流れてくる。怖い。
「直しゃいいでしょアレくらい」
「うーむ、自信はありませんが、今手元に工具的なものがあればやってみますかね」
「そんなものはない、おわり、いくわよ」
にべもなくそうスッパリ流された。
「っていうか供養っていうならうちでしなさいよ。そういうお焚き上げみたいなのやってるわよ。私は担当じゃないけど」
サラッとそんな提案をしてくる五十音さんだが、ぶっ壊された本人の勤め先でそんなマッチポンプ供養を受けて成仏できるのか、という疑問は口にすると今度はぼくがぶっ壊されかねないので愛想笑いだけ返しておく。
そうこう言っている間に雑貨屋に到着する。五十音さんは「私はいいや」ということなので、車で待ってもらい一人で店に入る。目当てである目薬を一つ購入し、勿体ないがその中身をすべて無くして洗浄し、空の容器にしておく。前回はうまいこと時間があったのでフィルムケースへ保存できたけれど今回もそううまく行くとは限らない。似たような事態に備えて液体の採取容器としてポケットに忍ばせる。
「(あとは、せっかくなのでこれも……)」
同じ店に売ってあったミニドライバーセットも購入。何かの役に立つかもしれないし、もし向こうで役に立たないとしても車に戻れば確実に役に立つものが一つありますからね。
「(それと、あまり気は向かないけど……念には念を、ですね)」
そう考え、角形電池を購入。そして、手持ちの強力スタンガンの電池を買ったばかりの新しいものに入れ替えておく。アイドル時代からの懐刀として持ち歩いているこいつの出番は、できれば無いままでいて欲しいものだ。
「おまたせしました」
正味五分程度の買い物で車へ戻る。
「遅い。はい、はやく運転する」
手厳しい判定をいただく。
「わかりました。が、その前にこのドライバーで」
「あんたの頭のネジでも締めるの?」
ややドヤ顔で取り出したドライバーセットを見て辛辣な言葉を投げかけてくる五十音さん。
「この時計を、一応直せるか試してみようかな、って」
そう指差した例の時計からはいまだに怨嗟に塗れたモザイクボイスが細々と流れてきている。
「後でいいでしょそんなの。だいたいこんなもの、ちょっと叩きゃ直るでしょ」
そう言って瀕死のうめき声をあげている時計をヒョイと掴み上げて、躊躇なくどつく五十音さん。
「おにいいいいぃいいいぃいぃぃぃいああああああああああああ」
「うっさい!」
とうとうやばい状態になってしまい後部座席に投げ捨てられた時計を拾い上げて様子を見るも、奇跡的に時計としての機能こそ変わらず動いているものの、背面から側面から変なコードがはみ出ているのを見て、これはもう元の声は出せないだろうな、と修理は諦める。
「……いきましょう、彼女の喉は、もうだめです」
今回の手土産も失敗に終わったところで、例の教団へ再び向かい始めるぼくと五十音さんなのであった。
ほどなくして教団のもとへ着いた。向かう道すがらに昨日解散した後に得られた情報についても共有を済ませ、さぁ車から降りようかというところで、あまり考えたくなかった疑問を口にする。
「さて、昨日あれだけ騒いでしまいましたが、果たして今日また受け入れてくれるのでしょうか……」
「大丈夫でしょ。聞いた感じ随分とお心の広い司祭様でいらっしゃるみたいだし?」
皮肉たっぷりにニヤつきながらそう答える五十音さんを見てると、いらぬ心配も少し晴れてきた。
「フフッ、確かに。それがうりでもあるみたいですしね。とりあえず、昨日お話した一輪さんにまた会えれば話が楽そうなんですが……」
「司祭にもまた会うだろうから、何の話をするかくらいは考えといたほうがいいわよ」
「ふむ、そうですねぇ……」
確かにそれは考えておかないといけないだろう。マーリンと対話した時の、あの目を思い出す。あの視線の前では、生半可なでっち上げの話など簡単に見透かされるだろう。
そう悩む僕の目に、例の時計が目につく。そしておもむろに手を伸ばし、それを胸ポケットにしまう。
「は?それいる?」
ドン引いた表情の五十音さんに聞かれても仕方ない質問をされる。
「何かの役に立つかもしれませんので。備えあればなんとやらです」
「……まぁいいけど。で、司祭様とは何の話すんのよ。昨日と同じような行き当たりばったりじゃ、うまくいかないわよ」
「ふむ……知り合いの巫女に乱暴(物理)を働かれたことについて、なんてのは」
そう言って笑顔で五十音さんのほうを見ると、同じく笑顔でこちらを見てくる五十音さん。
「相談できなくなるくらいここで叩きのめすわよ?」
ゆっくりと突き上げて見せる右手が掘削機のようにものすごい早さで振動している。どんな筋肉をしていたらそんな動きになるのか。
「すいませんでしたゆるしてくださいこのサングラスあげますから」
そう言って身バレ防止用に持ち歩いているサングラスを差し出しながら謝罪する。笑顔のままそれを受け取った五十音さんは瞬く間にそれをぐしゃぐしゃに握りつぶしてみせた。こわい。レンズだったものが黒い砂みたいになってる。
「……あたし行こうか?」
真顔に戻った五十音さんから意外な提案をされる。こういう役回りは面倒臭がってやらないものだとばかり思っていた。
「……なにか策があるんです?」
「うん、まぁ……普通に悩みに聞こえる話っていうのがね。それに、あたしもその司祭とやらに興味あるしね」
一瞬、普段見ないようなしおらしい表情になる五十音さん。その表情を見て、ふと思う。
ぼくと五十音さんの付き合いはそれなりにあるとはいえ、決してお互いのすべてを理解しあえてなどいない。ぼくの知らない五十音さんの悩みや考えなどいくらでもあるのだろう。
「……ふむ、わかりました。では、今回は五十音さん、お願いします」
本来なら……少なくとも、ぼく自身が司祭と話すのであれば、自分が本当に悩んでいることなど話さないほうがいいと考えるところだ。しかし、普段誰かに弱音や悩みを話すこともなさそうな五十音さんが、もしこの機会に少しでも誰かに思いを打ち明けられるのであれば、それで彼女の気持ちが少しでも晴れるのであれば、この事件の調査には依頼料以上の価値があったと言えるだろう、と。そんな思いもあって彼女の提案を承諾する。危険ではある、でもそれを乗り越える力も彼女はきっと兼ね備えているという信頼も、この決断を後押ししたのだろう。
それでも備えあれば憂いなしということで、今回は今のうちにPHSを渡しておく。
「もしもの時は頼むわね」
「善処します」
いざ再び例の教団の施設の扉を開くぼくと五十音さん。前回と同様に受付のところに向かうと、同じように受付窓に控えていた一輪さんが、ぼくらの顔を見るなり受付室から出てきて挨拶をしてくれる。
「ようこそお二方、昨日ぶりですね!今日はどのようなご用件で?」
昨日と変わらず元気な笑顔で出迎えてくれる彼女に若干の申し訳無さを抱きながらもそれを一切見せないように朗らかに返す。
「えぇ、昨日はあまり落ち着いてお話ができなかったので、今日はちゃんとお悩みを聞いていただければ、と思いまして。彼女も、今日はこんなに落ち着いていますから」
「そう。だから今日はあたしからお願いするわ」
ぐいっと胸を張りながらそう豪語する五十音さん。実際今回は彼女に相談係を頼るのではあるが、こうも威張られるとは。というか、昨日のようなバカップルっぷりを見せていないのだけれど、これについては『落ち着いているから』で通じているのだろうか……?確かに昨日は落ち着きのかけらもない素振りではあったけれども……。
「わかりました。では松田さんからどうぞ。森野さんはどうされますか?」
「そうですね、昨日は最初の応接室と聖堂しか拝見できなかったので、施設の他の場所について知りたいですね。出来ればこの施設への宿泊も考えたいので、そちらのほうもご紹介いただきたいなぁ、と」
結構強気な提案をしてみる。さすがにこれには一輪さんも一考の余地が必要なようで、司祭様へ一度聞いてみるとのことで、待合室にまで通された後、少し待つことになる。数分とせずに部屋の扉が開いときには一輪さんと、その横には昨日ぼくが話を聞いてもらったマーリン司祭の姿があった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
歓迎の笑みを浮かべる彼のその笑顔が、今まで見てきたどんな笑顔よりも怖ろしく見えた。
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