第5話




連れて行かれたのはその施設の中でも『大聖堂』と呼ばれる特殊な場所だった。

施設の外観からは想像できないほど広く取られた空間(おそらく部屋をいくつかぶち抜いて統合したのだろう)には教会然とした長椅子の並びに、正面奥には公演台のようなものも見受けられる。おそらくここで司祭様とやらのお話を聴講するのだろう。また、その公演台から更に部屋の隅へ目を向けるとまた別に区切られた部屋がある。区切っている壁には木製の格子目の窓がついていて、教会にある懺悔室を彷彿とさせた。

正面奥の壁の上部には、応接室でも確認できたものと同じ女神像も飾られている。空間の影響もあってか、先刻よりも神々しく見えてくる。

「奥で司祭様がお待ちですので、どうぞ中へ」

そう言って先ほど目にとめていた部屋を指し示す。

向かいながら、ポケットの中の無線機を外から触って確認する。

部屋の前につき、扉に手をかける。なんのことはない木製の扉がやたら重く感じる。纏わりつく緊張と不安の膜を突き破るように、扉を開ける。

「失礼します」

中に居る司祭に向けたその声は、変な上ずりもなく、うまく発音できていたように思う。

部屋の中には椅子が六脚、中央にある小さな丸卓を囲うように置かれている。その奥手中央の椅子に、司祭様は居た。

長い白髪と髭をたくわえ、紫紺のローブを纏ったその容貌は、御伽噺に出てくる魔法使いがそのまま出てきたようだ。入室してきた自分に向けられた三白眼は、少々威圧的に感じるが、それと同様以上に、強い威厳が感じられた。この人になら、自分にはわからないことでも、すぐに良い解決法を編み出せてしまいそうな、そんな頼りになる威厳が放たれていた。今まで相手してきたことのある詐欺師や宗教家のなかにも、そういう雰囲気を纏う人がいなかったわけではないが、この相手からは感じられる雰囲気は、そのどれとも一線を画すものであった。

「(受付さんからの話だと、女性だと思っていましたが……)」

髭の生える女性がいないわけではないが、首の中ほどまで伸びるほどの髭となると男性の可能性は極めて高いだろう。

「おまたせしました、どうぞそちらへ」

落ち着いた初老男性のその声は、やはり目の前の人物から発せられた。誘われるままに対面の椅子へと腰を下ろす。

「あなたが、司祭様……ですか?」

「はい。司祭として、この施設で人々の悩みを聞かせていただいている、マーリンと申します」

まっすぐこちらを見ながらそう答える。どうやら、受付さんが案内を間違えたという線も無さそうだ。

マーリン。それはかの有名なアーサー王の話に出てくるおかかえの魔法使いの名前でもある。本名にしても、この施設での偽名だとしても、まったく彼の容貌に似合いすぎる名前である。

「それでは、あなたの悩みを聞きましょう」

ゆっくりと両手を組みながら、落ち着いた声で語りかけてくるマーリン。なるほどこんな風にやさしくこられては、悩みの有無を越えて心情を吐露したくなるのも頷ける。そんな、ある種蠱惑的とも言える彼の声に、持っていかれないようにグッと気を引き締める。

受付さんには悪いが、五十音さんのことについての相談というのは実はする気はない。代わりに投げかける質問は、先刻すでに思いついてある。

「こちらの、くじなんですけど……」

そう言って取り出して見せたのは、五十音さんの神社で引いたおみくじ。

「はい、大凶ですな」

見せたくじに書いてあるのは『大凶』。最近だと、出ないように設定されているおみくじを置く神社も増えたと聞くが、五十音さんの神社ではバリバリ現役である。

「そうです。大凶、なんですけど……これが5連続目の大凶だって言ったら、信じますか?」

言葉をかけるとともにマーリンの一挙手一投足を注視する。5連続で大凶を引くなどという話、もちろん嘘っぱちだ。せいぜい3回までしか連続で引いたことはない。問題は、そこにどう反応するかだ。心にもない信頼を示して優しく諭してきたり、はたまたそれらはきっと悪霊悪運の仕業だなどと嘯いて心霊道具なりお祓いなりを薦めてきたりというのが相手の反応としては王道なのだが。

「それは……面白い冗談ですな」

片手で髭をさすりながら、そう一蹴した。

「やはり、信じてもらえませんか。そうですよね……ありえないですよね……」

予想と異なるドライな反応に少し驚いたが、そのまま退かずにもうひと押しを入れてみる。しかし、少し苦しそうな声でそんな言葉を漏らすこちらを、冷めたような悟ったような瞳で視てくるマーリン。今までのどの相手からも視たことがない視線で、自分ではなく、自分の奥に潜む何かを睨むようなその視線は、なんだか落ち着かない。

「……それに、仮に5連続の大凶だとしても。あなたはそれを気にするようには見えませんなぁ」

心臓が跳ねる。演技には少し自信があったのだが、これはもう完全に見破られたのだろうか……。まずい、かもしれない。

「ふくぴょ~~~~~~~~ん!!は~~~~~~~や~~~~~~~~く~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」

どう切り抜けたものかと思案していると、部屋の外から五十音さんのきゃぴきゃぴな大声が飛び込んでくる。部屋の遮音が甘いというより彼女の声が大きすぎるのだろう。施設側の注目を自分に集めようという魂胆もあるのかもしれないが、それにしてもよく通る声だなぁ。と、呑気に考えている場合ではない。なんで彼女が大聖堂に来ているのかもよくわかっていないが、この声量で騒がれ続けたら調査どころではない。

「わかった!わかったからおとなしくしてください!」

思わず部屋の扉を開いて声をあげる。

「すいません、ちょっと彼女あんな感じなんで、一旦失礼します……」

正直たすかったという気持ちを隠して、本当に申し訳ない気持ちをみせるようにマーリンへ頭をさげながら謝罪する。

「はい、かまいませんよ。あなたとはまたいずれ、ですね」

温和な言葉を返して見送ってくれるマーリン。そこには先ほどまでの緊迫した空気は感じられず、最初に部屋に入った時に感じたものと同じおだやかな雰囲気が漂っていた。

扉を閉めて騒ぐ彼女のもとへ急いで駆けつけて小声でたずねる。

「いやぁ、助かりました。しかしどうやってここに?」

そう詰問するぼくに不機嫌そうな視線を返す。

「受付にここの施設の案内を頼んだのよ。それであんたがいるこの大聖堂についても紹介してもらってたわけ。で、せっかくだから司祭とやらとのタイマンから逃してやろうと思って騒いだわけだけど……助かりました、ってことはなにかやらかしたのね、あんた」

「いやぁ、申し訳ない」

「しっかりしろってーの!」

はにかみながら謝る僕に怒気を飛ばす五十音さん。そこに受付さんも寄ってきたのでバカップルモードへと対応を切り替える。

「はーい、聖ぴょん。ステイステイ」

そう言って両手の平を向けてどうどうとうながすぼく。

「犬か。……じゃなくて~~~わんっ!福ぴょ~ん!わんわんっ!!」

そう言って可愛らしい犬のように精一杯振る舞う五十音さん。このことも、あとでめっちゃ怒られそうだなぁ。

「すいません、彼女ちょっと今日は調子がよろしくないみたいなんで、今日はもう……お世話になりました。えっと……」

「あ、私のことは一輪とお呼びください。そうですね、それでは今日はこれで、ぜひまた来てくださいね。挙式も、ぜひうちで!」

こんなヤバい様子の相手にもにっこり笑顔で見送ってくれる受付さんもとい一輪さん。

「ははは、挙式だなんて、ははは」

「(無いわ)」

精一杯爽やかな笑顔だけでなんとか誤魔化しながら施設を去るぼくとその陰で口をへの字に曲げながらついてくる五十音さん。

車まで戻り、車内に腰を落ち着けたところで、今回得られた情報を共有していく。

「うーん……なかなかキナ臭いところでしたね」

「そうね。特にその司祭のマーリンってヤツ、思ったより厄介そうね」

そう言って腕を組みながら座席へともたれかかる五十音さん。

「あんたがただのポンコツって線もまあなくもないけど」

あえてこちらを見ることなくそう続ける五十音さん。

「いやー……だいたいああやって言うと、偽物だったら引っかかってくれるんですよ?」

苦笑しながら自分が彼に話した珍妙な相談内容についての弁護を図る。そんなぼくの言い訳へため息を返す五十音さん。

「だったらあいつは本物だっての?聖書もまともな神も祀らない、あんなわけのかわらない組織が?」

先ほどの情報共有で知ったことだが、僕が司祭と話しているあいだに五十音さんはここの施設の案内を一輪さんにお願いし、その案内先としてまず大聖堂に来たのだったらしい。

ぼく自身は一輪さんに促されるまま大聖堂奥の部屋へと向かっていったので気づかなかっただが、どうもあの聖堂の入口付近のところに本棚などもあったらしい。そこを物色した五十音さんだったが、どうもそこには教典や聖書に類するものはなかったらしく、有名な小説やエッセイなどが並ぶだけだったという。あんな施設においてそんな普通のラインナップの本棚があること自体が妙なことなのはぼくも五十音さんも理解できる。

「組織全体がどうか、って言いますと、ねぇ……。案内してくれた一輪さんは目立って怪しいようなこともなかったと思いますし……」

「あー……あの人は本当になにも知らないかもしれないわね」

珍しく五十音さんと意見が合う。二人でさんざん迷惑をかけたという負い目を抜きにしても一輪さんからはやましい思惑は感じられなかった。あの組織に対してとても肯定的であることは確かなのだろうけれど、その先に求める結果は独善的なものではないのであろうと、彼女の人となりから感じられた。ぼく一人の感想だけでは自信がないが、五十音さんも同意見となれば、ひとまず彼女を疑う必要はなさそうだ。

「もしくは無自覚に……あの、あれよ。お悩みの方への薬、って言ってたヤツ?あれであの子やほかの信徒をこう、うまいことできるのかもしれないけど……あぁ、くそっ。なんとか一つくらい貰って帰るべきだったわね」

舌を打ちながら後悔する五十音さん。

「次に向かうときは、ひとつは持ち帰りたいものですね。しかし、話半分の案件であればと楽な展開を期待してましたが、これは思ったより厄介な話になるかもしれません」

さて、ここからどうしたものかと唸り始めるぼく。

「どうするか、ねぇ……だいぶ無茶苦茶したし、普通に警戒されてるでしょうからねぇ」

はぁーあ、と重い溜息を吐き出す彼女の視線がギロッとこちらを刺す。

「はぁーーーあーーー、なんで無茶する羽目になったのかしらねーーーーー福ぴょーーーーーん???」

「ありがと聖ぴょん☆」

「ふんっ」

「ごふぅ!!?」

笑顔で返したら目にもとまらない速さの拳を返された。ボゴォという音が車内に響く。彼女のスペックをある程度把握しているぼくとしては、この一撃がものすごく手加減された上でのツッコミ用のパンチであることは理解できる。それでもなお、体が悲鳴をあげる威力を伴っていることも、体で理解できる。いやぁ、頼りになる拳だなぁ。

こんなこともあろうかと車内に用意しておいた応急治療用キットからとりあえず湿布をとりだして被弾部分に貼ろうとしたのだが、思ったよりダメージが深かったのか、手先がもつれて湿布があーくっついてあーもーベロベロになってあーあー。

「……このぶきっちょ。ほら、見せない。もう……」

見るに見かねたのか、それとも思ったより強く殴ってしまったと申し訳なく思っているのか、代わりに湿布を貼り直して手当してくれる五十音さん。

「いやぁ、すみません……」

「ったく……はい。よし!この馬鹿!」

そう言って湿布をパチンと叩く五十音さん。面倒見がいい姉御肌のような振る舞いだけれど、そもそものパンチをくれたのもこの人なんだよなぁ。うーむ、優しさの地産地消。いや、ふざけた返事をしたぼくも悪いんですがね。

「今のところ他に依頼もないので、ぼくは明日も引き続きこの件を調査する予定ですけど、五十音さんは明日も空いてますか?」

話が一段落ついたところで車を走らせ始めながら、明日に向けた話合いも始める。ぼくは探偵としての仕事が本職なのでいいけれど、五十音さんは神社の仕事もあるので、予定が合うかどうか確認を取る。

「……まぁいいけど」

渋々といった感じだが、次回も来てくれるとのことで安心した。今回助けてもらったこともあり、五十音さんにはぜひ毎回同行してもらいたいと思っていたので、これでまた次回も少しは無茶がききそうだ。その度に、体に貼る湿布が増えそうですが。

「ではまた明日、お昼ごろに迎えに来ますね」

「そのへんはてきとーに頼むわ」

神社まで五十音さんを送り届け、まだ日も沈まない時間だったが、今日は解散となった。

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