第3話




ほどなくしてメディアさんに教えてもらった教団の住所付近に到着し、該当の施設を視認できた。とはいえ得体の知れない新興宗教団体の施設、見つけたからといってじゃあ早速と乗り込むのは探偵のやることではない。まだ距離のある状態からでも、得られる情報は得ておくべきだ。

まずは施設の見た目や、運が良ければ出入りする人の様子などを確認してみる。その判断には五十音さんも賛成だったようで、じゃあざっと見てみてくれとぼくに言いつけ、自分はスマホのゲームアプリを起動して施設を睨むぼくの横でシャンシャンと愉快な音をスマホから垂れ流している。あ、今ミスりましたね、音がズレてましたよ。

で、まず目に入れた施設の外観はただの2階建てのビルと大差ない。強いて特徴をあげるなら、二階の窓に外から見られないように暗幕がかけられていることだろうか。それ自体もそこまで珍しいことではないが。スマホの音が止まった頃合いを見て話しかける。

「ざっと見といてと言われますが、五十音さん。これでは中がまるで伺えませんねぇ」

「はぁ?つっかえねって……あら、本当ね」

理不尽な罵倒を枕詞につけながらも、ぼくと同じようにビルの方向を確認する五十音さん。当然、謝罪とかはない。

「もう少し近づいてみますか」

「そーね」

そう言って助手席に座り直しまたシャンシャンを始める五十音さんを連れて施設との距離を更に詰める。一階の窓から中が伺えるような距離まで来たものの、いざ窓の奥を見てもそこは無機質なビルのそれでしかなく、廊下や天井、部屋の扉にこれといった飾りつけもないようだ。新興の団体ということだからそういう内装がまだ用意できてないのかもしれない。

もう少し人の流れなど見てみるかと思うものの、メディアさんからの情報によれば入会における細かい制限はないはず。というのであれば、出入りする人間の外観等から共通項を見出すのは難しいかもしれない、メディアさん自身の見た目にしても、いかにも新興宗教にハマっていますーというような見た目ではなかったわけで。なにも言われなければ髪の色などから外国人観光客か何かですかというあたりをつけるのが関の山だろう。であれば、ここでこれ以上手をこまねいて五十音さんがしびれを切らす、もとい調査に飽きるのを迎える羽目になるのは賢いとはいえない。多少強引かもしれないが、早々に潜入捜査へ舵を切るべきだろう。そう判断し、おもむろに懐からサングラスを取り出してかけていると、(ゲームが一段落した)五十音さんがそれに気づき声をかけてくる。

「なにそれ」

「ふふっ、変装ですよ、変装」

そう言ってサングラスを指でくいくいっと持ち上げてみせる。今でこそ探偵としてオカルト事件を追っているものの、これでも元はブラウン管の向こう側にいたわけですからね、うっかり自分をよく知る人物に出くわす可能性も考慮しておかないと。

「なに大物ぶってんのよ、ムカつくわね」

ふふっ、大物だから小物からの理不尽な言い草など気にしなあーいけませんサングラスにベタベタと指紋をつけてこないでくださいあーいけませんお客様おやめください。

「ぼくが大物かどうか、というより、まるで面識のない謎の教団に入ろうというわけですから、これも一つの護身ということで。ほら、見知らぬ人間って、唐突に閃光弾を投げつけてくるかもしれませんし?」

「ないわよ。それあんたのただのトラウマでしょ」

「そうやって閃光に呻いてる間に変な薬を嗅がされて、目が覚めたら半裸になってるかもしれませんし??」

「馬鹿の“かもしれない運転”はおいといて」

白けた表情で話を流しながら車を降りていく五十音さん。くっ、実際に被害にあったことがないからそんな呑気なことが言えるのだ、オルレアンの噂は実在するのだ。

トラウマで震える手を制御しながらなんとかサングラスを拭き終えてかけ直すぼく。まぁ、自分で言ったこととはいえ確かにあの話は異例中の異例だとは思う、というかそう思うようにしないと無限の見知らぬ人々とともに生きるこの現代社会怖すぎて生きていけないよチクショウめぇ!

「とりあえずここで待機してて仕方ないのは確かだし、中入りましょ。アンタ先頭ね」

そう言いながら持ってきた袋から修学旅行土産の代表を取り出そうとする五十音さん。

「いやいや、今回は信徒としての潜入ですので、それの出番は……」

そう言って木刀を納めるように諫言をかける。

「はぁ?忍び込んでボスぶっちめて終わりでしょ?」

「それ、別の事件の記事が出来上がりますから……あとボスが誰かなんかもまだわかってないですから、ね」

よしんばボスの所在がわかっていたとしてもメディアさんの依頼料をそのまま保釈金の積立に回すことになる。というかそんなことになったら依頼料が貰えるかどうかという話で……。

「依頼人の話では、何かに悩んでるようなことであれば入信自体はできるみたいですから、まずはその方向でひとつ……」

そう声をかけてみて、とりあえず件の木刀はしまってくれたのだが、なんだろう……なんか顎に手を当てて考え始めてはいるけど……

「(悩みか……悩み、ねぇ……。……今んとこ、特にないわね……)」

眉をしかめて神妙な顔つきで黙っている五十音さん。これはきっと相当な悩みがあるに違いない。きっとそうだ、わーいやったぁさすが五十音さんは頼りになるなぁ

「…………、とりあえずアンタに任せるわ」

やたらサッパリした笑みとともにそう答えを返す五十音さんを見て、ちょうど悩みがひとつ増えたのだった

「わかり、ました」

悩みに事欠かない今の自分の状況は、幸か不幸か。

不安を抱えながら施設の玄関に向かう。緊張とともに扉に手をかける。特に施錠等はされておらずそのまま開けることができた。

「ごめんくださーーい」

こういう時に辛いのは、怯んで声が小さくなりすぎたせいで、かけた声が誰にも聞こえないパターンなので、それだけは避けられるように少し声を張る。すると、玄関すぐの受付用の窓口らしきところから声がかえってくる。思ったよりすぐ近くに人がいたようで少し恥ずかしい。

「はい、どうかされましたか?」

凛とよく響く元気な声。鈴を転がすような声というのは美声の表現で使われるが、彼女の声は鈴を転がして遊ぶ子の声とでも言うのか、天真爛漫さに溢れた気持ちのいい声だった。

「えぇ、私達、こちらの教団に入信を希望するものでして」

とりあえずぼんやりとした要望を口にしてみる。入信条件が悩みを持っていること、ということではあるが、ここですぐにその答えを求められるようであればなにか考えとかないとなー、と少し悩んでいたが

「そうなんですね!では中でお話を聞きますので、どうぞ!」

「あ、はい」

そう言って受付窓の横の扉から黒フードをまとった小柄な女性が出てきた。中東の女性などが被っていそうな頭頂から後頭部を鎖骨あたりにかけてスッポリ覆ってしまうフードの暗い雰囲気に反して、紫という暗色に染まりなお爛々と活力を放つ瞳が特徴的だ。フードから漏れ出るように垂れている左右に分けられた前髪も極薄く紫がかった白髪であり、褐色に近い肌色と合わせて彼女の瞳を際立たせていた。

慣れた案内に連れられて、玄関からほど近い部屋に通される。扉に「面会室」と札の付いたその部屋の中で目に入るのは、部屋の隅にある大きめの食器棚、そして短めの簡易的な長机と机上に置かれた筆記用具、机に合わせた椅子が二脚ずつ向かい合うようにして部屋の中央に置いてある。机の上に給湯器があるところまで合わせて、ここまでは一見してただの給湯室のような場所だ。

しかし、奥の部屋に続く扉と、部屋の壁に飾られている異形の彫像が、ここが異質の事件を起こす教団内部であるということを訴えてくる。

「では、ここで名前とご職業など記入をお願いします」

書類を挟んだバインダーと筆記用具をこちらの席に向けて差し出してくれる。

名前や年齢をツラツラと埋めていく。もちろん潜入捜査なのでさすがに職業に探偵とは書かないけれど。

「ねぇ、森野?」

では代わりに何を書こうかと考えていたところで五十音さんから小声で話しかけられる。

「あの像……おかしくない?」

そう言ってこの無機質な部屋で異彩を放つ、壁の像を指差す。

「え?そうですか?」

たしかに妙な見た目だと思うが、宗教団体にはだいたいそういうものが飾られているものと勝手に納得していたので、五十音さんがそこに疑問を抱くのは意外だった。

「確かに変な像だとは思いますが……」

「そういうことじゃないのよ。いい、森野。オカルト事件取材を副業にしてる巫女の私の知見をもってしても、見たことないのよ、あんな像は」

いつになく神妙な顔でそう告げる五十音さん。ぼくも改めてその像を凝視する。人と蛇をモチーフにした意匠が見られるその像は、有名な蛇形の神はいろいろあれど、そのどれにも当てはまらない姿をしている。そう、一般に知られる蛇神たちの姿であれば、そのどれにしてもあそこまで人と混ざりあうようなものは思い当たらない。

「なるほど、そう言われてみれば、そうですね……」

そう言いながら、つい訝しげに像を見つめてしまっていたことに気づき、受付さんの様子を伺う。すると彼女は先程自分が像に向けていた視線と同じような訝しげな視線を自分に向けてきていた。

やってしまったかもしれない。くぅー、お疲れさまでした。森野福朗の潜入捜査はこれにて終了です!そんな諦念が浮かぶ。

かといって本当に諦めるにはまだ早い。なにか用ですか?とでも、すっとぼけて聞こうとしたぼくの口より先に彼女の口が動いた。

「あの……」

アァ……オワッタ……!!

「……もしかして、芸能界にいませんでした?」

こちらに向けて身を乗り出しながらそう問いかけてきた。

なんだ、そっちのほうの疑念だったのか。と、心のなかでホッと一息をつくぼく。その横で、あまりにも早い段階で身バレしそうになっているぼくの姿がよほど面白いのか、ブッと口のなかの息を吹き出す五十音さん。

「あぁ、よく似た人が以前少し芸能活動されてたとは聞きますね。名前まで似てたもので、よく言われるんですよ」

今までいったい何人についてきたかわからないお得意の一文を爽やかな表情で淀みなく口から流す。

「なるほど、それは失礼しました。では、ご記入の続きを」

そう言って乗り出していた身を元の位置へおさめる受付さん。こちらも余裕の表情で愛想笑ってなどいるが、内心では雄叫びをあげている。本当に危なかった、もう終わったと思った……あぁ、よかったぁ……。

職業欄の代わりは無難にフリーターとして書いておき、五十音さんの様子を確認する。どうやらキチンと記入が終わったようですでに筆を置いている。

五十音さんであれば特に隠すような職業もしていないので、筆が迷うこともなければ自分より早く書き終えているのが道理ではあるな、と。ただ、そのまま巫女と書くのも些か目立つのではないかと気になり、書いてある内容を確認してみると

『名前:松田聖子 職業:無職、レイヤー』

これはひどい。

「あ、お二人とも書き終わったようですね。では回収させていただいて、えーっと……松田、聖子……さん……?」

回収した用紙からぎこちなく視線をあげて五十音さんを見つめる受付さん。そんないたたまれない空気と視線に対して

「はい、松田聖子です!」

ブリっ子の様相を呈しながら、普段聞いたことがない高音で返事をする五十音さんもとい松田聖子さん。ぼくは松田聖子さんに詳しいわけではないが、それでもあれは僕の、いや、世間一般の知る有名アイドルとは似ても似つかぬ感じになっちゃってることはわかる。寄せる気あるんですかね、ないんでしょうね。

「そ、そうですか……わかり、ました……」

なぜかなにかをわかられてしまい、晴れてここに百音五十音あらため、松田聖子ちゃんが爆誕したのであった。

「では、身分証明になるものの提示をお願いできますか……?」

死産であった。

「出せるわけね……っと。いま手元にないんですよぉ~~~忘れてきちゃいました~~~」

自滅寸前のところを思いとどまり、ブリっ子に戻る五十音さん。ダメだこのメッキ、ホコリのついたセロテープより剥げやすいぞ。

「身分の証明できるものを、忘れ……?」

さすがに準備がいらないと言われていたとはいえ、入信に際して身分証明書がないと言ってそのまま入信までいけてしまうのかはかなり怪しかった気がする

「えぇ~~~はい~~~。なにぶん、無職なもので~~~」

両手や腰や両膝などをクネクネブリブリしながらそんな答えを返す五十音さん。そこはイコールで繋がるものなのだろうか。

「確かに……そうですね……」

繋がるものだったらしい。今度ぼくも身分証明書を忘れたら無職を名乗ってみるか。……いや、やめよう。

「では、松田さんは大丈夫ですので……」

そう言ってぼくを見る受付さん。察して身分証明になるものを探る。運転免許証とかでいいだろうかなどと考えていたら

「実は彼も無職なんです!」

目を潤ませながら荒唐無稽な叫びをあげる松田聖子さん(偽名)(無職)。

「運転免許証で」

「わかりました。……はい、大丈夫です」

「おい」

どうツッコめばいいのか分からないので無視してやり取りをすすめていたらドスの効いた声でこちらを威嚇してきた松田聖子さん(偽名)(無職)。ダメだぞ、その名前でそんな声出したら。

「すいません。彼女、妄言癖で悩んでるんです」

ハハハッと愛想笑いを被せながら受付さんにそう告げる。

「ころすぞ」

度し難い目つきをこちらに突き刺しながら、ぼくにしか聞こえないほどの小声でそう呟かれてしまった。精一杯フォローしたハズなのになぁ、などと口にしてはそろそろ罵倒以外のものがぶつけられそうなので何も言わないでおく。

「では、森野さんと松田さんのお悩みについてお聞きしますね。お一人ずつ小部屋の方へどうぞ」

そう言って部屋の奥への扉に案内しようとしてくれる受付さん。本人はいたって屈託のない笑みで問いかけてくれているし、つい先程までふざけたやり取りをしていたとしても、ここがどういう場所で自分たちがなんのために来たのかを失念してはいない。故に、こちらの分散を避ける方向へ話を持っていけないものか、と考えていると

「え~~~~~、彼と一緒がい~~~~~い~~~~~!!」

腰から肩から足先までまでをぐねりぐねりと動かし回しながらそんな黄色い奇声を上げる五十音さん。もはやブリっ子の動きとかじゃなくなっている気がする。こねかけのナンみたいな姿勢になっている。もう少しマシな言い方とか仕草とか無かったのか。なんでこの人は躊躇なくこんな言動ができるんだ。

「はっはっは、しょうがないなー」

爽やか100点の笑顔で彼女の悪ノリに全力で乗っかる。乗りかかるくらいならキチンと全力で乗り込んだほうが泥舟でも安全というもの。しかし「いや、規則なんで一人ずつでお願いします」なんて言われようものならあっけなくこの作戦も死ぬし、こんな馬鹿なマネを無意味にしたことになるぼくと五十音さんの精神も死ぬ。ここの成否がこの後の潜入におけるぼくらのモチベーションの良し悪しを大きく分けるので、頼むからうまくいってほしい。

そんな願いが頭に渦巻いていることなど悟られぬようとってつけた満面の笑みを見せるぼくと五十音さん。怪しい教団への入信希望者のなかでも飛び抜けに怪しいであろうぼくらの様子をおずおずと、何も言わないままぼくらの顔を交互に見る受付さん。そして意を決したように口を開く。

「そうですね……わかりました、ではどうぞ」

「もり……福ぴょ~~~ん!!」

ぼくの手をとり飛び跳ねながら喜ぶ五十音さん。これたぶん演技じゃない喜びも入ってるんだろうな、というのが声色と、正直ちょっと痛いくらいに握られた手から伝わってくる。

「よぉし、行こうか聖ぴょん!!」

一世一代のクソ道化が無事に功を奏したことでテンションがハイになっているぼくも思わず妙な呼び名を発して五十音さんに返事をする。家族(特に義妹)が聞いたら泣くかもしれないなコレ。返事した瞬間に小声で「語呂悪っ」と呟いた五十音さんの素の声ももちろん聞き逃してはいない。あなたがぴょんぴょん言うのに合わせた結果でしょうに。

受付さんの苦い笑いを手土産に奥の部屋へ案内されるままに向かうぼくと五十音さん。

その間際、元の部屋を振り返りあらためて部屋の壁に飾られていた謎の彫像を見遣る。……なぜだろう、先程見たときには、蛇と人間が妙な配合で混ざり合っているものとして見えているだけだったはずのそれが、今こうして見たときには、まるで蛇が人間に纏わりついて取り込もうとしているような、そんな様子をあらわしているようにしか見えなくてしかたなかった。

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