第2話
自分一人で出来ることの少なさが身に染みている謙虚なぼくが、助っ人を求めて訪れたのは、とある神社であった。
なにもはなっから神頼みに走ろうというのではない。そもそも神様なんて本当にいるのかどうかも疑わしいようなものに今回みたいな面倒な依頼の成否を丸投げすることが出来るほど、ぼくは信心深くない。
そんな不確かなものよりもよっぽど頼りになる人間がここにはいるのだ。いるにはいるのだが、あの人に動いてもらおうと思うのであれば、かかる費用はお賽銭なんてかわいい金額では決して済まないだろう。余裕を持って降ろしてきたお金の入った財布を大事に胸ポケットにしまいながら、神社の階段を昇る。
階段を昇り切り、鳥居をくぐり奥の境内へ向かう途中、いつものようにくじを買う。神社に参った時にはいつもくじを買うようにしている。そしてぼくは
「(……また、凶……)」
この手のものでは、本当によくない目を引く傾向にあるぼくの人生の薄幸さをを改めて実感する。
「(義妹のほうは、めちゃくちゃ大吉とか引くのにねぇ……)」
羨んでどうこうなるものではないとはいえ、こうも続くと嫌になるのも通り越して、切ないような虚しいような、なんとも言えない気持ちになる。
顔なじみの巫女さんたちに軽い挨拶を済ませて、目的の人物の所在を尋ねる。今回の助っ人に選んだ彼女だが、話を聞くに、どうも自室でごろごろしているようだ。日はかなり高い時間に来たんだが。
勝手知ったる足取りで境内の脇を抜けた先、彼女が自室としている部屋へと赴く。部屋の前まで来たところで室内からの機械音が既に漏れ聞こえてくる。目的の人物が中にいるのは間違いなさそうだ。
こんこん、と小気味よく部屋の扉を叩く。反応がない。別に中で彼女がしかばねにでもなってるわけではないことは、引き続き流れてくる機械音で判断できる。要は無視されてるわけだ。まぁ、このぐらいはいつものことなので、再度同じように扉を叩く。すると、部屋の内側から地響きのような音が返ってきた。床でもどついたのだろうか。無視の次は、こんな風に不機嫌なアピールを返してくる。たちの悪い引きこもりの様な態度での対応は、彼女との付き合いがそれなりに有るぼくとしてはもはや慣れたものだ。しかし今回、ぼくは彼女にお願いをする立場としてここに来ているわけなので、あまり彼女の機嫌を損ねたくはない。さて、どうしたものか……。そうだな、彼女の好きそうな歌でも歌おう。そうすれば気になって扉を開けてくれるかもしれないし、好きな歌を聞いて機嫌が悪くなるってこともないだろう。これでも元アイドルだから、歌のレッスンもしたことはある。まぁ、したことはある、という程度なので素人に毛が生えたような歌唱力だが、少なくとも下手ではない自信はある。あとは選曲さえ間違えなければ大丈夫だろう。そうだな、彼女が好みそうで、かつ心を落ち着けてくれそうな曲で思いつくもの……。
「(おもむろに『forフルーツバスケ●ト』をドアの向こうに聞こえる小声で歌いだす)」
「うるせぇ!誰よさっきから!!」
スパーン!と扉を開けながらものすごい不機嫌な声をあげているこの人物こそは
「こんにちは、五十音さん」
「げっ、森野……」
百音五十音(ももね いろは)さん。ぼくの数少ない、心から信頼できる相手だ。
「休憩時間中でしたか?邪魔して申し訳ありません」
とりあえず嫌々ながらも部屋には入れて貰えたので、まずは唐突な訪問について謝罪する。
「ん、まぁ仕事してる時の方が珍しいしね」
そう言いながらまた畳に寝転がってゲームの続きを始める五十音さん。……ツッコまないぞ。今の彼女はきっと休憩時間中なんだ。そうなんだ。いやもう、そういうことにしておこう。触らぬ巫女にたたりなし、だ。いやむしろ、彼女の今の行いこそがたたられて然るべきもののような気はするが……。
「で、なに?」
そんな風に彼女の現状に頭を巡らしていると、向こうから何の用事で来たのかを尋ねられた
「あぁ、はい。あなた向きな内容の依頼をいただいたので、その話をもちかけに」
「かえれ」
こっちを振り向きもしないで食い気味に拒否する五十音さん。
「……やれやれ」
まぁ、想定の範囲内の反応ではある。
「アンタの持ってくる話がめんどうくさくなかった試しがないのよ」
恨み節を込めてそう言い放つ五十音さん。これについては、まぁ、あまり強く否定できない。そして今回の依頼ももれなくめんどうくさいことになりそうなのを理解したうえで持ちかけにきているわけだし……。
だが、だからといってハイそうですかと引き下がるわけにもいかないので、その為の準備はしてきた。
「……なにゴソゴソしてんのよ」
何も言わずにいたのが気になったのか、こちらを振り向き、持ってきたカバンの中を漁っている僕に向けて五十音さんが声をかける。ぼくはその質問への返答としてカバンからあるものを取り出して彼女の目の前にあるものを並べた。
フルーツバ●ケット全巻セットである
「これで、いかが」
自信満々で提案するぼくに対して警戒半分呆れ半分という表情でこちらを伺う五十音さん。
「……まさかアンタ、このフルー●バスケットで釣る気じゃないでしょーね?」
そう尋ねる彼女の表情。さっきまで半分はあった警戒の色がすべて呆れの色に変わって見えるがなぜだろう。こんなに素晴らしい品物なのに……。
「……釣れませんか?」
ならば、と並べたフルーツバス●ットの最後のページを開く。そこに記されているものをダメ押しとして見せつける。
「見てください。すべて初版ですよ」
「…………」
なんだろう、すごく残念ななにかを見るような目をしている。なんでだろう。
「おい、黄ばんでんぞ、この本」
「歴史がにじみ出てると言ってください」
「ったく、あんたのブリーフみたいな色の本で釣ろうったってそうはいかねーわよボケ」
そう言ってまたゲーム画面に向き直る五十音さん。むぅ、なにがいけなかったのだろうか……だがその反省の前にひとつ訂正はしておかないと。
「ぼくはトランクス派です」
「知るか!……だいたいねぇ、物で釣ろうってのが浅はかなのよ」
なんだか巫女らしいことを巫女らしくない状態で言い放つ五十音さん。確かにそうだ。その言葉自体はただしいものだ。彼女がいま休憩室で菓子をつまみながら横になってテレビゲームをしながらそんなことを言ってきたとはいえ、言葉自体の意味や正しさは損なわれるものではない。あぁ、損なわれませんとも。だからこそ、ぼくは彼女のその言に賛同する。ので
「……仕方ないですね。そうなると、ぼくにできることは今この時間で五十音さんがしていたことをそのままお父さんにご報告するくらいしか」
「で、何よ話って。とりあえず話してみなさいよ。あ、お茶いる?和菓子とポテチどっちがいい?」
突如立ち上がりいそいそともてなしをはじめる五十音さん。やっぱり休憩時間じゃなくてただのサボリだったのか……。
「あと、このことパパに話したらころすから」
開けようとしたお茶のペットボトルの蓋を捻じり潰しながら釘を刺してきた。だからこの人、暴力巫女だなんて言われるんだろうな……微塵も間違ってないから仕方ないあだ名だと思うけど。
そんなわけで、お茶をいただきながら今回の依頼についての情報を五十音さんにも説明した。
「はぁ……。……すげぇ帰って欲しい……」
片手で頭を抑えながらそんな感想を口にされた。
「一応だけどね、その信仰団体については聞いたことがあるわ」
そう言って五十音さんは、その団体について自分が既に知っていたことを伝えてくれた。どうにもその団体はここ最近で急に台頭してきた新興の団体であること。そして、同様の失踪事件がいくつか起きていること。また、団体内の信仰内容についての秘匿性がいやに強いことなど、オカルト事件に目敏い彼女はすでに自分の情報網で調べをあげていたようである。探偵としてのこちらの立場がないなー、これ。
「ふむ……ますます怪しくなってきましたね……」
というより、依頼内容自体はそもそも怪しかったけれど、その怪しい内容の信憑性が増したというか……。
「いろいろ臭いとは思ってたのよね。でも、いくらなんでも何?その、ぬめぬめっとした……何?」
「ヘビみたいなもの、ですね。人ではないなにか、とも言ってましたが……まぁ、ぬめぬめのヘビも人ではないですし……」
「邪神みたいなモンかしら。神社に生まれてこういうこと言うのもなんだけど、ぶっちゃけあんまり信じらんないわね、そういうの。値段がついてないものは概ね信じられないわ」
加えて言うなら、と、先ほどぼくが並べて見せたフルーツ●スケットを指差しながら
「ただ値段がついてるだけのものでも不可。ろくな値段がついてないものもおよそ信用ならないのよ。そこのセットで二千円強の漫画みたいにね」
「これはまた具体的にご指摘されたものです。……さては自分で買うつもりでチェックしてm」
ゴギュリュリュッと、彼女が飲み干して空にしていたペットボトルからなにをどう握ったらそんな音が出るのか分からない音がしたのでこれ以上いけない。
「……しかし値段というなら、邪神の実態を収めた記事、となればそれなりのお値段がつく可能性も考えられますが?」
ぼくが今回の依頼を彼女向きのもの、と評した理由のひとつがそれだ。彼女はそのオカルト関連の知識と、なにものにも怯まない精神力と、いざというときの腕っぷしの強さをいかして、こういうオカルトホラーめいたものについて独自に取材や調査を敢行し、そのネタをオカルト雑誌やゴシップ記事の編集社などに持ち込んで、内容に応じた金銭をいただくことを本職の巫女とは別口で稼業としている。今回の依頼で調べることになるのが、妙な宗教団体ということであれば、彼女にとっては慣れたものであり、また、本来の依頼とは別での稼ぎが期待できることを踏んで彼女が協力してくれる可能性があがるだろう。そう見越して彼女に声をかけたのだ。まぁ、結果としては「めんどい、かえれ」とにべもなく振られたので、脅迫めいたやりくちで協力を仰ぐことになったのだが。
「邪神の実態、ねぇ……」
「まぁ、邪神、というと少し浮世離れが過ぎるので、実際は、謎の教団の実態について、といった具合になりますかね」
そこで彼女は何かを思案するように黙り込む。取らぬ狸のなんとやらでもこの際構わない。彼女がこの依頼に対してのやる気を奮わせてくれるなら。
「そうねぇ……依頼料の三分の一……ううん、半分で手を打ってあげるわ」
そう言ってこちらにブイの字を突き出してくる。あぁー、そっちかぁ……。あとそこは普通は三分の一より安く提案する流れでは……。
しかしどのみちマズいのが、今回の依頼……正直、うまくやれるか怪しかったのでまだ具体的な依頼料を決めていないのであった。
「……では、お願いしますね。いやぁー、五十音さんがいれば百人力です」
「ねぇ、いくらもらえんの」
…………。
「で、調査の方法なんですが」
「い・く・ら・も・ら・え・ん・の」
あ、ダメだ。わかってはいたけどこれ以上は誤魔化せそうにないなこれ。しかしここで正直にまだわかんないんですよーあっはっはー、なんて言おうものなら彼女が自室の扉を天岩戸にしてしまうのは明白。……少しリスキーですが、出してもらえそうな予想金額と、依頼料がまるで足りなくても自腹で何とかできる金額で彼女が依頼を本気でこなすに足る金額と折り合いをつけようとすると……。
「……スリーピース?なに急に懐かしいことしてんの」
「三十万で」
「で、調査の話ね」
姿勢を正して目に力の入った五十音さんの口から理知的な言葉がまろびでる。あぁ、よかった。彼女が本気になってくれる金額ではあったようだ。これで依頼料が期待から外れた時はぼくの貯金が手痛いダメージを被ることは間違いないが、彼女のやる気を引き出せたのだからよしとしよう、そうしよう。
「調査と言いましても、今回は出まわっている情報そのものが少ないこともあるので、もう直接潜入してみてはと思うのですが」
今回犠牲となるかもしれないぼくの貯金のことを考えて、少し強気の提案をしてみる。
「からだ張るわねー、がんばってねー」
「………。」
再びスリーピース、そしてそこから更に二本の指を立てる。
「場所は」
ものすごくやり手の刑事みたいな雰囲気を出しながら五十音さんが聞いてくる。うむ、二十万円の差は絶大だったようだ。これならウキウキで潜入調査にも手を貸してくれそうだ。ぼくのタンス貯金は微塵もなくなるかもしれないが五十音さんがこんなにやる気なんだ、ぼくも頑張るぞ、あぁ、頑張るとも。五十人の諭吉の仇を討つためにも。
「既に聞いてあります。車で行けば一時間半くらいで着く場所だそうです」
「……あんた運転大丈夫だっけ」
「人並には出来ると思うので、よほど込み入った秘境でも走らされなければなんとかできますよ……たぶん」
「そ。まぁ精々あたしだけは死なないように走らせてよね」
そんな不遜な台詞を吐きながら、ちょっと用意をしてくると言って席を立つ五十音さん。了解と返して残されたポテチをかじりながらお茶をすする。うーん、合わなくは、ない。と、悠長なことをしている場合ではない。今のうちに依頼主であるメディアさんに確認をしなければ、色々と。そう、色々と。というわけでなんとかのいぬ間に電話をかける。
「はい、もしもし」
「もしもし、森野です」
少し不安そうな声で電話に応じるメディアさん。何かあったら連絡しますとは言っていたものの、まさかこうも早く連絡がくればそういう反応になるのが自然だろう。
「これから先ほどお聞きした教団に一度足を向ける予定でして、そのまま潜入捜査なども試みようかというところなのですが、あの教団への入信に際して、なにか特別な条件や制限などはありましたか?」
依頼料の確認に入る前に、先んじて確認しておきたかった話をぶつけていく。電話の理由が潜入捜査に向かうための情報整理というのであれば、こんなタイミングでの電話への違和感も薄れるのではという期待も込み込みでぶつけていく。最初に会った時にそのくらいまで確認しておけよと思われるかもしれないが。
「そうですね……私が入信に向かった時は、何に悩んでいるのか、とかを聞かれましたね。あとは、紅茶なんかもいただきながら、楽しくお話させていただいたくらいです」
優しい依頼主さんは少し考えた後、こちらが求めた情報を提示してくれた。
「なるほど……」
話を聞く限りでは入信に対して特別な査問や条件はないのかもしれない。たまたま彼女が何事もなく入れてもらえる条件を満たしていた可能性もあるが。だとしてももはや退くに退けない。いまさらやっぱり今回の依頼はなしだなんて言えば、さっき五十音さんに向けて突き立てた指が全てへし折られるどころでは済まないだろう。
「…………あと、ですね、その……依頼料の、お話を……。今回あの依頼なんですが、成功の報酬としては、その……どのくらいの、金額を……?」
無事に依頼がこなせて指が守られてもぼくの健康で文化的な生活が守られるかどうかの確認も重ねて聞いてみる。こういうことを自分から改めて聞くのも恥ずかしいが、仕事である以上は大事な確認だ。尋ねるは恥だが役に立つのだ。
「友人も見つけていただけるなら、可能な限りお支払いいたします!」
先ほどの返答の時と違い、語気を強くして健気な返答をくれる依頼主の優しさが胸に染みる。
「……わかりました。不躾な質問をして申し訳ございませんでした」
依頼主が学生や見るからに困窮しているような容姿だったというならともかく、まともな身なりでおそらくは成人であろうという相手であれば、今回の五十音さんへの報酬の額は、どうしても支払えないという額でもないだろう。それに、こんなに真摯に頼まれたのであれば、多少はぼく自身で受け持つことも厭わない。そもそもはぼく自身が勝手に計算した金額でもあるわけだし。
「では、またなにかありましたらご連絡させていただきます。失礼します」
聞きたいことも聞けたので通話を終わらせたところで、ちょうど部屋のほうへ足音が近づいてくる。
「おわったわよー」
そう言いながら開かれた扉の先にいた五十音さんと、先ほど部屋から出て行った時の違いが分からない。着替えたりしなかったの?
「……その袋は……?」
唯一見てわかった違いとして、戻ってくるにあたりなんか細長い布袋を携えている。いや、まぁ、袋の形状からして多分なにが入ってるかは分かるんだけど。多分、木で出来た長くて硬くて相手の腰とか小手とか首に攻撃するためのものだと思うんだけど、なんでそれを今持ってきているのかを聞きたくてですね。
「まぁ、なんか物騒なことになるかも知れないでしょ。護身用よ、護身用」
「……護身用ですか、なるほど」
要らないと思うけどなぁ、と口にするのをグッとこらえながら同意する。ここでまた機嫌を損ねたら、その損失がそのままぼくの家計の損失に繋がりかねない。
「では、準備も整えていただいたようなので、早速向かいますか。シャーリーさんの安否も気になりますしね」
「そーね。運転お願い」
五十音さんを助手席に乗せて、調べておいた施設へ車を走らせる。
信頼できる依頼主に、信頼に足る友人を連れて向かう今回の依頼。
この時ぼくが抱いていた希望も信頼も、その悉くが残さず消えるという推理が、探偵としてあまりに未熟だったぼくに立てられるはずもないまま、車輪は進む。破滅の未来へ。
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