「蛇の館」リプレイ

元小路 全裸

第1話



――人は見た目じゃない

その言葉は正しいかもしれない

だけどね、森野くん

芸能人はね、見た目が命なんだよ

わかるかい?つまりね、逆説的に

“やつら”は、人間じゃないんだよ。

だってそうだろう?

君はテレビに映るアニメのキャラクターを人間だと思うかい?

自分の周囲にいる生き物の見た目の基本があんなものだと思うかい?

違うだろう?

君たちもそれと同じだ。

人間じゃない。人間であっちゃいけない。

同じテレビに映るものとして

人並であっちゃいけないんだよ

そんなものはテレビを見なくてもそこらへんに腐るほど転がってる

価値がないんだ、映す価値が

だからぼくは君を選んだ

ぼくに限らずいろんな人が君のことをこう思ってきただろう

『人間の見た目じゃない』

…あぁ、勘違いしないでくれ。勿論、褒め言葉として言っているんだ

だからさ、君はこっちに来るべきだ

他の“やつら”がわざわざ頑張って得るべきものが君には最初から備わってる

それを活かさないまま、人間に紛れて一生を終えるだなんてのは許されない

いわば冒涜だ。君をその容姿にしてくれた神への大いなる冒涜だよ

なぁに、難しいことはない

見た目が良くて、愛想も良ければ、頭は人並を大きく下回っても生きていける世界だ

きっとうまくやれるさ、君とぼくなら






―――20XX年、某月某日

 

「はぁ……今日は暇だなぁ……」

嘆息とともに、現状を確認するような言葉をぼやきながら、立ち見用の鏡に映った自分を見る。少し長めの茶髪、スッキリとした輪郭、整った目鼻の面立ちに大きな瞳。かつての自分のプロデューサーの言を借りれば、人並外れた容姿というものなのだろう。確かに、少し強気な発言をしてしまえば、テレビに映る男性たちを見ていて、自分より整った容姿の相手だと思えたものは数えるほどしかいない。別に自意識過剰というつもりはない。あの業界で出会ったほとんどの相手が自分をそう評価していたので、客観的にもそうなのだろうと認識しているのだ。同じように自分を誉めた相手が他のイケメンとされる俳優たちを名指しでこけにしまくってたこともその確信を後押ししている。

しかしその相手とも、ましてやそうやってけなされてた俳優とも、いまやもう共に仕事をすることはない。今の自分はもうそこにいるつもりもない。

『森野探偵事務所』。それが今の自分の居場所だった。

業界から去るにあたり、先輩が提案してくれた仕事……とはいえ、結局この仕事にある自分は、いまだに業界とは関わり深いままでいる。

そも、探偵なんてものを、一般人のどのくらいが利用してくれるものかという話で。また、いくつかあったところで、内容も報酬も、とても人が一人生きていくのに足りるものではなかった。

「(まぁ、それなりに信頼と実績のある人は別なんだろうが……ぼくみたいなポッと出が普通に生きていける世界じゃないな)」

なにか特別な実力のある新人だというならともかく、今のぼくには到底そんなものはない。容姿以外にこれといった取り柄のなかった自分があの世界で過ごしていた間に得られたものなど、綺麗な愛想笑いと、上手なごまのすり方くらいだ。

それを活かして接客業にでも着いたらどうかという提案もあったが、普通に人前に出ながらも静かに過ごそうというには、少々この顔は世間に知られ過ぎた。

他の技術職や事務職など、まぁ、言い方は悪いが、それほど特別な実力を要としない一般職への転向も考えたが、職場であれどこであれ、この身を人目に晒すのは極力避けたかった。“あんなこと”がそう何度も起きるわけはない、と思いつつも、万が一への恐怖が捨てきれなかった。

 そうして辿り着いた結論として、あの事件で鍛えた上手な身の隠し方、およびそうやって身を隠そうとする相手を追いかける技術を活かしての探偵業だ。これなら姿を晒す相手も普通の仕事よりかなり絞れるうえに、後ろめたい依頼に来た相手であるなら、自分のことについて軽々と口外することもなく、比較的静かに暮らせるだろうというわけだが、なによりの決め手は、やはり自分が『元・芸能人』であることだ。

先ほども言ったように、ただの探偵をポッと出の新人がはじめて生きていくのは難しい。技術も実力もないなら尚更だ。その両方がない自分だったが、その両方を持っていても持ってないことのあるものが自分にはあった。

まぁ、言ってしまえば“ツテ”である。

浮気や不倫、ストーカーや援助交際…一般人からもそういうものがないかどうかの調査というのが、探偵の主な仕事であるとまことしやかに言われはするが、それは相手が一般人から芸能人にシフトしても変わらない。むしろ更に多いと言える。

仕方のないことだとも思う。一般社会で生きていく場合よりはるかに、あそこはその手の誘惑が跋扈している。一般市民の誰それたちには聞くと悲しい話かもしれないが、ブラウン管の向こう側はブラウンどころかブラックなのだ。

おかげさまで、新人の探偵としては破格とも言える稼ぎを維持できている。お得意様もじわじわ増えて、かつての先輩からの斡旋以外でも自分のところを訪ねてくれる業界人からの仕事の予約が生計を立てるに十分な数は入るようになってきた。かつての仕事仲間とは、ともに仕事をする身ではなくなったが、依頼人と請負人として、仕事上の関係は続いているのだ。

 別に名探偵なんかを目指すつもりはない。芸能界の汚さもその身に染みている。だからこそ今の自分にはこんな汚れ仕事が似合っているし、合っている。


不満も不足もない。

 少しの汚れに目を瞑るだけで

  何不自由なく生きていけるのなら


 ――そう思っていたのに


あの依頼を受けたのは


    受けてしまったのは




ピンポーン、と。チャイム音が部屋の静謐に終わりを告げる。

「(今日は仕事の予約はなかったハズだが……また先輩が暇つぶしに来たのかな…?)どうぞ、お入りください」

そんな考えが先行するほどに、一般からの依頼は少なかったのだ。

「……失礼します。今、よろしいですか?」

出てきた相手は、よく知った先輩でも、旧交のある芸能人でもなかった。芸能人として世に出せるほどの美形ではあったので、もしかしたら自分の去ったあと芸能界入りした相手なのかもしれないが、そうではないだろう。自分と知り合いではない芸能人が、単身でこの事務所に踏み入ることなどほぼ有りえない。まして女性の方であるというなら、尚更のこと。

「(となると…はぁ、一般の依頼か……)」

心の中で溜息交じりにそう思う。だいたいそうなのだ。業界からの仕事が無くてゆっくりできそうな日に限って、こういう飛び込みの依頼が来るのだ。仕事があるのは有りがたいが、一般の依頼というのは、業界のそれに比べて金払いも悪く、成果の求め方も細かいので、正直好ましくないのだが、営業時間中に仕事の依頼に来た依頼者本人は何も悪くないので、無下にも出来ない。嫌なら看板など出さずに芸能界専門の探偵にでもなればいいというものだが

「(……なんでそうしないのかねぇ、ぼくは)」

その理由を考えるものの、行きつく結論は嘘くさくて薄ら寒いものでしかなかったから、信じないようにした。

「……どうぞ、こちらにおかけください」

今は彼女からの依頼に集中しよう、そう思いなおして応接用のソファに腰掛けるように声をかける。

「ありがとうございます……」

そう言って淑やかにソファへと腰を下ろす。気品漂う所作。艶やかな長髪は白髪と言うには空に色が似すぎていて、日本人には有りえない髪色だということは一目瞭然だった。紫紺に色づいた瞳の色もあわせて、彼女の浮世離れした妖艶さを演出していた。

「私の名前は……メディアと言います。今日は、探偵さんにお願いがあってまいりました」

「お願い、ですか。……どのような内容ですか?」

案の定出てきた外人としての名前に対して、流暢な日本語を話す彼女。育ったのはこちらの国なのだろうか、と大した意味のない思考を閉じて、依頼内容の確認に入る。

「探偵さんは、近頃噂になっている新興宗教団体の事はご存知でしょうか?」

少し遠まわしに話を始める彼女。しかし、互いに残念なことに、それだけのヒントでどの団体か当てられるほどぼくの探偵としての勘は敏くなかった。

「……近頃噂になってる、という話だけでは、なんとも」

ただ分からなかった、と言ってしまえば自分の腕を疑われてしまう(まぁ、実際大した腕もありはしないのだが)。もう少し正解に近づけるヒントを求めて婉曲な言葉で返した。

「それは失礼しました。実はここから少し離れたところに教団みたいなものが最近できたのです」

「ふむ……教団、ねぇ……」

最近できて、最近もう噂になっている教団。そんなに影響力のある教団なのだろうか。

「私も、少し前まではそこで祈りを捧げていましたが、そこを調査してほしいのです」

元教団員からの密告での依頼。まるでドラマかサスペンスのような話だが

「実は、私が祈りを捧げていた時に、人ではないものを見たのです」

ところが一転、SFちっくになってきたぞ。

「警察にも言ったのですが、まともに取り合ってくれなくて……」

だからといって探偵に頼るのもどうかと思うが……。

「えーっと、人ではないもの……?」

「はい、なんというか、ぬめっとしていたというか……」

ぬめっとしている人間もこの世にはいるぞ。コミケ会場の歴戦の戦士の方々とか。

「それは、あなた以外にも目撃者が?」

宗教団体の思考や理念によっては、教団員の中に、自分で作り出した妄想や幻覚に苛まれる狂信者なんかが出てくるケースもあるという。彼女だけがそのようなものを見たとなるとその線も考えられるが

「それが、私以外には見れなかったらしく、周りに言っても誰も見ていないの一点張りで…。でも、確かに見たんです!それに、あそこの教団の何人かが行方不明にもなっているんです!」

そうやって必死に訴える彼女が嘘をついているようには見えなかったのもあるが、それに加えて、“人ではないもの”を見て、狼狽する彼女が、まるで――、というのは、余計な思考だ、断ち切ろう。

「ふむふむ…それで、あなたはたまらず教団から逃げ出してきた、と」

「はい!あそこの教団は何か良くないことを考えているんです。もう、怖くて…」

そこで、ふと思い立って確認を取る。

「……教団の誰かにつけられていたりはしないですよね?」

もはや条件反射のように口から出たその言葉の無粋さに気づいたのは、言おうとした言葉を言い終えた後だった。

「すみません、何しろ必死でしたから……」

「いや、失敬。失礼な質問でした。なんというか、こちらの事情と言うか、過去と言うか、トラウマというか……今の質問は忘れてください」

こんな時でさえ、こんなことでさえ、すぐに顔を出す自分の心の弱さが嫌になる。

「それで、まぁ……必死に逃げるのもわかりますが、せめてその人ではないものの輪郭だけでも、お伝えいただけませんか……?」

情報が欲しかったのもそうだが、今は話を逸らしたい意味合いの方が強かったのもあり、少々焦り気味に言葉を紡ぐ。

「そうですね……見た目でいえば……なんだか、ヘビっぽかったといいますか、暗くてよく見えませんでしたが、あれは人ではなかったと思います……」

出てきた生物の単語は、多くの人間に嫌悪や恐怖を与える対象としては当たり障りのない部類のものであった。

「(ヘビ……まぁ、普通にヘビ見ても怖いしなぁ…それがぬめっとしてたら、まぁ逃げたくなるくらいには嫌かもなぁ……)」

その人ではないものについての情報はこれ以上は期待できないと踏んで、教団そのものの情報についてへ、質問の方向をシフトする。幸い相手は元教団員だ。

「あとは、そうですね……あなたはその怪しげな教団に身を置いていて祈りも捧げる信徒だったわけですが、その教団の教えについてお聞きしてもよろしいですか?」

「はい、主に悩みを告白して教団のリーダーの方から宣告をいただきます。そのあと、お薬をいただいて一週間後にまた来る、という感じでした。お薬だけでなく、お札なども用意してもらう場合があります」

先ほどの返事とはうってかわってすらすらと言葉を返してくる。その言葉の真偽は疑うまでもなさそうだが、気になるところはある。

「そのお薬やお札はまだ手元に?」

「いえ、そういう関係は全ておいてきてしまいました」

「(残念。)なるほど」

物的情報を得られなかったのは残念だが、仕方ないことだと思う。彼女と同じ立場だったら、ぼくだってそんな教団のもの、自分の手元に持ち帰って置いておきたくはないだろう。薬や札なんて怪しげなものとなれば尚更だ。

「では、今回はそちらの教団の、なにか隠されていることについて、調査をして欲しい、ということでよろしいですか?」

ぼくはあくまで探偵だ。その人ではないものとやらを退治したりなんてのは、仕事の管轄外になるし、そんなことやってのける自信もない。運良くぼくの調査でその化け物めいた何かの正体がわかりでもしたら、あとはそれに合わせて陰陽師でもエクソシストでも呼んでどうにかしてもらうのが関の山だろう。

「……実は、私の友達であるシャーリーが教団に寝泊まりするとか言ってたんですが……、今、そのシャーリーと連絡が取れなくなってて……不安なんです……」

つまり、その子の安否確認。あわよくば救出めいたものを期待する言葉をかけられ

「今回は、内容が内容だけに、成功は約束しかねますが……まぁ、善処します」

管轄外だとバッサリ切り捨てるのがためらわれるその悲痛な訴えに、ただ言葉を濁すことしかできなかった。

「なにとぞ、お願いいたします」

これほどの美人の悲痛な訴えに弱くない男などそうはいないだろう。散々見た目美人の嫌な部分を見てきた自分でも非常に断りづらく感じるほどなわけだし。依頼内容だけ見れば、出来ることなら口八丁でお断りに持っていくも辞さないような面倒なものだとわかっているのに……やれやれ。

その後、調査に必要な情報としての教団の名前、大まかな場所、また消息不明となっている友人の名前に、調査の報告のためとして依頼人の連絡先も教えてもらった。

謎の教団の調査。珍しく探偵らしい依頼を受けてはみたものの、果たして、普段は浮気やストーカーの調査依頼ばかりこなしているぼくが一人でやれる仕事だろうか……

「(キツそうだなぁ……)」

実力もない、技術もない、おまけに言えば体力や筋力も取り立てて高くない。昔、ハワイで親父に拳銃の撃ち方を教わった覚えや、祖父から古武術を習っていたなんて覚えもない。

ぼくにあるもの、それは――


 「(助っ人がいるかな、これは)」





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