いつかの私のための追憶

@s_s_vr

祖父の話

祖父が亡くなった。


どうにも急な話だった。

たまたま実家に帰省していて、もう帰ろうかという頃に一報があった。

祖父が心肺停止で救急搬送された。


覚悟はしているつもりだった。

歳のせいか、つい最近も肺炎で入院したばかりだった。

なんとか退院して、伯母の家で退院生活を送っていたが

以前のような覇気もなく、頭はすこし呆けていた。


その姿が耐えられずに、泣いた日もあった。

今にして思えば、それも贅沢だったのだろうと思う。


病院にかけつけようとした頃、心肺が動いたと報があって

すこしの期待とともに病院に向かった。


先生がいうには、カンフル剤には反応する。

ただ、10分もすればまた鼓動は小さくなって止まってしまう。

3度目のカンフル剤でその様子だから、これ以上は望めないという。


その言葉を聞いた瞬間に、せき止めていたものが外れてしまったかのように泣いた。

悲しみと、すこしの後悔の前に、ただただ泣くことしかできなかった。

もっと話しておけばとか、もっと会っておけばとか、そんな月並みの後悔と

これから襲うであろう、あるいは既に襲っていたとてつもない喪失感の前に

涙をこらえることができなかった。


救急ベッドに横たわる祖父の表情は、どこか穏やかに見えた。

口に呼吸のための大きな器具が装着されていたが、それがなければ寝ているのかと思うほどだった。


いつかの日に、祖父が早く死にたいと、冗談なのか本当なのかわからないことを呟いて、周りを困らせた日を思い出した。

ありがとう、こんなに長く生きてくれて。

つらかっただろう、しんどかっただろう。

僕らのために生きてくれてありがとう。

涙は止まらないし、鼻はぐずぐずで、ちゃんと言えたかどうかもわからないが

そう伝えた。



なぜこんな文章を、ここに記しているのか自分でもよくわからない。

ただ、この悲しみを記録しておきたかったのだと思う。


人間は、いいことも悪いことも、時間とともに忘れていく。

この喪失感も、この悲しみも、きっと私は忘れていく。

そしていつかこう思う時が来るのかもしれない。

「私はあの時、本当に悲しかったのだろうか」

そんなとき、この文章をもってこう言いたいのだ。

「君はあの時、確かに悲しんでいた」


眼鏡に涙の跡がはっきりと残っていた。

未来の私が、いずれ追憶するであろうこの時のために記す。

この涙は本物だった。

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