第53話 動機
自分が誰だったのか思い出そうと、破滅以前の記憶を呼び起こす。すると、思い出したことに満足したかのように意味が消えて、最初からそんなもの無かったかのように記憶が減っていく。何を思い出そうとしたかさえ覚えていない。過ぎ去ったことを覚えているのは苦痛だろう、そんなこと忘れて前向きに生きようじゃないか。新たな身体の持ち主はそう私に告げているようだった。
持ち出し袋の中に、思い出の品や身分証が残っているのでそれを見れば思い出せる、と思ったが悲しいことに、どうやら寝ている間の私かグロスマン親子が食べてしまったらしい。見覚えのある釣具の針や金具が散らばる残骸が残っていた。
そんな中、思い出しても消えない記憶があった。奴らに対する恐怖や怒りを伴ったエピソードであり知識だった。
それが奴らにとって消せない苦々しい物なのか、それを使って残された私の自我を脅しなだめているのかはわからない。
だが、奴らがどういうつもりであれ、私は怒りを忘れなかった。きっとこの怒りこそが私自身であり、人間の証明なのだ。
この怒りを忘れてしまう時、人間としての私は今度こそ終わる。
グロスマンの使わなくなったラップトップPCは金属製の引き出しの中にあり、まだ誰のおやつにもされていなかった。
PZになった艦長がどこまでこの原潜を維持できるのかわからない。あらん限り、私は私に抵抗する。
私はアルミホイルで指先をコーティングし、PCを指先が勝手に消化してしまわないようにこの手記を書き始めた。
今の私がどんな状態なのかはわからない。このPCは私によって消化され誰も手記が読めなくなっているかもしれない。もしも、PZを葬り去る技術を開発した生存者がこれを読んでくれているのなら、私のことは始末してくれて構わない。書き始めて10日間、維持してきた怒りも冷め始めている。
さようなら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます