第52話 忘却
全身麻酔から醒めると術後の患部がじわじわと痛むだとか、なんともいえない違和感がある。「身体の奥で何かされた」という感じだ。
PZというのはいつも朗らかだから、苦痛なんかないのかと思ったら全くそんなことはない。何をされたか全くわからないのに、何かをされた感触が、全身の細胞の一つ一つから脳に向かって訴えられてるかのようだ。
持病の腰痛や腹部の鈍い痛み、頭が重いとか、何よりも飢餓感が全くなくなっているというのに、何もかもが苦しいのだ。
幻肢痛の全身版といったところか。
「君は見たところ健康だが、疲れているんだろう。ゆっくり休むといい」
私を診察台に残して、グロスマンと彼の娘は医務室を出て行った。
あんなに苦労して、ここまでPZにならずにきたのに。死への誘惑を拒否してきたのはなんだったのか。許さないぞグロスマンめ。感染した娘を隠していやがったんだな。
隠されていたことへの怒り、あと何秒かで自我がなくなる恐怖、空腹を耐え泥水を飲んだ日々が徒労になったやるせなさ。そして置換され、健康になった身体との違和感と、癒す方法もないのに続いている生前の苦痛。
怒り、泣き叫び、医務室の物をひっくり返す。私の怒りを強制的に癒してみろと言わんばかりに地団駄を踏み、やたら滅多自分の髪を掻き毟る。PZの強靭な肉体には息切れがなく、怒り疲れが来ないので、延々と暴れてしまう。部屋を出てグロスマンに掴み掛かろうというところで気がつく。
なぜ私の怒りはいつまで経っても癒えないのか。まるでPZになる前と変わらない。こんな状態の私を見て誰がPZだと思うのか。
もしや置換されていないのかと、メスを自分の手に突き立てるが、血は出ない。人間でいうなら真皮にも届かないところで進めなくなった。
これが何かの物語の前日譚なら、私はPZの肉体と人間の心を併せ持つヒーローかヴィランになるのだろうか。だがことはそう簡単にはいかない。
ここまで読んでくれたあなたなら気がついているだろう。なぜ私は頑なに自己紹介をしないのかと。
この時点でそうだったが、私は自分の名前が思い出せなくなっていた。
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