第50話 ごきげんよう
人間は脳が傷つくと暴力的になるらしい。傷つく原因は外傷もあるが、胎児の時に化学物質を浴びたとか、酸欠したとか、栄養失調でもなるんだったか。持ち合わせた遺伝子が失調してる場合も同様だとか。なので、一見社会的に不自由のない人間が粗暴な場合でも、なんらかの理由で脳機能に失調があるかもしれないと。
そこへ行くと、PZというのは健全そのものだ。こっちから刺激しなければ暴力は振るわない。いや刺激しても暴力らしい暴力では返さない。いつも微笑んでて、余裕たっぷり。自分が銃撃されても銃撃してきた相手を心配するほど共感性もある。それ以外が何もかも抜け落ちてなければこんなに素晴らしい人々はいないだろう。
彼らはなんらかの超自然的存在に寄生され、作り替えられた人形だ。だが、生前の知能や記憶をある程度まで残している。車の追突や、銃撃で身体が変形しても秒で元の形状を取り戻すが、取り戻す姿は同化した直前の姿だ。
つまり、彼らの同化された脳も常に「修復」されているということだ。
脳損傷で暴力的になる人々とは真逆で、模倣された脳があるべき正常な情報処理を行うようになることで、彼らは表面的に満ち足りた人間のように振る舞っているのかもしれない。
そんなことをその時、漠然とした形で思考していた。
漁船から戻ってリグの食堂でいつものように1人で食事をしていると、リグの責任者が相席してきた。
「ごきげんよう」
まるで優雅な午後のランチタイムとでも言わんばかりの陽気な調子で、缶詰を流用した食器から原型をとどめていないタラだかカニだかの身をすくって食べている。
PZが食事をしているところを見たことがないので、彼が同化されているという確証はない。だが、破滅の時、隣人が何も考えてない人形に置き換わってるなどとすぐに気付かなかったことを考えれば、態度の激変した彼を、人付き合いを学んだのだと好意的に解釈するのは完全に危険だ。
「ごきげんよう」
私は会釈して、努めて落ち着いた様で席を立つ。
食堂の外では、いつもなら何かの作業に没頭するか顔を伏せて休んでいる労働者ばかりだが、忙しなく歩いているだけの者がかなり混ざっている。
私は停泊中の原潜にどうやったら行けるか必死にルートを探し回ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます