第49話 狂人
ある漁船に乗った時のことだ。ほとんどの船員は絶望的なまでに他人に興味を持たず、会話どころか必要最小限のことさえ満足に言わない。だが、乗り合わせた白髪のアジア系は、目標海域につくまで詰所でずっと独り言を喋っていた。
「いいか兄弟。あのニコニコ顔の侵略者はフロルの兵器だ。地球人を作り変えるために送り込まれてきた伝道師でもある」
どこかで聞いたような憶測だ。それが本当だったとして、何かこの状況を解決する糸口になるのだろうか。フロルってなんだよ。
「最初にアフリカで発生したなんて大嘘だ。国連は知ってたのさ。フロルは今度は手順を間違えなかった。ニューヨークでファーストコンタクトした時に、その場で不老不死と世界平和の夢を叶えてやった。今度は贈り物を吹き飛ばされないように」
アジア系もアジア系で日本人のようだ。
「フロルってのはフロル・セイジンかい」
「よく知ってるな。口がとんがってるぞ」
フロル・セイジンというのは日本のSFに出てくるエイリアンだ。男が言うような贈り物をしてくれる。この手の輩は狂ってればぶっ飛んだことを言えると思われがちだが、結局は引き出しに入っている粗末な知識を掛け合わせているだけだ。こうやって空想と現実を結びつけて秩序を無理矢理見出して安心しようとしているのだ。
「ロケットの設計図はどうなったんだ」
「我慢できずに食べちまったのさ」
ふざけるな馬鹿者。
話を合わせても喋るのをやめないようなので諦めた。
「いいか。フロルはお前たちのことが大好きだ。2度もチャンスをくれたんだぞ。チャンスを無駄にするな」
男はその後、甲板での作業中に凍るような北極海に転落した。即死だったようだ。
彼の全財産でもあった手提鞄に引き取りてはなく、処分すらされず詰所に転がっていたので私が引き取り、中身を確認した。
缶詰2つ、何かの印刷紙の残骸、そして真っ白に劣化し顔写真が見えなくなったIDカードが1枚。
どうやら彼は国連世界食糧計画の職員だったらしい。
彼が破滅の時に何を見て、フロル・セイジンの仕業などと言い出したのか、今となっては知るよしもない。
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