第46話 活け造り

人類最後の拠点と聞くと以前ならどんな場所を思い浮かべただろう。復興に向けてあくせく働く人々の姿か。殺気立ってる抵抗軍の兵隊か。破滅に打ちひしがれている人々の群れか。


ディスカバリーチャンネルだったかネットフリックスで見たお仕事拝見企画そのままの石油リグとそこで働く労働者達だ。破滅以前と何も変わらない。ただ言い争いもなければ談笑もないのが、動画で見た風景との決定的な違いだった。共同で作業する姿がない。


施設の奥にある会議室に通され、仏頂面のヒゲが作業着を着て何かを書類に書いている。

どうやら責任者らしい。

こういう時は通常、私を回収した原潜の艦長か下士官か何かがリグの責任者に私の身柄を預けるはずだが、なぜかその役を船医が担っていた。

「破滅から今まで1人で生きてきたそうだ。独学で漁船の操船を覚えていたそうだから、色々応用を利かせられる。どの船に乗せても大丈夫だろう」

「そうか」

「石油リグの作業員は足りているのか?」

「多分」

「では彼には待機場所で待ってもらおう。必要な船が声をかけるだろう」

私はリグの責任者と一言も話すことなく外に連れ出された。彼から聞いた言葉はその二言のみだった。


待機場所という区画に通されると、20人くらいが所在なさげにパイプ椅子に座っていた。

人類滅亡の瀬戸際だというのに、働ける人間が食糧確保の作業すらせずここに待たされているというのは異様だった。

挨拶もなく座らされる。

「じゃあ私は原潜に戻るから」

「なんであんた以は誰も喋らない?喋ってはいけないのか?」

不可解すぎて船医に問う。

「君は、まあ、だいぶマシだがね。みんなシャイなんだ。艦長も所長もそうだったろう」

「シャイで済ませていいのか。指導部は何をしてるんだ」

「指導部には、もう会ったろう」

浅黒い顔を苦笑させて、疲れ果てたように船医はパイプ椅子に座った。

「原潜の艦長はあの船で元々何をやってたのかわからない。唯一の生き残りだったので艦長になった。他の船員は後から乗った寄せ集めだ。艦長は原子炉の管理も操船も1人でできるのでただ物ではないらしいが。ここの責任者は破滅前からああらしい。どいつもこいつも人付き合いが病的なまでに嫌いだ。まるで選ばれたようにな」

溜め込んでいたものを一気に吐き出しても船医の顔は晴れなかった。

「PZと呼んでるのも実のところ私だけだよ。誰も気にしない。人類どころか地球の危機に対して立ち上がれるような人間はみんなPZになることを選んだり選ばれたんだ。悪党にせよ英雄にせよ、他人に少しでも興味があれば感染したんだ。そんな誰からも選ばれなかった残り滓が私や彼らなのさ」

かける言葉もなく、私は黙って聞いていたがふと話の始めを思い出した。

「原潜に戻らなくていいのかい」

「もし私が戻らなくても誰も気にしない。船医無しで予定通り運行するだけだ。そのまま水中で何かを患って仲間が死ぬかもな。その死さえ気にしないだろう」


スシ職人によって身体の半分を切り取られた魚が、水槽に放され危機から逃れようと泳ぎ出す。レポーターは魚が”死んだことに気付かない“スシ職人の見事な太刀捌きに拍手を送り、スシを頬張る。そんな映像を思い出した。


復讐も叶わず、ただ無惨な姿になった我が身を抱えて、水槽でただ絶命していくだけのあの魚はこんな気持ちだったのだろうか。

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