第45話 ベーリング海

飢えと閉塞感を除けば、真水も電力もそれなりに配分され、生命維持装置程度だが空調も効いてる原子力潜水艦は部分的にはハチマンより快適だった。カビ臭い廃品だらけの地下室さえ泣くほど感激する過酷な陸地とは比べるまでもない。

破滅以前は3日もすれば陸地が恋しくなってふさぎ込むような話を聞いたことがあるが、ここで人間として穏やかに死にたいとさえ思った。


そんなひもじくも愛おしい日々も永遠とはいかない。医務室で目覚めてから今まで感じられていた音と振動が弱まり、軍服も着てないので軍人なのかもよくわからない半裸の男から「浮上に入る」とボソボソと告げられ、警報が鳴り出した。


潜水艦の甲板ではセト内海と同じ環太平洋海域とは思えない凍えるような潮風が吹きつけていた。潜水艦からフェリーを経由して石油リグに上がるということらしい。


海には人体のような物があちこちに浮いている。手足を伸ばして漂流する人体は時折頭を動かしており、接近する船上の人間たちと互いに意思疎通を図らないことからPZらしい。

腹側・背側どちらの面を向いているかはランダムだが、太陽に向いた面積が最大になるようにしてる点は一貫しており、光合成仮説を裏付ける挙動だ。意図的に甲板に乗り込んだり、船をよじ登ろうとするようなPZは皆無で、ただ漂着するのを待っているようだ。


フェリーと潜水艦が接続してから呼んでくれればいいのにと思ったが、またハシゴを登り降りする体力は残っていないので待たされるままにした。

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