第42話 せん妄

その日見ていた夢は確かこんな内容だ。


私はフランス兵で、ドイツの塹壕に向けて穴を掘っているのだが、ドイツ側からはヨセミテ・サムが銃を乱射することで物凄い速さで穴を掘っている。このまま穴が貫通すると私はサムの銃撃をまともに受けることになるので、穴の向きを変えるがサムも穴の向きを揃えてしまう。悲惨な結末を変えるために未来からやってきたデロリアンに跳ね飛ばされた私は衛生兵に担ぎ出され、安楽椅子に座らされて12モンキーズの犯行を止めに来たと精神科医に告白する。


船医のグロスマンが覚醒直後のせん妄状態の私が発したという「あいつらは動物愛護団体なんだ」というのはそういう文脈だ。安楽椅子は手足がはみ出すほど狭い診察台になっていて、狭すぎて病室に見えない小部屋で薄汚れた手術衣の男に目を覗き込まれていた。


フランス兵なのが夢なのか、救命ボートで漂流してたのが夢なのか、今が夢なのかという状況だが、この「状況に対して自明を感じなさ」は現実なのだろう。夢を見ている時は何もかも自明だ。


「あなたは医者か」

「そうだ。哲学ゾンビ(Philosophical zombie)ではないよ」

なんか変なこと言ってるなと思ったが、「あいつら」のことだと察した。

「その哲学ゾンビという名前を起きたばかりの病人に浴びせるということは、人類の破滅も夢ではないのかい」

「残念ながら」

地面は相変わらず揺れているのでここは船上なのだろうが、船の揺れにしてはとても穏やかだ。


私の救命ボートはホンシュウ島本土に近寄るどころか、ナルト海峡から外洋に流れ出し、太平洋上を漂流していたところを、洋上生存者のコミニュティに発見されたそうだ。この手記を書く運命が決まった日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る