第33話 漁船
オールを持ったことがなかったので、これで前に進むだろうという風に動かしても船がまっすぐ進まない。試行錯誤を繰り返しているうちにどんどん沖へ流されていく。こんなことなら池かどこかで練習するんだった。オール自体はさして重くないが、例えその結果が徒労になったとしても、水を掻くのは重労働だった。
慌てても仕方がないので漕ぐのをやめて波に委ねる。すると、漂流物は同じ海流に乗って、海流の力が届かないところに漂着するので、気がついたらタンカーの周りにできた小舟の溜まり場にたどり着いていた。海流のことをよく考えればもっとカロリーを節約できたなと悔いた。
ゴムボートで乗り換えられるような高さの船を選んで乗り込み、エンジンがかかるか確かめる。小型船はガソリンエンジンばかりなので、ガソリンが劣化したのか、始動電力がないのか、動くものに出会えない。私は中世のサムライではないので、船から船に乗り移るのもそれだけで体力を使う。
焦ることはない。ゴムボートには釣り道具を一式と2Lの水を積んでいる。籠城戦は覚悟の上だ。予定外だったのは、私に操船できるほどゴムボートは甘くないということだけだ。
その船は、側面にハチマンマル5(第五八幡丸)とペイントされたやや大型の漁船で、クルーザー伝いでなければ乗れない立派な船だった。
船内には狭いながら複数人が寝起きできる寝室がある。缶詰の備蓄もいくらかある。何より、機関室のディーゼル燃料のタンクが備えられているのを見た時の興奮は忘れられない。
例え動かなくても当面の拠点にできると思ったが、エンジンキーを回すと、エンジンは目覚めの声を上げた。
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