第11話 ハブ

アワジ島の鉄橋で行う試験はさほど難しくない。口頭での計算問題と、指定された物品や動物を粘土やレゴのオブジェ、図画にするだけだ。出来栄えはさして問題ではなく、感染者はどんなに人間らしい応答ができても頭を少しでも使うことになると興味が他に移ってしまうので、課題をやり遂げられることが生存者の証明だった。


この試験を考えたEは学校の教師か家庭教師か何かだった。Eは農地造成部隊に入り、エンドウマメの世話をしながらコミニュティに接近する感染者を見張っていた。島の港町から来た感染者は道路を歩いてきて、コミニュティのある草地を横切り、そのまま鉄橋を渡ってアカシへ歩いて行く。アカシから来る感染者も同じようにアスファルトの上だけを移動し、港町で雑踏を作るから、島を周回する環状道路を無限に歩くだけだ。接触しなければ向こうから近寄ってくることはない。


感染防御はこんなにも簡単なのになぜ感染は拡大したのか。骨格の頑強さや肉の柔軟性を考えれば出入国管理の検疫や医療機関の受診時にその異常な体組織を確認できたはずだ。私は医薬品の確保に病院跡を訪れた際、カルテを確認した。最後の日付がアフリカ封鎖の3ヶ月前だった。クガで無断欠勤者が急増する1ヶ月前。つまり、この診察室には3ヶ月も医師に成り変わった「あれ」が診察と称して来訪者の置換を行っていたのだ。日付だけ書かれた空白のカルテにはX線写真が挟まっていた。何が写っているのか最初わからなかった。人間のシルエットをした薄い影の中に、人間の骨格状に配置されたやや濃い影、身体の中心を示す線を後から書き足したかのような真っ白い影。肉と軟骨で作った人体模型を針金細工が繋いでるような格好だ。私がこれまで触れたもので、このX線写真以上に「あれ」の体内についての正確な記録はない。

恐らく病院を定期検診か何かで来訪した「あれ」を、いつも通りの手順で診察、X線写真の現像が終わってそのあまりにも異常な様について聞き取りを行おうと2人きりになったところで置換されたのだ。

そしてそれは世界中で起きた。検疫や検診で異常を認められた「あれ」が、入国管理官や医師・看護師を接触時に置換、置換された「あれ」は検疫や検診と称して接触者を次々と置換するハブと化したのだ。

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