第13話 登龍門
シルキスは斬撃を加速させた。
衝撃波だけでそこらの動物なら殺せそうな速度。
それを受け止める穂乃香の表情がこわばった。それでもまだ着いてくる。が、勝利の天秤はシルキスに傾きつつあった。
穂乃香の剣が、ついに遅れた。
ダンスの呼吸が乱れたかのように。
魔剣セリューナが穂乃香の肩にめり込む、その刹那。
爆発が起きる。
その風圧で穂乃香は後方に飛び去った。シルキスも爆風に押されたが、風を制御してふわりと着地する。
「剣で勝てないから、今度は魔法で勝負、といったところか?」
「チッ……そうですがなにか。私は魔法師だもの。魔法で雌雄を決するのは当然じゃない」
「拗ねるな。責めてはいない。剣技は堪能した。次に魔法を見せてくれるというなら望むところ。さあ、かかってこい」
シルキスが待ち、穂乃香が挑む。
その構図に口を挟む者はいなかった。
どちらが格上か、この時点で答えが出ていた。
とはいえ格上が必ず勝てるとも限らない。だから下剋上という言葉があるのだ。
「上か」
頭上から魔力を感じた。
見上げるより早く、無数の炎の矢が、雨の如くシルキスに落ちてくる。
雨が降ったら傘だ。
シルキスは氷の傘を形成。左手に持ち、炎の雨を防ぐ。
「氷って、炎を浴びれば溶けるものでしょ!」
「魔王が作った氷は普通ではないのだよ」
「なんて非常識な奴。なら物量で押し潰したげる!」
雨は降り続ける。
となれば当然、水たまりができる。しかし降っているのが炎の雨なら、地面にできるのは炎たまり。可燃物がないのにメラメラと燃え続け、灰色だった床を紅蓮に染めてしまった。
「温めてくれるのは嬉しいが。もう春だから、これは過剰だろう。私はどちらかというと、涼しいのが好みなんだ」
シルキスは魔剣を振って、刃から冷気を飛ばす。
すると炎が引いていった。が、それは一瞬だけ。
紅蓮が冷気を圧殺して一面を埋め尽くす。
「動画を見て、あんたが剣と炎魔法が得意なのは分かってたわ。そして実際に戦って……褒めたげる。あんたの剣技は凄いわ。でも炎に関しては、私が間違いなく上よ!」
炎の中を、なにかが泳いでいた。
魚。
真紅の鯉。炎で作られた鯉だ。
十匹、二十匹……もっといるかもしれない。
それらがシルキスの周りを旋回し、一斉に飛びかかってきた。
綺麗だ。しかし小さすぎる。全て直撃しても、なんらダメージを負わないだろう。
この鯉たちは牽制で、下手に反応すれば本命の攻撃への対処が遅れてしまう。
そう判断したシルキスは、防御結界だけで全て跳ね返す。
やはり、まるで威力がない。
「まさか直立不動を貫くなんてね。いい度胸じゃないの。けれど、その度胸があだになるのよ。私が作ったこの紅蓮の世界じゃ、敵に一撃を喰らわせて生き残ることが登竜門なんだから。登龍門を通った鯉は、故事に習って龍となる!」
燃える鯉が膨れ上がった。
長く、太く、人間を丸呑みにできそうな大きさにまで。
そのシルエットは大蛇に近い。
しかし頭には角や髭があり、蛇とはかなり異なる。
「ドラゴンではなく東洋の龍か。凄まじい火力だ。並の魔法師なら、ここにいるだけで死んでしまうだろうな」
「自分は並ではないという自慢かしら? まあ実際そうなんだけど……如何に並でなかろうと、この炎龍たちにじゃれつかれたら助からない。あんたがまとっている防御結界は、果たして何秒保つかしら。試してみる? 即座に降参? 選ばせてあげるわ」
「第三の選択肢。私がその龍たちを返り討ちにする」
「ふーん……まだ調子に乗っているみたいね。いいわ。あとで泣いて謝りなさい!」
三十匹の炎龍たちが四方八方からシルキスへと向かってきた。
回避する隙間はない。
防御を固めて耐えようにも、今のシルキスの魔力では長持ちしない。
ゆえに宣言通り、倒す。
「なっ!?」
「悪いな。私の得意属性は、炎ではなく氷なんだ」
炎龍を消滅させたのは、同じ数の氷龍。
その冷気で、床を包む紅蓮まで消滅させてしまう。
いまや地下訓練場は、天井から氷柱が伸びるほどの極寒と化している。
「私とお前で、保有している魔力量は大差ない。しかし魔法の練度に差があったな。同程度の魔力を使っているのに私の圧勝だ。とはいえゴローなどより千倍は楽しめた。奴がナインズ以上というのは、悪質なデマだな。そうじゃないかと思っていたんだ」
「ま、負けた……こんな小さな子供に……」
穂乃香は糸が切れたように座り込む。
無理もない。
子供の自信過剰をいさめようとしていたのに、自分こそが自信過剰だったと思い知らされたのだ。
まして穂乃香は史上最年少でナインズに選ばれた天才。
子供に手玉にとられるなど、屈辱の極みに違いなかった。
「私の実力を見せつけて、尊敬されたかったのに! それであわよくば、お姉ちゃんとか呼ばせたかったのに……!」
「ん?」
話がおかしくなってきた。
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