第12話 その戦いは、愉悦の時間

 冒険者ギルド秋葉原支部は、野球場よりも広い地下訓練場を有している。

 冒険者たちを育てるためのセミナーを開いたり、新しい魔法や兵器の実験に使うらしい。

 その性質上、非常に頑丈だ。

 たんに地下にあるから周りへの影響が小さいというだけではない。耐物理と耐魔法に優れた合金で覆われ、更に結界を幾重にも重ねている。

 カタログスペックが確かなら、核爆発級の衝撃が発生しても、地上はおろか近くの地下鉄にさえ被害を出さない。


 転生する前ならともかく、今のシルキスなら、思いっきり暴れても誰にも迷惑をかけないということだ。


「それにしても私を知っているなんて。あんた、なかなか勉強熱心じゃない。そこだけは褒めてあげるわ」


 訓練場でシルキスと向かい合いながら、赤髪の少女、日山穂乃香は呟いた。

 その声色から、髪色と同じく激しい性格なのだと分かる。

 しかし、どうしてシルキスに敵意じみたものを向けるのだろう。

 単純に小さな子供が実績をあげたのが気にくわないのか。

 それともシルキス個人に対して思うところがあるのか。


「ナインズの全てを知っているわけではないが。お前はギルドの広告塔だからな。若くて美しく、実力も伴っている。冒険者のイメージアップをしたいなら、利用しない手はない。お前の動画は嫌でも目についた」


「へえ。私の動画、嫌だったの?」


「別に。むしろ、わざわざ検索して見ることもあったぞ。お前が戦っている姿は、なかなか格好良かった。だから日山穂乃香と手合わせする機会に巡り会えて、光栄に思っている」


「……お世辞が上手いわね。それで手加減してもらおうって算段かしら?」


「いいや? むしろ手加減などされたら困る。言っただろう? お前と戦ってみたかったんだ。全力で来い」


「生意気な。ナインズに向かって、来い、なんて。やっぱり身の程を教えてあげる必要があるわね!」


 穂乃香は右手を動かしつつ、指輪に魔力を流した。

 指輪はそれに応え、形を変える。

 大剣。

 持ち主の背よりも長く、幅広い、非常識なまでに巨大な剣。

 彼女はそれを軽々と握りしめ、切っ先をシルキスに向けてきた。


「挑むのはそっちよ。どこからでもかかってきなさい」


 美しい構え。

 真っ直ぐな視線。

 背後に意識が向けられていて隙がない。

 全身から放たれる気配は文句なしに強者のそれ。


「ならば、お言葉に甘えて。魔王シルキス、参る!」


 シルキスの右手には、すでに魔剣セリューナが握られている。

 実のところ、火花を散らしたくてたまらなかった。問答無用で奇襲したいくらいだった。

 けれど楽しい戦いを一瞬で終わらせるのはもったいない。

 正々堂々、名乗りを上げてから、真正面から倒す。


「ほう、受け止めるか! そうでなくてはな!」


 シルキスが右手一本で振り下ろした一撃を、穂乃香は両手で握った剣で止めた。

 刃が交差する直前まで、穂乃香も右手だけを使っていた。だが片手では無理と読み取って、瞬時に対応したのだ。

 敵ながらあっぱれ。賞賛を送りたい。

 しかし穂乃香は、むしろ悔しそうに歯がみしている。


「剣も、体も、私のほうがずっと重いのに……私は両腕を使わないと止められないなんて……!」


「恥じることはない。むしろ魔王の剣に耐えたのだと誇っていい」


「ふざけないで!」


 受け止めただけでなく、なんと押し返してきた。

 シルキスは倒される前に自ら後ろに飛び、距離を取って仕切り直す。


 今度は穂乃香から突っ込んできた。

 砲撃のような音を唸らせて、巨大な刃が横一文字に迫ってくる。


 シルキスは刃に刃を重ね、敵の剣を弾き飛ばす。

 向こうはそれを読んでいたらしく、間髪入れずに次の斬撃を放ってきた。

 その繰り返し。

 空気が震える音。刃と刃がぶつかる音。火花はいっときも間を開けずに散り続ける。


〝シルキス様〟


〝なんだセリューナ。こんな奴に苦戦するなと小言を言いたいのか?〟


〝いいえ、逆でございます。あなたと敵を賞賛したいのです。わたくしとぶつかっても、あの剣は刃こぼれしない。素晴らしい剣です。そしてシルキス様とこれほど切り結び、一歩も引かないあの少女も〟


〝今の私は前世に比べたらジジイのファックだったんじゃないのか?〟


〝それは魔力に関してです。剣技はむしろ、今が全盛期かもしれません。もちろん前世もお強かった。けれどスライムの体で剣を振るうのは無理がありました。その無理を知識と経験でねじ伏せていましたが……〟


〝そうか。今の私は人間。剣を使うのに無理などない。そして知識と経験はそのままだ。ならば前世よりも動きやすくて当然。道理で楽しいわけだ〟


〝ああ、シルキス様。シルキス様の細い指が、わたくしを力強く握りしめています。わたくしを激しく使ってくれています。あまりにもお上手で、一撃ごとに昇天するのを堪えるのが大変です。おまけに相手は、こちらの剣技に応えてくれています。愉悦の時間ですね〟


〝愉悦か。敵がいて、私がいて、お前がいる。確かにこんなに楽しいことは、そうそうないだろう。おかげで自覚できた。ありがとう。さあ、より一層堪能しよう〟


〝はい、シルキス様。より高みを目指して〟

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