第10話 可愛いは最強
冒険者ギルドの支部は、どこも役所のような雰囲気だ。
とはいえシルキスは、市役所も区役所も行ったことがない。
記憶喪失だった頃を入れても、三年程度しか地球で過ごしていないのだ。それも子供として。どうひいき目に見ても、人生経験が不足している。
だが経験不足は、他人の知識で補える。
かつていた星では、口伝や書物がその代表例だった。
地球には、映像作品が数多くある。
言葉だけでは表現できない質感を、鮮明に伝えてくれる。
この三年間、シルキスは映像作品を沢山見た。
魔王の記憶を取り戻した今も、それらを素晴らしいと思っている。特にアニメがいい。
映像を残す魔法は、前世の星にもあった。
しかし誰でも扱えるようなものではない。記録されたのは大国の王の言葉であったり、魔法の奥義の手順だったり。そこに娯楽の要素は皆無だった。
地球は違う。
スマートフォンを使えば、誰でも他愛のない映像や写真を撮影し、ネットに公開できてしまう。
海の向こうの観光地の様子から、近所の美味しいラーメン屋のメニューまで様々。
それは科学技術によるものだ。
シルキスが生まれた星は、錬金術師たちが科学の領域に踏み込んでいたが、地球に比べれば稚拙だった。
ところが地球は、科学も魔法も発達している。
科学に魔法を組み合わせれば、深い洞窟の奥からでもネットにアクセスできてしまう。
ゴローのような屑が欲望のために技術を悪用することもある。
それでも地球文明は素晴らしいとシルキスは思う。特にアニメとマンガがいい。あとゲームもいい。
家でゴロゴロしながらゲームをしていると、セリューナに行儀が悪いと叱られてしまう。
だが、こうして冒険者ギルドを久しぶりに訪れても、戸惑うことなく受付に行けるのは、フィクションのおかげなのだ。
布団に潜ってマンガを読んだりアニメを見たりするのは、間違いなく役に立っている。セリューナはそのあたりを忖度すべきだ。
「賞金首、迷惑系配信者ゴローの死体を持ってきたのだが」
そう受付嬢に告げながら、シルキスは自分のギルドカードをカウンターに置く。と同時に、次元倉庫からゴローの死体を出して床に転がした。
受付嬢は目を丸くして固まり、なにも言ってこない。
シルキスは急に不安になる。
自分はなにか間違っただろうか?
ゴローの死体は真っ二つだが、氷漬けにしたので内臓や血で床を汚すことはない。綺麗に切断したから人相だって分かる。ゴローは有名な賞金首だから受付嬢が知らないとも思えない。死体は見慣れているだろうから、それにビビっている訳でもないだろう。
シルキスが首を傾げていると、受付嬢は叫んだ。
「純白魔王だぁぁぁ! 本物だぁぁぁっ!」
なぜ受付嬢はシルキスが魔王だと知っているのか。
このギルド支部には何度か来たが、魔王だと名乗ったことはない。そもそも前に来たときは記憶を失っていたので、自分でも魔王だと知らなかったのだ。
「動画より可愛いぃぃぃぃぃぃぃっ!」
その絶叫で合点がいく。
ゴローの生配信だ。
元の動画はすでに消されているが、コピーがネットのあちこちに出回っている。かなり話題になったようだし、受付嬢が動画を見たとしても不思議ではない。
それにしてもシルキスの印象は、強そうとか格好いいではなく、可愛いが先立つらしい。
魔王として悲しい……ということもなく、実はちょっと嬉しかった。
「シルキス様。可愛いって言われて喜んでますね?」
「そ、そんなことはないぞ」
否定した。が、セリューナはなんでもお見通しという顔で笑っている。実際、お見通しされている。
かつては可愛さなんて気にしていなかったのに、この三年間、セリューナに可愛がられたせいで感性が変わってしまった。洗脳を受けた気分だ。
「あ、失礼しました。つい取り乱してしまって……なにせ『秋葉原に純白魔王出現』がツイッダーのトレンド入りしていたので……もしかしたらここに来るかもと職員の間で噂になっていたんです。本当に来てくれるなんて……光栄です!」
ほかの受付嬢や、奥にいる職員たち、果ては冒険者たちまで、うんうんと頷いた。
「あら、本当ですね。シルキス様、盗撮されちゃってます」
セリューナが自分のスマホを見せてきた。
シルキスの動画が再生されている。
スマホのカメラは実に性能がいい。小さなレンズのくせに、とても鮮明に映る。
「ぴゃあ!」
シルキスは恥ずかしさの余り、魔王にあるまじき悲鳴を出してしまう。
なにせ、そこにはランドセルを背負って様々なポーズをとる自分が映っていたのだ。
小さな子供がモデルの真似事をする微笑ましい映像。そうとしか見えない。
「遠くから撮影したシルキス様も可愛いです。保存、保存、っと」
「消せ!」
「私のスマホから消したって、元ツイートは消えないから意味ないですよ~~」
「肖像権の侵害だ! ツイッダーに削除申請だ! どうやればいい!?」
「仮にそれが通っても、もう拡散されまくってるから手遅れですよ~~」
「あああああああああ!」
「頭を抱えないでください。大丈夫です。ほら、みんな可愛いって言ってますよ。可愛いは最強です」
「可愛いは最強……」
「つまりシルキス様は、世界中の人から最強って言われてるのと同じなんですよ」
「なるほど! なるほど……?」
一瞬納得しかけたが、なにか違う気もする。
「あの……私も可愛いは最強だと思いますよ! 最強に可愛い! なので、これからも可愛いままでいてください! 私、ファンなんです!」
受付嬢までそんなことを言う。
それだけでなくギルドにいた全員が、力強く頷いてきた。
「みんながそう言うなら……そうなんだな! 分かった。私は最強を目指すため、可愛さを極めるぞ!」
ギルドに盛大な拍手が響き渡った。
大勢がシルキスの決意表明を応援してくれている。
決意表明してからも、本当にこれでいいのかという想いは拭えなかった。が、こんなに拍手されたら撤回できない。
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