第9話 魔王はランドセルを背負う
東京二十三区は、魔法的な結界と物理的な壁で取り囲まれている。
これによりモンスターの侵入を、ほぼ完全に防いでいた。
地球のあちこちに、似たような結界エリアがあり、人間は基本的にその内部で生活している。
どの結界エリアも食料生産プラントを備えており、自給率はほぼ百パーセント。
高度なリサイクルシステムも構築され、外部と貿易しなくても、長期に渡って住民を生存させられるようになっている。
とはいえ、心臓が動いていればそれでいいという訳にもいかない。
人間には娯楽が必要だ。
衛星通信や海底ケーブルを用いて、各地の結界エリアは繋がっている。
おかげでダンジョン大発生以前と同じように、世界中のエンターテイメントにアクセス可能だ。
東京も、数多くの娯楽を世界に配信している。
その中でもマンガ、アニメ、ゲームといった、いわゆるオタク文化は世界的に評価が高い。
異星からやってきた魔王でさえハマってしまうほどだ。
「セブンスターズ物語を全巻買えてよかったですね、シルキス様」
秋葉原の町で、セリューナがそう口にする。
並んで歩くシルキスの両手には、マンガ本で膨れ上がった紙袋があった。
「うむ。紙の本の発行部数は年々減っているようだからな。見つけられたのは僥倖だった」
「それにしてもシルキス様。電子版なら場所を取りません。出かけなくても手に入りますし。どうして紙で買うのですか?」
「確かに電子書籍は便利だ。だが本棚に並んだコレクションを眺めて悦に浸りたいのだ。それはマンガ本も魔法書も同じ」
「はあ……正直よく分かりませんが、シルキス様が満足ならいいでしょう。それはそれとして……紙袋が破けそうですが」
「むむ!」
本はかさばるだけではない。重い。
その重量に耐えかねて、紙袋に穴が空いてしまった。それも間が悪いことに左右同時だ。
せっかく買ったマンガ本が、地面に落ちそうになる。
「そうはさせるか!」
重力制御魔法を発動し、本の重量を軽くする。やり過ぎると風に飛ばされるので調整が難しい。
同時に魔力で糸を作り、破れたところを縫い合わせる。紙袋の形を整えたところで防御結界を構築。
これらの合わせ技により、一冊たりとも汚れることも折れることもなく、紙袋の中に収まり続けた。
「さすがはシルキス様。魔力は見る影もなく弱体化していますが、技術は魔王の面目を保っていますね。けれど、その状態をキープしたまま歩くのは疲れませんか?」
「メッチャ疲れるぞ!」
「では私が頑丈な鞄をさし上げましょうか」
「それはかなり助かる。くれ」
「はい」
セリューナは愉快げに返事して、空間操作系の術式を展開した。
質量と体積を無視して物体を持ち運べる、次元倉庫の魔法だ。
なにもなかった空中から、真っ赤なランドセルが現れる。
「はい、どうぞ」
「これは確かに頑丈そうだ……って、ランドセルなんか使えるか!」
「どうしてですか? シルキス様、どこからどう見ても女子小学生ですよ?」
「私がオンライン授業で受けているのは中学生の授業だ……って、そういうことでもない! 私は魔王だぞ! 魔王にランドセル背負わせて楽しいのかっ?」
「はい」
「即答しやがって……そんなにランドセル背負わせたかったなら、小学校に通わせたらよかったじゃないか。オンラインじゃなくて」
「シルキス様が学校に行っちゃったら一緒にいられる時間が減るじゃないですか! あと、学校に通う暇があるなら、ダンジョンで戦ってもらって、記憶の覚醒を促したほうがいいですし」
「じゃあ、なんでランドセルを次元倉庫に入れてたんだ……?」
「学校に通わせたくないけど、ランドセルをしょった姿を見たい。その葛藤の末、取りあえず買っておくという結論に至ったのです。いつかチャンスが来たら使ってもらおうと……そのチャンスが今!」
「そう言われても……」
「ちょこっとだけ! ちょこっとだけでいいですから!」
「じゃあ、ちょこっとだけだぞ……」
あまりにもセリューナが必死なので、シルキスは哀れになり、ランドセルを背負ってしまった。
「可愛い! 想像していた百倍は可愛いです! 最強に可愛い!」
「そ、そんなに可愛いか……? と言うか、最強?」
「はい! 可愛さにおいて間違いなく地上最強……いえ、宇宙最強でしょう!」
「ふ、ふーん……」
可愛いと言われるのは嫌ではない。そして最強と言われるのは最高に気分がいい。
ランドセルを背負うだけでここまでチヤホヤされるなら、そのまま歩き回ってもいい気がしてきた。
「分かった。セリューナがそこまで喜ぶなら、しばらくランドセルを背負ったままでいてやろう。マンガ本を入れる鞄が必要だしな」
「ありがとうございます! では本を入れておきますね。それにしてもシルキス様ったら本当チョロイン魔王なんですから~~」
「チョロインってなんだ?」
「うふふ。マンガを沢山読んでいる割に知識が不完全ですね。超ロマンティック可愛いーんの略です!」
「そうかロマンティックなのか。悪い気分ではないな」
ランドセルにマンガ本が全て収まったので、両手が楽になった。
その上、ロマンティックに可愛いなら、もはやランドセルを降ろす理由がない。
ロマンティックに可愛いというのが、どういう意味なのか定かではないが、とにかく可愛いのだ。
シルキスは調子に乗って、長い髪をふぁさぁとかき上げてみた。
するとセリューナが黄色い悲鳴を上げながらスマホで撮影してきた。
ますます調子に乗ってポーズなんか取ってしまう。
あまりにも気分がよくて、本を次元倉庫に入れてしまえばランドセルなんて必要ないという単純な事実にさえ気づかなかった。
「とっても堪能しました。チョロイン度が上がりすぎて心配ですが、シルキス様フォルダが充実したのでよしとしましょう」
セリューナは写真を沢山撮れてご満悦。
シルキスも褒められてご満悦。
二人とも大満足したところで、今日の本来の目的地に向かう。
冒険者ギルド秋葉原支部に、ゴローの死体を持ち込んで、その賞金をもらうのだ。
そして帰りに神保町に行ってカレーを食べて帰る。
それが今日のスケジュールである。
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