第8話 記憶を取り戻して初めての夜

 セリューナの家の風呂は、特別広いわけではない。

 それでもシルキスとセリューナは、二人で浴槽に入り、肌が触れ合う感触を楽しんでいた。


「なんだか不思議だな。こうして記憶を取り戻したのに、自分の正体を知らぬまま過ごした三年間の記憶も残っている」


「実のところ、三年間の記憶が残っていて、わたくしはホッとしています。もちろん、魔王シルキスの蘇りこそが最優先。けれど、この三年間もわたくしにとって大切な思い出ですから……」


「私にとっても大切だよ。人間の少女として育てられたのを思い出すと、なんだか気恥ずかしくなるが……忘れたくない。お前が私を大好きなのだと、再確認できたしな」


「あら。そんなの昔から分かりきっていたではありませんか。スライムの頃だって、わたくしはシルキス様を可愛がりましたよ」


「そうだな。こうして風呂も一緒に入った。けれど髪を結ったり、服を選んだりは人間になってからだ。私のお世話は楽しかったか?」


「それはもう。着せ替え人形で遊んでいる気分でした」


「魔王を人形扱いとは、豪胆な奴め」


「わたくしなら許されるでしょう? わたくしはあなたの魔剣であり、側近であり、友人であり、家族であると自負しています。わたくしだけは許されるでしょう?」


「そうだな。お前にならなにをされても許すよ。これからも好きなように私を可愛がるといい。着飾る楽しさを知ったから、着せ替え人形にされるのも、まあ嫌いではない」


「ふふ、言われるまでもなく。ところでシルキス様。こうして記憶を取り戻してくれたのは嬉しいのですが。小言を言わせていただきます」


「……なにを言いたいか分かっている。だから言わなくてもいいぞ」


「いいえ、逃げようとしても駄目です。なんですか、この弱々しい魔力は。記憶を取り戻したなら、魔力も取り戻してください」


「分かってる……自分でも情けないんだ。指摘するな。その言葉は心に刺さる」


「昔のように膨大な魔力を注いでいただけると思っていたのに。百年も我慢していたのに。これではスターイーターを倒すどころか、地球で最強になれるかも怪しいですよ」


「……」


「ああ、かつてのシルキス様は雄々しく激しく、膨大な魔力でわたくしを満たしてくれたのに。いまやジジイのファックにも劣る魔力。早漏。短小。半立ち。中折れ。女を満足させられない粗チン魔力でございます」


「お前、いつからそんなに口が悪くなった……あ、いや、割と昔からか……」


「うふふ。記憶を失い、ただの少女になってしまったシルキス様には、さすがに辛辣なことは申せません。しかし、これからは遠慮なんてしませんよ。魔力で満足できなかったので、代わりに体で払っていただきます」


「ちょ、おまっ! そんなところ触るな!」


「あらあら? わたくしは昔からシルキス様を膝に乗せて触りまくっていたではありませんか。なにを今更。生娘のような声を出して」


「スライムの私を触るのと訳が違うだろ! 今の私は本当に生娘なんだよ!」


「スベスベでプニプニで、とても触り心地がいい。同じではありませんか。ほら、ここなんかも」


「ひゃんっ」


「魔王の記憶を取り戻したシルキス様なのに、こんなに可愛らしい声を! ではここは!?」


「んんっ! だ、だめ……!」


「駄目なんですか? とっても気持ちよさそうな声ですが。駄目なら、わたくしの腕を振り払えばいいじゃないですか」


「今の私の魔力で筋力を強化しても、お前より弱いんだよ。分かってて言ってるだろ!」


「ええ、はい。シルキス様が可愛らしすぎて、イジワルしたくなっちゃいました。それにしても本当に弱いんですね。まるで小動物が暴れているみたいです。こんなに可愛くて弱かったら、知らない人にお持ち帰りされてしまうかも。なので強くなりましょう。ほら、声じゃなくて魔力を出しましょう。これは訓練です。頑張ってください」


「んあっ!」


「お耳に、ふー、ふー」


「っ~~! そんなことされたら、ますます力、出なくなる……」


「あらあら。魔王ともあろうお方が、少しばかり吐息をかけられただけで情けない。もし敵がこういうことをしてきたらどうするのです? へなへなと力を失い、屈服するのですか?」


「く、屈服などするものか。私は、魔王だぞ……!」


「では魔王らしいところを見せてください。ほら、お耳を甘噛み。はむはむ」


「なんともない! 私は魔王だから、こんなのなんともないぞ……!」


「強がるシルキス様も可愛いです! それにしても本気で心配ですね。ちょっと敏感すぎませんか?」


「それは……心配いらない……私がこうなるのは、セリューナがしてるからだと思うから……」


「……あら! あらあらあら! そんなことを言われたら、興奮せざるを得ないじゃないですか! むしろ誘ってます? 誘ってますよね!?」


「そんなわけあるか!」


「へえ、無自覚なんですか。天然でそんな誘うようなことを口にするなんて、やはり心配です。それがどういう結果を招くか、教えてさし上げねばなりませんね!」


「や、やめろ! お前、それは冗談で済まされ……あっ、だめ……セリューナのえっち!」




 そして風呂上がり。

 シルキスはいつものようにセリューナにドライヤーで髪を乾かしてもらう。

 いつもはご機嫌な時間だが、今日のシルキスは頬を膨らませている。


「まったく、セリューナは昔からすぐに調子に乗る。いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあるだろ!」


「確かに少々やりすぎてしまいました。けれどシルキス様が可愛い声を出すのが悪いんですよ。うふふ」


「うふふ、じゃない! 次にあんなことしたら、もう一緒に風呂に入ってやらないからな! ……ところで、思い出したんだが」


「はい?」


「ゴローから隷獣アダマンタートルを取り戻したわけだが。そもそも、なぜあんな奴が私の隷獣を持っていたんだ? 私の武器庫に保管していたはずだ。武器庫の中身は今、どこにある?」


「ええっと……この星に転移するのが精一杯で……武器庫は座標がズレて、中身が地球のあちこちに散らばっちゃいました。だから、どこの誰の手に渡っているのか、まったく分かりません♪」


「明るい声で誤魔化すな! 私の魔力が少ないと馬鹿にしたくせに、自分だって駄目駄目じゃないか。お仕置きだ。懲らしめてやる!」


「まあ。私は全力を尽くして頑張ったのに、それを評価せずにお仕置きですか。承服しかねるので、反撃しますね」


「反撃ってお前、魔剣のくせに魔王に逆らいやがって……あ、そこはだめだって……」


「シルキス様のざぁこ♥ 魔王なのに可愛い声♥ わたくしを懲らしめるんじゃなかったんですかぁ♥」


「~~っっっ! セリューナのえっちぃぃぃっ!」

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