第5話 魔王シルキスの剣

 ゴローと名乗る男は、二十代半ばくらいだろうか。

 配信と言っていた。断末魔がどうのこうのと。

 それで男の正体が、誰も仕留められない賞金首だとシルキスは思い至る。

 ゴローはネットの一部で、冒険者ギルドが選んだ九人『ナインズ』よりも強いと噂されている。

 そんな奴が、愉悦の笑みを浮かべて、自分に襲い掛かろうとしている。


 シルキスは自分の手で人を殺したことがない。

 しかし綺麗事なんて言っていられない。

 殺らなければ殺られるのだ。


 魔法で雷の槍を五本形成。それらを五芒星の形に配置。相互作用で威力が強化される。ゴローに向けて一斉発射。と同時にシルキス自身も剣を構えて猪突した。


「躊躇なしに俺の命を取りに来たかい。いいね。君みたいな子をメチャクチャにしたかったんだ!」


 ゴローは周囲に防御結界を張った。

 攻撃魔法を反射する性質のものだ。

 ゆえにシルキスが放った雷の槍は、全てシルキスに向かって返ってくる。

 突進中のシルキスに、それを躱す余裕はない。

 電撃で痺れ、焼かれ、そしてゴローに身を差し出すことに……ならなかった。


「おや!?」


 雷の槍に貫かれた瞬間、シルキスの体は霧散して消えてしまう。

 幻影魔法で作った偽物だったのだ。

 本物はすでにゴローの背後に回り込んでいる。

 無言で脳天に剣を振り下ろす。

 必殺のタイミング。いかな達人でも回避不能――。

 シルキスの想像力ではそうだった。

 しかし相手は想像を超えていた。


 視覚の外からの一撃に、ゴローは的確に反応してきた。

 自分の剣をシルキスの剣にぶつける。

 いかなる衝撃がこようと、シルキスは剣から手を放したりしないと決意していた。そんな決意ごと吹っ飛ばされた。

 剣のみならず、血しぶきも宙を舞う。

 ゴローがシルキスの腹を斬ったらしい。いつ斬られたのか知覚できなかった。戦闘速度が違いすぎる。勝負になっていない。


「リスナーのみなさん、申し訳ありません。レイプる前に深々と斬っちゃいました。これだとチンチン突っ込んだらお腹から飛び出しちゃいそうですね。俺のデッカいんで! あ、そうだ。股にチンコ入れて、腹に腕入れてシコシコすれば、レイプとオナニー同時にできるんじゃね!? 俺天才! ……え? 筒井康隆の小説をパクるな? あっはっは! バレたか!」


 笑い声が洞窟に響く。

 シルキスは地面に横たわってそれを聞く。

 剣が遠くに転がっている。

 いつの間にか鞄も肩紐を切られて落としていた。中身が飛び出し、弁当箱がひっくり返り、血だまりに散乱してしまっている。

 セリューナが作ってくれたおかずも、おにぎりも、台無し。

 凄まじい怒りが湧いてくる。

 自分の腹に穴が空いて、腸が飛び出していることなど、些細に思えた。


「殺してやる――」


 声を絞り出しながら、シルキスは剣へと這いずる。


「え、まだ頑張るんだ、すげぇ! 俺のこと殺すの? どうやって? 剣を拾おうとしてるんだ。でも辿り着けるかなぁ? 腸を引きずっててウケる。引っ張ったらどうなるかなっと」


 本当に引っ張ってきた。

 伸びる。邪魔だ。自ら千切る。体が軽くなった。なのに動きが重い。血を流しすぎた。寒い。けれど怒りで熱くなる。

 なんだって自分がこいつ如きに殺されなきゃいけないのだ。

 そうだ、如きだ。

 自分は本来なら、こんな奴、瞬殺できる。


 ――どうして、そう思うんだろう?


 相手はナインズより強いかもしれないと言われる者。

 挑むのは無謀。こうして血まみれで地に這いつくばるのは当然の結果。

 だというのに、ここから如何様にも覆せると思えてならない。

 絶望が湧いてこない。ただ調子に乗っている三下への怒りしかない。


 セリューナがくれた鞄。セリューナがくれた服。セリューナがくれた剣。

 いつだってセリューナが与えてくれた。

 いつから?

 三年前の雪の日から?

 否。

 もっと遙かに昔。

 少なくとも三百年前――。


「魔王の名において命ずる。手を貸せ、我が魔剣セリューナ。チンピラを嫐り殺すぞ」


 シルキスの指先が、剣に触れる。


「はい。その言葉をお待ちしておりました。私の魔王シルキス様」


 幻聴ではない。

 ここにセリューナはいる。ずっとそばにいたのだ。

 彼女からもらった剣は、彼女の爪の欠片を用いて作られたもの。彼女の力の一部を宿したもの。

 それを媒介に、東京の店からここまで瞬時に転移してきた。


 服装は今朝の鮮やかなワンピースではない。

 黒衣。吸い込まれそうなほど黒いシスター服。信仰の証だ。けれどセリューナの信心は、神には一欠片も向けられていない。


「ようやくお目覚めになられたのですね。記憶を失ったシルキス様もお可愛らしかったですが、ええ、やはりその口調で命令していただけないと、わたくしとしても物足りないのです。わたくしは魔王の剣ではありません。魔王シルキスの剣なのです。他の誰にも使えません。さあ再び、わたくしたちの物語を始めましょう」

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