第4話 迷惑系配信者と遭遇

 シルキスは洞窟ダンジョンを潜っていく。

 ほかの冒険者とすれ違うときはお互い「こんにちはー」と挨拶を交わす。

 半世紀前、かつて登山を趣味としていた冒険者が始めた風習らしい。

 声を掛け合えば敵意がないとアピールできるし、情報交換しやすい空気が生まれるので、今でも続けられている。シルキスもこの風習は好きだ。


「奥のほうにゴブリンロードがいたから気をつけてな。シルキスちゃんなら大丈夫だと思うけど」


「ありがとうございます。気をつけまーす」


 顔見知りの冒険者とすれ違いざまにそんな会話をして、更に進んでいく。

 ゴブリンロードは強いモンスターだが、その内臓は滋養強壮の薬として需要がある。

 しかし腑分けして持ち帰るのは手間だし、なにより気持ち悪い。

 どうしたものかと考えながら歩くと、コウモリ型モンスターの群れが襲い掛かってきた。コウモリは音の反射を利用し、暗闇でも周囲の位置関係を把握できるらしい。だがシルキスは魔法で光源を作っているので、コウモリの能力はアドバンテージにならない。

 シルキスは攻撃魔法で群れを焼き尽くした。


「お。魔石はっけーん。このダンジョン、魔石の復活が早いから、みんなが儲かるんだよねー」


 岩の隙間から、真紅の石を拾い上げる。

 魔石とは、その名の通り、魔力を持った石だ。

 魔法道具を作るのに使うし、魔力発電装置の燃料となって市民生活を支えるのにも使う。需要は常にあるので、ダンジョンで魔石を拾い集めるだけでかなりの収入になる。


 モンスターが多い場所は、魔石も多く採れる傾向にある。

 ゴブリンロードがいる場所にも、魔石がある可能性が高い。

 シルキスはとりあえず奥に行ってみることにした。


「いたいた、ゴブリンロード。普通のゴブリンも従えてるな……とりあえず全滅させないと、アイテム探しもできないや」


 ゴブリンとは、緑色の皮膚をした人型のモンスターだ。シルエットこそ人間に近いが、猫背で、身長は一メートルほどと低く、獣めいた形相なので一目で人間ではないと分かる。

 一匹一匹の戦闘力はさほどではない。しかし道具や罠を使う小賢しさがあり、群れで現れると厄介だ。

 そしてゴブリンの中から稀に、大型の個体が現れる。ゴブリンロードという。シルキスの目の前にいる三メートル近いゴブリンがそれだ。こいつは大抵の冒険者にとって、単体でも脅威となる。

 デカい。それに見合った筋力。そのくせ動きが素早い。しかも丸太を棍棒のように振り回す知性も有している。


 シルキスはセリューナの指導のおかげで、それなり以上に強くなったと自負している。それでもゴブリンロードと正面切って戦うのは避けたい。まして普通のゴブリンも十匹以上いる。


 だから奇襲を仕掛ける。

 剣の柄に手をかけて、前屈姿勢を取る。

 魔力で身体能力を強化。

 地を蹴る。ゴブリンロードに向かって一直線に加速。

 すれ違いざまに抜剣し、首に刃を走らせ、一気に切断。

 血しぶきが噴水のように上がるが、すでにシルキスはそれが届く範囲から脱出している。


 ゴブリンたちは、ロードの血を頭上に浴びてパニックに陥っていた。

 強いボスがいれば気が大きくなる。そのボスが強いほど、それを失った反動は大きい。

 当然、シルキスは混乱が収まるまで待たない。瞬く間にゴブリンの全てを剣と攻撃魔法で全滅させてしまう。


「よし!」


 敵がいなくなったのを確認してから、辺りを探索。

 拳大の魔石を三つも見つけてしまった。

 更に――。


「宝箱だ!」


 シルキスが見つけたのは、一辺が十センチほどの小箱。木製だが、なんの木かは分からない。

 ガラスの小瓶が入っていた。蓋を開けるといい香りがする。香水のようだ。

 小箱も小瓶も、人工物にしか見えない。

 しかし誰かが落としていったのではない。

 ダンジョンは、こういった品を生み出すのだ。


 もしダンジョンにあるアイテムを全て一斉に持ち出したとしても、数週間もすればアイテムで溢れかえってしまう。

 モンスターを無限に生み出す代わりに、アイテムも無限に生み出す。

 ダンジョンとは厄災であると同時に、恩恵でもあるのだ。

 もっとも、生み出すアイテムが全て有用かというと、そうとも限らない。


「うーん……あとで詳しく調べないと分からないけど……特に変化が起きないや。本当にただいい香りがするだけのアイテム? 売っても大した値段にならなそう……自分で使ったほうがいいかも」


 シルキスは見つけた品を鞄にしまう。

 それからゴブリンロードの死体に目を向ける。

 自分で腑分けするのは面倒だ。だが放置するのはもったいない。

 考えた結果、死体を丸ごと冒険者ギルドに持っていくことにした。

 必要な内臓だけ納品するよりは安くなるが、それでも結構な額になるはず。

 それにシルキスはいつも手に入れたアイテムを、セリューナの店に売っているので、ギルドの評価が低いままだ。たまに実績を作るのも悪くない。


「……持っていくと決めたのはいいけど、このサイズを町まで運ぶの、筋力強化魔法を使っても辛いものがあるなぁ」


 ロードの両足を掴んで、ズルズル引きずりながらダンジョンの出口に向かう。

 重い。

 少々不快であろうと、ロードの腹を斬って中身だけ取り出したほうが楽な気がする。

 だがビニール袋などを持ってきていないので、内臓を鞄に入れたら大変なことになる。


 この鞄はセリューナからもらった大切なものだ。セリューナが作ったお弁当だって入っている。血で汚すわけにはいかない。

 やはり面倒でも、死体丸ごと東京に持っていこう。

 街中を運ぶのは少々気後れするが、そういうことをする冒険者は沢山いるので、堂々とやれば、みんな気にしないはずだ。


 ダンジョンの外に出たら、お昼ご飯にしよう。

 セリューナのお弁当はいつも美味しい。美味しいものは青空の下で食べたい。


「今日のおにぎりの具はなんだろな~~」


 シルキスは呑気なことを呟く。

 広い場所に出た。

 岩の影などからモンスターの奇襲がないか警戒する。


「……なんだろ?」


 足下の感触がおかしい。

 ぬめりとした液体が流れている。

 視線を下げると赤かった。血の池ができていた。

 それがどこから流れてきているのか。

 視線で追いかけると、そこに死体の山があった。


 さっき言葉をかわしたばかりの冒険者。見知らぬ冒険者。人間だったのかさえ判別できないくらい破壊された死体もあった。


 死体なんて見慣れている。

 今朝も店先で見たばかりだ。

 けれど、こんな悪意で覆われた死体は初めてだった。首が転がり落ちる。その表情は絶望と苦痛で塗りつぶされている。

 ただ斬ったのではない。モンスターに食い散らかされたのでもない。

 きっと意識があるまま皮を剥がれ、焼かれ、肉をそぎ落とされたのだろう。


 情報を引き出すための拷問というなら分かる。深い恨みを晴らすために考え得る限りの苦痛を与えたというのも理解できる。

 しかしダンジョンで探索しているだけの冒険者にこんなことをする理由が思いつかない。


「……なん、で」


「それは断末魔ASMR配信のためでーす」


 男の声。

 シルキスはそれを悪意の源泉だと感じた。

 反射的に声がした方向へゴブリンロードの死体を投げつけた。

 ロードは三メートルを超える巨体だ。

 それが一瞬にして挽肉のように細かく切り裂かれた。


 攻撃魔法か。それともトラップ型の結界が発動したのか。

 いや、どちらも違う。

 単純に、そこにいる男の剣さばきが異常に素早かったのだ。

 シルキスは唾を飲み込み、つい半歩後ろに下がり、それでも剣に腕を伸ばすのを忘れない。


「いい勘をしてるね、お嬢ちゃん。いきなりロードを投げつけてきた反射も素敵だ。なにより美少女ってのが素晴らしい。今日は男の断末魔を沢山配信したけど、女の子の喘ぎ声はまだだったからさ。沢山泣いてくれよ。全世界に配信してあげる。絶対にバズるぜ。それではリスナーのみなさん、お待たせしました。レイプ&デストロイ実況を始めます。あんな可愛い子をレイプするの初めてなんでハッスルです!」

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