第3話 迷惑系配信者ゴロー現る

「おはよう、セリューナさん。いい天気だね」


「おはようございます、シルキス様。温かくなりましたね。そのせいでしょうか。元気が有り余っている人が出てくるようになりました」


 セリューナは、艶やかで長い黒髪が特徴的な美人だ。

 すらりと背が高く、大人っぽい印象で、シルキスにとって理想の女性像だった。

 しかし顔立ちをよく見ると、まだ幼さが残っていて、十代に見えなくもない。

 年齢を聞いたら「秘密です」と笑顔で言われてしまった。

 なにもかも謎の人物だ。


 そんなセリューナは、鮮やかな水色のワンピースに白いエプロンをして、ホウキで店の前を掃いている。

 どこからか飛んできた草の切れ端や、誰かが落としていったお菓子のパッケージ。それから、細かく切り刻まれた人間の死体……三人分くらいだろうか。バラバラすぎて判断が難しい。すべて氷漬けになっているから血は広がっていない。


「この人たち、強盗?」


「ええ、そうです。この店にそんなことしたら、こうなるって悪党の間でも知れ渡ってるはずですが……自分だけは大丈夫って思ってしまうのでしょうか?」


 セリューナは呑気な声色で語る。シルキスも日常の風景として受け入れている。

 よくあることだった。毎日ではないが、季節の変わり目などに起きる。

 この店は、魔法道具屋だ。

 魔法剣とか、防御結界を発生させるアミュレットとか、瞬く間に傷を癒やすポーションとか、そういうのを扱っている。

 値段はピンキリ。ラーメン一杯分のものから、家が買えるくらい高価な品まである。

 だから強盗に狙われることもあるし、そのたびにセリューナが見せしめのように店先で殺していた。


 罪にはならない。半世紀前にダンジョン大量発生が起きてから、正当防衛の範囲が拡大されたからだ。

 ちゃんと監視カメラがあるので、その映像を警察に提出すれば済む。なんなら警察は忙しいので、その手続きを省略したところで、なにも言ってこない。

 死体は専門の清掃業者がいるので、電話一本で片付けてくれる。

 世界は総じて治安が悪いが、それに合わせたシステムが構築されている。だから町の中は治安が悪いなりに秩序だっているのだ。


 シルキスは店の中に入る。

 そしてカウンターの奥にいる人形に触れ、首の後ろにあるスイッチを押した。

 全体的にマネキンのようにのっぺりしていて、目のところに一ツ目型のセンサーがついた人形――店番ロボットだ。シルキスとセリューナは、これをロボタという愛称で呼んでいる。


「ガ……ガ……おはようございます、シルキス。今日も一日、頑張りましょう」


「おはよう、ロボタ。私は今日、ダンジョンに行くから、セリューナさんのお手伝い、よろしくね。いってきます」


「はい。いってらっしゃいませ。お気をつけて」


 シルキスはロボタに手を振りながら店を出る。

 そして死体をホウキで隅に寄せているセリューナにも、いってきますと挨拶をした。


「待ってください。ちゃんとポーションを持っていかないと。鞄にはお弁当も入れておいたので、お昼に食べてくださいね」


 そう言ってセリューナはシルキスの肩に鞄をかけてくれた。

 冒険に行く前は、いつもこうして準備してくれる。

 ポーションとお弁当の重さを感じるこの瞬間が好きだった。


「いってきます」


「はい。いってらっしゃい」


 シルキスは電車に乗って東京結界エリアの外縁部まで行く。分厚い壁が東京をグルリと取り囲み、内と外を隔てている。

 壁にはゲートがいくつもあり、有事の際は閉鎖できるようになっているが、いつもは二十四時間開放されていた。

 そのゲートの一つを通って外に出ると、草原と森が広がっている。


 かつてはこの向こう側にも街が広がっていたはずだが、モンスターによって踏み荒らされ、今では瓦礫しか残っていない。それも植物に侵食されて、かつても面影を見るのが難しくなっていた。

 車両が通ったあとが轍になっているし、監視塔などがいくつか建っていて、文明の匂いが皆無というわけではない。

 だが逆にいえば、その程度。

 人類は壁の中ではいまだ繁栄しているが、壁の外では長生きできない。

 この先に進むのは『冒険』なのだ。


 シルキスは深い森に入り、その奥にある地下洞窟に潜る。

 何度も来たことがあるダンジョンだ。

 東京から近いこともあって、ほかの冒険者と出会うことも多く、ダンジョンの中では安全なほうだ。

 まさかこんなメジャーなダンジョンで、ほかの冒険者に襲われるかもとは想定していなかった。


「よーし。今日も頑張るぞ!」


        △


 シルキスが「頑張るぞ」と言ってから十数分後。

 一人の男が、ドローンのカメラで自分を撮影しながら、ダンジョンに入っていった。

 彼はダンジョン内部を撮影して配信する、ダンジョン配信者。その中でも迷惑系配信者に分類されている、世界的な有名人だった。


 大抵の迷惑系配信者がやることは、ダンジョンにワイヤーを張って冒険者が転ぶところを撮影したり、ポーションの瓶を舐め回してから店の棚に戻すといった、子悪党の領域だ。

 しかし――。


「どうもー、ヤンチャ系配信者のゴローでーす。今日もいつものように、魔法とダンジョンの危険性を啓蒙するため、出会った冒険者を片っ端から殺していこうと思いまーす」


 ゴローを名乗る彼は、何度アカウントを消されても、ゴキブリのように復活する。

 動画サイトがゴローの生配信を切断しようとしても、止められない。

 ハッキングしているのだ。

 それも魔法結社として第二位の規模を誇るゴールデンドーンが構築したクラック術式を使い、電子と魔法の両面からシステムを掌握している。

 動画サイトがその術式への対策を終える頃には、殺人の様子が鮮明に流れてしまっている。


 無論、警察はゴローを追っている。生死問わずの条件で賞金がかけられているから、その命を狙う者が大勢いる。

 なのにゴローは捕まらないし、殺されない。

 悪趣味さとは裏腹に、彼は強かった。

 腕に覚えのある冒険者に取り囲まれても、鼻歌交じりに動画撮影しながら皆殺しにできてしまう。


 動画のコメント欄には、罵詈雑言が並ぶ。

 しかし接続数は確実に増えていく。

 いくら再生されても、動画サイトからゴローに入金されることはない。

 そんなのは目的ではない。

 魔法とダンジョンの危険性を啓蒙するというのも詭弁。

 彼はただ、好きなように力を誇示して、注目されたいだけの男だ。

 なのに強大な戦闘力を有している。


「あ、可愛い女の子はちゃんとレイプしてから殺すんで、期待しててくださいねー」

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