無様な灰被り(上) 25

 それから灰被りは、馬上から僕を興味深そうにのぞき込んで、


「しかし君にとって、あいつはすこぶる重要な存在と見える。君だって苦難の真っただ中にいるのに、あいつのことを熱心に尋ねるなんて。おまけにあいつに命令されたことを守らないで」

「……助けてくれた恩人ですから。『襲われた』なんて言える訳がありません」


 僕は自分の腹に手をやった。


 仕立て屋に付けられた傷は、副長が手当てをしてくれていた。


 尤も、元からごく浅い傷ではあったけど。


「まだ痛みますか? フリッツ」

「いえ。手当のお蔭で今はそんなに。お助け頂き感謝申し上げます」


 副長の質問に僕が返事をすると、灰被りが呆れたような表情で、


「君が上流の家のだってのは間違いなさそうだな。庶民のしゃべり方じゃないし振る舞いじゃない。……悪いが普通にしゃべってくれるか? 上品な喋り方をする子供なんて気味が悪い」


「灰被り」と、副長がたしなめるように言って、


「すみませんフリッツ。うちのリーダー、もう立派な将校しょうこうなのに、下層民かそうみんだった頃の感覚が抜けてなくて」


 副長が言うと、またも周囲の兵士たちが口々に、


「そう言うお前は随分とお上品になったよな?」

「あんなに荒っぽかったのに、今はそんなにましちゃって」

「議員と飯を食う時のやり方なんか――」

「今の時代、向こうのやり方に合わせないと生き残ってはいけません。喋り、振る舞い、作法……議会の連中には『同類』だって思わせないと」


 揶揄やゆするような兵士たちを遮り、副長はきっぱりとそう言った。


「えっと、喧嘩しないで頂け――あー、くれる? 普通に話すから。僕も丁寧な言葉遣い、そんなに慣れてる訳じゃないしね」

「君の年齢にしては十分すぎるくらいだと思うが」

「さっきも言ったけど、見た目ほど小さな子供って訳じゃない――と、思う」


 呆れたような灰被りに、僕は曖昧あいまいにそう答えた。


「自分の年も思い出せない」と、既に説明してしまっていたから。


「どうかね。君の感覚を信じてやりたい気持ちもあるけど」

「この子の年なんてすぐに分かりますよ。それ以外も全部。こんな特徴的な子ども、いなくなっていれば噂になってる。その辺の村を幾つか回れば、手掛かりくらい掴めるでしょう」


 副長は殊更ことさら楽天的な様子でそう言った。多分僕を安心させるために。


 ただ、その時の僕には、自分の身よりも案じられることがあった。


「ねえ、灰被り。さっきの話だけど」

「どの話だ?」

「仕立て屋の。もし仕立て屋に追いついたら……殺す?」


 灰被りは迷うことなく、


「殺す」

「ちょっと灰被り!」


 副長がとがめたけど、灰被りはそれを無視して、淡々と言う。


「君は見た目の割に大人びている。ならわかるだろう? 私達は武器を取って、王族に逆らった。一旦いったん始めた以上、根は徹底的に絶やさないといけない。

 貧乏な家に生まれた私達が苦しんで、憎んで、耐えられなくなって王族貴族どもを殺しまくる。あいつは王の娘に生まれて、王が負けたから殺される。どうしようもないことだ」


 そう言ってから、流石に僕に悪いと思ったのか、灰被りは済まなさそうに、


「……悪い。いくら何でも、子供相手に残酷だった。だが不要な誤魔化ごまかしはしたくない」


 僕は軽く頷いた。それ以外できることも無かった。


 副長が灰被りに説教している横で、僕は灰被り達が仕立て屋に追いつかないことを、心から祈った。

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