エピローグ番外編 目指せダンジョンマスター




~目指せダンジョンマスター~




――2年前。迷宮のそばにある街ダンジョニア




 クミホは激怒した。必ず、かの邪知暴虐じゃちぼうぎゃくのサブマスターを除かねばならぬと決意した。


 クミホは人間ではない。見た目は人間に近いが九尾の狐というモンスターである。


 クミホには夢があった。世界全土を支配下に置いた魔王バアルのような偉大なダンジョンマスターになるという夢が。しかしダンジョンマスターになるには合格率1%の試験に受からねばならぬ。山ほどの参考書に囲まれクミホは悟った。こんな勉強に意味があるのか。ダンジョン運営は実戦だ。机上の理論をいくら学んでも意味はない。


 実際のダンジョンをこの目で見て回ること。それこそが真の勉強ではないかと。


 夢を叶えるための勉強としてクミホは世界各地のダンジョンを見てまわることにした。しかし問題があった。


 世界は魔王バアルが滅ぼしてしまっている。ダンジョンに挑む敵対勢力はもういない。よってこの世界には正常に稼働しているダンジョンはもうないのだ……


 いやあるのだ。ひとつだけ。


 【地下墓地迷宮キャタコンベ】。


 このダンジョンは世界で唯一正常に稼働している。世界が滅んでいるのになぜこのダンジョンだけが稼働しているのか。人間が近くに住んでいるからである。


 キャタコンベは迷宮のそばにある街ダンジョニアと呼ばれる街に隣接している。ダンジョニアには3,000,000人を超える人間が住んでいる。ダンジョニアに住む人間はキャタコンベの攻略を目指す。キャタコンベはダンジョニアの人間の命を奪うことで運営されていた。


 クミホはキャタコンベを見学する前に、まずダンジョン攻略者の街【ダンジョニア】を訪れた。そこのカフェでキャタコンベに関するうわさを聞いた。


『キャタコンベのモンスターたちは面白半分に人間を殺す。負傷させた冒険者を捕らえ、なぶり、尊厳を奪い抜いた上で殺害する』


 それを聞いてクミホは激怒した。


 ダンジョン内で冒険者の命を奪わなければをダンジョンを運営することはできない。ダンジョンと死を切り離すことはできない。それは仕方がない。


 とはいえ人間の命をもてあそぶ必要はない。ダンジョンに挑む者の尊厳を踏みにじる必要はないのだ。死を恵みとするダンジョンだからこそ死にゆく命に敬意を払わねばならぬ。命を尊重しないダンジョンに未来はない。


 腐りきったキャタコンベ……そのマスターの性根を叩き直してやらねばならない……いやむしろ、


「キャタコンベを攻略してワッチがマスターになってやる!」


 ダンジョンマスター検定が机上の試験とするなら、実際にダンジョンを攻略しダンジョンを奪うことは実戦の試験。優秀なものが劣った者にとってかわるのは自然の摂理なのだ。


 そうと決めたら即行動だ。キャタコンベを攻略するには冒険者になる必要がある。クミホは冒険者協会へ出向いた。




   *




 冒険者協会は男たちのむさくるしい熱気に満ちていた。


 クミホは中身はともかく見た目はかわいらしい少女だ。しかも狐耳の巫女装束という非常に目立つ格好をしていた。


「おいおいおいおい、お嬢ちゃん派手な格好でどうしたの~? ここはマニアのお店じゃないんだぜ? 春を売るなら……ぶぎゃら!」


 絡んで来た冒険者を一撃でぶっ飛ばすとクミホは受付嬢に言った。


「ワッチはクミホ、冒険者登録よろしく!」


「新規のご登録ですね。身分証はございますか?」


 受付嬢の問いにクミホは眉を顰めた。


 クミホはそもそも人間ではない。異世界からやって来た人外である。見た目は人間に近いが、身元を証明するものなど持っているはずもなかった。しかしクミホは馬鹿ではない。


「あるわい!」


 こうくる思ってクミホは予め身分証を偽造していた。ダンジョニア魔法学院の学生が落とした学生証を改造したものだった。


「魔法学院冒険者学科1年生……クミホ様ですね……確認しますので少々お待ちください」


「あ……」


 まずいことになった……学院に確認されれば一発で偽造がバレる。


 クミホが内心焦っていると、「ぶぎゃら!」「ぶぎゃら!」「ぶぎゃら!」という男性冒険者たちの悲鳴とともに、3名の女性が冒険者協会に入ってきた。


 3名は王宮の舞踏会から抜け出たかのような豪奢なドレスを身にまとい、サイドに垂らした長い髪を螺旋状にロールしていた。3名の気品あるたたずまいが肥溜めのような冒険者協会の雰囲気になじめず得も言われぬ違和感を醸し出している。


「お姉さま!?」


 クミホの表情が明るくなった。


 彼女たちの名前はグレートヒェン、へレネー、マルガレーテ。彼女たちも人間ではない。見た目は人間そっくりだがメフィスト三姉妹と呼ばれる実力派のモンスターだ。クミホが師事する“先生”の姉弟子でもある彼女らとは”お姉さま”、”クミホ”と呼び合う間柄であった。


 彼女らの登場に、張り詰めていたクミホの心はいくらか和らいだ。


「先走ってはいけません、クミホ」


「“先生”の指示でお手伝いに参りました」


「きっとお役に立てると思いますわ」


 三姉妹は優雅なオーラを振りまきながらカウンターに進む。受付嬢に「わたくしたちこういう者ですの……」とそれぞれカード――冒険者登録証明カード――を受付嬢に差し出した。


「S級冒険者 兼 ダンジョニア魔術学園講師 ”高貴なる”グレートヒェン」


「同じく ”しとやかなる”ヘレネー」


「さらに”やんごとなき”マルガレーテ」


 瞬間、「S級!?」「二つ名持ちだと!?」と冒険者協会はざわついた。受付嬢はあんぐりと口を開けたまま、見開いた目線を、カウンターに置かれたカードとグレートヒェンたちの顔に行ったり来たりさせている。


「クミホ、わたくしたちこれでも有名な冒険者ですの」


「さらに魔術学園の教師もやっておりますの」


「クミホの身分を証明することもできますのよ」

 

 まさに渡りに船! クミホは三姉妹に身分を証明してもらい晴れて冒険者登録をすることができた。


「ありがとう! お姉さま」


 クミホは三姉妹に礼を言うと、そそくさと冒険者協会を出ていこうとした。


「お待ちなさい、あわて者」


「ダンジョンに潜るなら”ダンジョン攻略申請”をしなければいけません」


「そしてB級以下の冒険者はダンジョン攻略の際、原則4人以上のパーティを組む必要がありますよ」


 そうだったのか。クミホは軽く握った拳で頭をとんとん叩き、ウィンクしながら舌を出して言った。


「てへぺろ」


 その一言ですべての罪は許された。クミホと三姉妹はパーティを組み、地下墓地迷宮キャタコンベを共に攻略することになったのだ。


 パーティー登録名は「ナインテイルズ」。九つの尾という意味である。


「ダンジョン攻略申請書に”ダンジョン最深部を目指す”とありますが、正気ですか!?」


 驚愕する受付嬢の問いに「当ったり前だあ!」と答えると、クミホは今度こそダンジョンに向かった。冒険者協会を出るなり全速力で駆け出し、遠ざかっていくクミホ。その後姿を見ながら三姉妹は言った。


「あらあら。クミホは足が速いわね」


「仕方がありません、わたしたちも走りましょう」


「わたくしたちを振り回すなんてやっぱり大物だわ、あの子」




   *




 地下墓地型迷宮キャタコンベ。


 全50階層の地下埋没型迷宮である。ただし50階層を踏破した冒険者はいない。


 ダンジョン内にはスケルトンやゾンビをはじめとしたアンデッドモンスターが犇ひしめき、階層を降りるごとにモンスターたちの強さが増していく。


 5階層ごとにボスモンスターが配置されており冒険者たちの行く手を阻んでいる。ボスモンスターがドロップするアイテムは階層踏破の証明となり、それを入手するほどに冒険者たちの待遇は良くなる。

 

 特に比較的討伐が容易な第5層のボスモンスターのドロップアイテムは1年以内に入手できなければ冒険者失格の烙印を押される。そのたため第5階層のボスフロアの前には順番を待つ冒険者たちの長蛇の列ができていた。


 そのほとんどは学生をはじめとするダンジョン攻略初心者である。


「どけどけどけどけぇ~!」


 最後尾に並んでいた学生が振り返ると、狐耳のアクセサリーをつけた少女……クミホが気炎を吐きながら凄まじい勢いで迫ってきていた。かわいい。


「おいおい順番は守ろうよ。きみはダンジョン攻略のマナーも知らないのか」


 掛けた眼鏡をくいっと上げながら学生が注意するとクミホは言った。


「マナーでダンジョン攻略はできないよ! どいて優等生!」


 クミホは人波に突っ込むとすさまじい手さばきで列をかき分けながら、どんどん先へ進んでいった。「なんて奴だ」「マナー知らずの野蛮人」など冒険者からの罵声はものともしない。冒険者の中にはクミホに殴りかかるものもいたが、その者たちはクミホの武術の前にあえなく返り討ちにあっていた。


 クミホに押しのけられ、倒され、すっかり乱れた長蛇の列を眺めながら学生は言った。


「めちゃくちゃだよ……」


 たったひとりの少女によってダンジョンのマナーは破壊されてしまった。しかし理不尽を押し通す少女の強さ……冒険者を志す彼はその強さにすさまじいあこがれを抱いた。そして少女はかわいかった。


「マナーでダンジョン攻略はできない……か」


 胸の高鳴りを覚えながら消えゆく少女の後姿を追っていると、後ろから「ごきげんよう」「ごきげんよう」「ごきげんよう」と声がした。振り返ると普段お世話になっている”S級”三姉妹先生方が息を切らしながら全速力で走っていた。


「あ! 先生! こんにちわ」


「あら。グラース学生ごきげんよう。狐耳の女の子を見ませんでした?」


 「それなら奥に」とグラース学生が言うと三姉妹先生方は軽く会釈をし、通り過ぎざまに言った。


「わたくしたちあの女の子とパーティを組みましたの」


「パーティの名はナインテイルズ」


「ダンジョン最深部を目指す淑女のパーティ、ナインテイルズです。よろしくお願いしますわ」


 ナインテイルズ……ナインテイルズ……クミホに倒されうめく冒険者たちは報復の対象としてその名を心に刻み込んだ。押しのけられた冒険者たちはナインテイルズの名を”マナー知らずの乱暴者”として認識した。この時点では。




   *




 クミホは全力でダンジョン攻略を攻略した。詳細は省くが次々にボスモンスターを撃破した。


クミホ VS ボスモンスターの対戦戦績

────────────────────


第5階層

――VS ビッグゾンビ――勝者:クミホ(決まり手:狐火)


第10階層

――VS サージェントスケルトン――勝者:クミホ(決まり手:狐火)


第15階層

――VS エムエフゴースト――勝者:クミホ(決まり手:狐火)


第20階層

――VS エイシェントミイラ――勝者:クミホ(決まり手:狐火)


第25階層

――VS ジェネラルスケルトン――勝者:クミホ(決まり手:稲荷破砕流・鯉幟いなりはさいりゅう・こいのぼり


第30階層

――VS ダンシングヘッド――勝者:クミホ(決まり手:炎属性・煉獄火炎ほのおぞくせい・れんごくかえん


────────────────────




 クミホはここまでを一切止まらずに駆け抜けた。大きな実力差のある相手を焼き尽くすスキル──≪狐火きつねび≫を用いて20階層までを突っ切り、≪狐火≫が通用しない敵が現れはじめた20層以降は武術と魔法を駆使して攻略した。


「はあ、はあ、はあ……」


 ここまでの道程をたったひとりで踏破したクミホだったが、さすがに息が上がってきた。体力にも魔力にも限りがある。≪鑑定≫スキルで敵の弱点を見極め一撃で仕留めて消耗を抑えてきたものの、そろそろ休憩が必要だ。


 第34階層まで来ると人間の冒険者の姿はほとんどない。クミホは魔法のカバンから、スタミナポーションとマジックポーションの瓶を取り出し、コルク栓をぬくとそのままゴクゴク飲んだ。


「かあ~、不味い!」


 良く効くポーションほど不味いのだ。飲んだ空瓶は紙袋に入れ、口を縛ってから魔法のカバンにしまった。ダンジョンを必要以上に汚さないための配慮である。


 その時だった。


「おお! いたいた! 見つけたぜ!」


 数人の男性からなる冒険者のパーティと遭遇した。本来ダンジョン攻略を目指す冒険者同士。敵対する理由はないがむさ苦しいダンジョンの中でクミホは少々目立っていた。かわいすぎたのだ。


「ひひひひ、かわいいお嬢ちゃんがひとりでダンジョンに潜ってるって上の仲間が教えてくれてね。おじちゃんたちお嬢ちゃんが来るのを、ず~と待ってたんだよぉ」


 冒険者のパーティのひとりが言った。劣情のこもったねばねばした視線にクミホは眉をひそめた。


「ここから先はお嬢ちゃんひとりじゃあ危ない。おじちゃんたちと一緒に行こう、ね?」


 無精ひげを口回りに蓄えた冒険者が、カサついた唇の間から黄色い歯をのぞかせていった。吐く息まで黄色く染まっていそうな不潔な男だ。


 クミホは冒険者たちに手をヒラヒラと振って「あっちへ行きなよ」と言った。


「ゲヘヘア! さすがここまで来ただけあって気が強いねえ!!」


 冒険者たちは笑った。ブチのめそうかとクミホは思った。だが34階層で気絶などしたら、ダンジョンを徘徊するアンデットモンスターに高い確率で殺されてしまう。


 残酷に人間を殺すマスターを倒すためにクミホはキャタコンベに挑んでいる。命の尊厳を守るために。ここでこの人間たちを死なせてしまっては、そのマスターと同類になってしまう。そんな気がする。


 そう思うと人間たちに対して暴力を行使することはためらわれた。一応説得してみるか。


「おじさんたち、大人なんだから“時と場所をわきまえよ”って言葉の意味は当然知っているよね。ダンジョンはエッチなことをするところじゃないよ。合理的に考えてエッチなことは安全な場所で双方の合意の上でやったほうが楽しいでしょ。だからワッチに構わず帰りなさい。はい論破」


「エッチだとよぉ!!」


「この娘、期待してやがるぜえ!!」


 冒険者たちはゲヘヘヘヘハと笑った。少々論理に飛躍があったことが認めるが渾身の説得を切り抜かれ下品に笑い飛ばされクミホはむっとする。こいつらは死ぬかもしれないがしょうがない。ぶっ飛ばすか。とクミホが思った時だった。


「あらあらあらあら、こんなところで何をやっているのかしら?」


「クミホ、それから卒業生の皆さま、ごきげんよう。皆さま立派になられたようですね」


「立派なクズに……ふふふふふ」


 グレートヒェン、へレネー、マルガレーテの三姉妹が到着したのだった。


 三姉妹を前にして下品な笑みを浮かべていた男たちの顔が急に引き締まった。男たちは三姉妹の教え子だったのだ。


 「あ、先生どうもです」と言うや、クミホを取り囲んでいた男たちは回廊沿いに背筋を伸ばして整列した。冒険者としてそれなりに名を馳せた今でも三姉妹には頭が上がらないのだった。


「釈明をしますか?」


 長女のグレートヒェンが尋ねると「いえ」と男のひとりが首を横に振った。


「ならば立ち去りなさい」


 次女のヘレネーが言うと「わかりました」と男たちはそそくさと退却の支度を始めた。


「あ、そうだ。帰ったら”ナインテイルズに34階層で会った。命を救われた”と言いふらしなさい」


 「命を?」と男ひとりが疑問を口にしたが、三女のマルガレーテがニコニコ笑いかけるとすぐさま「はい、わかりました!」と素直に応じた。男たちは三姉妹にいろいろ弱みを握られているのである。


「頑張って宣伝してくださいね」


「いいですか。わたくしたち4人はナインテイルズです」


「ナインテイルズをよろしくどうぞ」


 「はい先生! 失礼しました」と男たちは立ち去った。


「お姉さま、助かったよ。ワッチ……あの人たち死なせちゃうところだった」


 とクミホが三姉妹に礼を言う。「礼にはおよびません。問題児の指導は教師のつとめ」とグレートヒェンが言った。


「それにしてもひとりで行ってしまうなんて困った妹弟子です」


「全力で走ったのに全然追いつけませんでしたわ」


「ウデを上げましたねクミホ。ここから先は全員で行きますよ」




   *




 4人体制となりダンジョン攻略は順調に進むかに思えたが、深くなるにつれダンジョンの難易度は上がっていく。それでも4人は次々にボスモンスターを撃破した。



ナインテイルズ VS ボスモンスターの対戦成績

────────────────────


第35階層

――VS 予母都志許売ヨモツシコメ――勝者:ナインテイルズ(決まり手:デルタアタック)


第40階層

――VS スケルトンエンペラー――勝者:ナインテイルズ(決まり手:エプシロンアタック)


第45階層

――VS 冥界王ハーディス――勝者:ナインテイルズ(決まり手:体当たり)


────────────────────



 ナインテイルズは現在49階層にいた。


 さすがの4人も疲労困憊の極みであった。45層のボスモンスター冥界王ハーディスはかなりの強敵だった。三姉妹の連携必殺技デルタアタック、デルタアタックにクミホを加えた四人連携必殺技のエプシロンアタックを直撃させても倒せず、魔力と体力を限界ギリギリまで消耗し、死力をつくした体当たりでどうにか勝ちを拾った。


 その後ポーションなどを使って回復はしたが、魔力も体力も万全とはいいがたい。この状態で第50層のボス――サブマスターに挑まなければならないのだ。


「まあ……切り札は温存できてますから」


 クミホは言った。いざとなれば切り札中の切り札≪世界召喚≫のスキルを使う。世界召喚は強力なスキルだが使用後に相応のデメリットを負うことになるため連戦には向かない。最後の戦いまでこれを温存できたのは幸運だった。


「お姉さま、行きますよ」


 「ええ」と三姉妹はうなずいた。ボスフロアに続く扉を開く。これが最後の戦いだ。



   *




 扉を開くと、広々とした部屋には長い机があった。その席にはクミホたちが倒してきたボスモンスターの面々が着席していた。ボスモンスターは死んではいなかった。倒される直前にこの部屋に転送されていたのだ。


 テーブルの上座にはオールバックの髪型でメガネをかけた男が座っている。その男を見た瞬間、クミホの背筋が凍った。男は射貫くような鋭い視線をクミホに向けた。


「ひっ!」


 男の一瞥でクミホは凍り付き、気をつけの姿勢で固まった。


 男は立ち上がりゆっくりとした足取りでクミホに近づいてくる。クミホの全身から冷や汗があふれた。


「さて。まずは攻略お疲れ。そしてこれから説教だ。問題児の指導は教師のつとめだからね」


 メガネの男──ベームベームはクミホの師匠に当たる人物である。クミホはベームベームのことを親しみを込めて“先生”と呼んでいた。


「あのさクミホ。常識的に考えてごらん。僕たち仲間だよね? 味方が味方のダンジョン攻略するっておかしいよね?」


「は、はい!」


 クミホは魔王バアルの配下である。キャタコンベを運営しているのも魔王バアルの配下だ。今回キャタコンベは味方のモンスターによって攻略されたということになる。


「今回クミホの暴走のせいでキャタコンベのモンスターが壊滅的な被害を受けるところだった。その補償はどうするつもりだったの?」


「わ、ワッチがマスターとなって効率的かつ独創的なダンジョン運営を行うことで補償するつもりでした!」


「おや? きみはまだダンジョンマスター検定に合格していない……資格がないものがマスターにはなれないのはわかっていただろう?」


「こ、ここのマスターを倒してマスターの権限さえ奪ってしまえば資格はなくても大丈夫かと!」


 ベームベームは「大丈夫なわけがないよね」と冷たく言い放つ。クミホは「は、はい! そのとおりです!」と奥歯をガタガタ鳴らしながら言った。


「クミホ、今回きみがしたことはクーデターに該当しデリートされてもおかしくない重罪だ」


「く、クーデターなんて誤解です! わ、ワッチは、き、キャタコンベを良くしようと……う、うぅ」


 尊敬する師匠ベームベームに無慈悲に詰められクミホは泣いてしまった。考えるまでもなくクミホのやったことはクーデターそのものであった。


「とはいえ正規の手順を踏んでダンジョン攻略をしたことはよかったかな。それにきみは人間達を殺さなかった……反吐が出るようなクズもね」


 ベームベームはクミホの頭をわしゃわしゃとかいた。


「グレートヒェン、へレネー、マルガレーテ。君たちもご苦労だった」


 三姉妹は両手でスカートを広げながらお辞儀をした。


「すべて“先生”の指示通りです」


 ベームベームは「うん」と満足そうにうなずいた。クミホの暴走を察したベームベームは三姉妹に命じてクミホとパーティ【ナインテイルズ】を組ませた。そして【ナインテイルズ】の知名度を上げるためあちこちで宣伝してまわらせた。


 ベームベームはクミホに向かって言った。 


「クミホ、君には2つの罰を受けてもらう」


「は、はい……」


 クミホは涙を浮かべた瞳でベームベームを見た。死刑か重労働か……それとも男たちの慰み者にされるのか。恐ろしくてたまらない。


 ベームベームは言った。


「クミホ、今日から史上初めてキャタコンベを踏破した冒険者パーティー【ナインテイルズ】の一員として人間達の羨望を集めること。それが君へのひとつめの罰だ」


「へ?」


 クミホは拍子抜けした。それが罰なのかすらわからないほどだ。人間たちは弱くてクズばかりで関わることに全くメリットを感じないが、死刑や重労働に比べれば全然ましだった。


「具体的にはクミホはダンジョニアで贅沢に暮らすんだ。そうすればみんなうらやましがるだろう? それがダンジョン攻略者の人口を増やして冒険者のレベルを上げることにつながる。人間達のレベルが低いと殺したときに大したポイントを獲得できないからね」


「はい……わかりました。もうひとつの罰は?」


 ベームベームは意地悪な笑みを浮かべた。


「今から一生懸命勉強してダンジョンマスター検定合格を目指すこと」


 クミホは「あ、あはは」と言いながら頭を掻いた。試験勉強から逃げて騒動を引き起こしたのがばれてしまっている。


「大変だよ? ナインテイルズとして活動しながら勉強もしなきゃいけないんだから」


「それは……とても重い罰ですね……」


 クミホは笑った。




   *




 クミホはその後伝説のパーティ【ナインテイルズ】のメンバーとしてこの街で人気者になる。冒険者と交流する傍ら、ダンジョンマスター検定の勉強を続け、難関試験を合格する。


 クミホが魔王バアルから『星屑の森』の初代サブマスターに任じられるのはその1年後のことである。



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