エピローグ番外編 レーナの秘密




~レーナの秘密~




   *




───ファーリスのダンジョン、第49階層、医療エリア。




 医療エリアはケガ人であふれていた。星屑の森との戦いはわたしたちのダンジョンに壊滅的な被害をもたらした。


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○対星屑の森 人的被害内訳


【バトルチーム焔】

・焔……軽症。現在回復。

・わたし……クミホの魔法攻撃で重傷。現在ほぼ回復。

・朱実……クミホの斬撃で重傷。

・蜻蛉……バアルの魔法攻撃で重症。現在回復。


【バトルチーム小夜】

・小夜……軽症。現在回復。

・詩月……フルートの突撃で重傷。

・エトール……フルートの突撃で重傷。

・リンドウ……銃撃により重傷。


【その他】

・アスタリッテ……マリン66号により重傷を負うも現在回復。


【軍】

・死者の軍勢……50%が損壊。指揮系統の機能不全により90%が行動不全。

・病んでる人……主に銃撃により60%が死亡。指揮系統の機能不全のため90%が行動不全。


【情報機関】

・ジェービー……マスターの手でデリート。

・アリス……マスターの手でデリート。

・シキ……片輪破損の重症を負うも現在回復。


────────────────────



 重傷者多数の壊滅的な状況だ。バトルチームは焔、小夜のリーダーを除くメンバーが重傷。わたしも背中にクミホの炎を受けて重傷を負ってしまった。おおよそ回復した今も背中が少しひきつる感じがする……


 とはいえわたしたちの復帰は早いと思う。


 アリスの死後、第49階層は大規模な改修が行われた。異世界の魔力が人工的に充填され異世界の環境を擬似的に再現されたのだ。これによりこの階層では異世界の回復魔法を使用できるようになった。


 色魔術は回復魔法少ない。それを異世界の回復魔法で補えるようにマスターが心と予算を尽くしてくれたのだ。


 回復魔法のおかげでわたしのケガはずいぶんよくなった。焔は異世界の魔法におおはしゃぎ。あっという間に回復魔法を習得してみんなの治療を手伝った。


 焔の魔法を何度か見るうちにわたしも回復魔法を使えるようになった。みんなに回復魔法のやり方を教えたら、みんなも回復魔法を使えるようになった。みんなで回復魔法を掛け合っているので回復も早い。朱実や詩月はまだまだ回復しきっていないが想定よりもずっと早く復帰できそうだ。


 気になるのはマスターたちだけで森のダンジョンを守れるのかということだ……だが一足先に復帰した蜻蛉によれば、森は現在アスタリッテ無双らしい。なんでも森の索敵と諜報と戦闘をこなしながら原生モンスターたちの統率をしてくれているとのこと。ついでに回復と称してマスターといちゃいちゃしているとのこと。


 アスタリッテはわたしなんかとっくに追い越してマスターの役にたっている。恋人のジェービーが死んで落ち込むどころか、元気に立ち直ってマスターといちゃいちゃしているなんて。アスタリッテは精神的な強さに焦らずにはいられない。


 マスターはマスターで、わたしたちが負けたクミホを相手に戦い勝ったという。マスターがどんどん遠くに行ってしまう、おいて行かれている感じが寂しい。


 早く復帰したい。みんなの役に立つために。


「厳しい顔をしているわよ」


 話しかけてきたのは小夜だった。小夜たちのチームもフルートに負けた。小夜以外は全員重傷を負ったけど今はほとんど回復している。


「小夜もさえない顔をしてるよ」


 小夜はふうと深く息を吐き出す。


「まいっちゃうわ。私負けてばかりで」


 小夜の場合は相手が悪いと言うか相性が悪いと言うか。リコリスにしてもフルートにしても小夜を殺すために存在しているかのような相性の悪い相手だった。


 あのふたり相手に命を繋ぐことができたのだから、今後小夜に勝てる相手はそうそう現れないのではないか。


 ……というのは気休めか。


 小夜は敵に能力の情報を知られ、森での戦いでは徹底的に対策をとられていた。敵が情報を共有している以上、今後も対策をとられる可能性が高い。


 小夜もそれがわかっている。だから浮かない顔をしているのだろう。


「生き残った方が勝ちだよ」


 と、とりあえず言っておく。生きてさえいればきっと今より強くなれるから。小夜の色魔術はまだまだ伸びる余地がある。メンバーとの連携だってもっとよいものにできるだろうし。


「ありがと」


 不安を無理やり押し殺すように小夜は笑った。


 敵に対策をされているなら、こちらも知恵と努力とチームワークで対策を上回るしかない。そうしなければ生き残っていくことはできない。


「さて今日からお願いね」


「がんばろうね」


 小夜とわたしは第48階に続く階段を上がった。48階層は現在わたしたちの訓練場になっていて、ケガから復帰したメンバーたちがリハビリと訓練を行えるようになっている。


 とはいえ復帰してるのは小夜と焔だけだけど。わたしもケガがよくなってきたので今日からリハビリをするのだ。




   *




 第48階層はとても広い大部屋だ。


「おお来たかレーナ!」


 焔がわたしと小夜を見つけるなり駆け寄ってきた。表情は明るいが服はあちこち焼け焦げ汚れている。厳しい修行を積んでいるのだ。クミホたちに負けたという事実は焔にとって耐え難かったのだろう。かくいうわたしも悔しくてたまらない。


「今日からまたよろしくね」


 挨拶をすると「うむ」と焔は頷いた。それから「おや?」とわたしをじっとみつめた。


「休んどるうちにまたスキルが増えたようやなレーナ……なになに≪世界召喚:うんちゃらかんちゃら≫………」


「世界召喚!? うんちゃらかんちゃら!?」


 小夜も驚いている。


 実はわたし……スキルが増える体質だっのだ。前までは≪念話≫しか使えなかったのがが、戦闘の訓練や実戦の経験を積むうちに≪魔法創造≫、≪魔法適正:S≫、≪教え上手≫、≪教わり上手≫のスキルをこっそり習得していた。


 6つ目のスキルは≪世界召喚≫かあ……スキルが増えるのは嬉しいけど……なんか嫌な予感もする……ドキドキしてきた……


「どうやって発音したらいいかわからんけど≪鑑定≫で視えとる文字はこんな感じやな」


 焔は炎で空中に文字を書いた。


『世界召喚:hdghiknvf457』


 わたしはこの文字列に見覚えがあった。間違いない。マスターが接続している次元プロバイダーがたしかhdghiknvf457だった。


「レーナが生まれた世界ってこと?」


「こんな名前の世界があるんやな」


 わたしはみんなに言ってないことがあった。


「じつはわたしこの世界にくる前の記憶がないんだ……」


 記憶喪失のマスターを支えるわたしも記憶喪失では不安を与えてしまう。わたしは過去の記憶がないことをみんなに隠していた。幸いなことにダンジョンシステムやダンジョン運営に関する知識は豊富に持っていたから、追求されないで済んでいたけど。


「そうやったんか……それでレーナは故郷の話ぜんぜんせんかったんやな」


「……せっかく世界召喚が使えるようになったのにもったいないわね」


 異世界の魔法を使えるようになるところが≪世界召喚≫の最大のメリットだ。ところがわたしは前の世界の記憶がないので世界召喚を使っても異世界の魔法は使えない。


「でも敵が世界召喚を使って来たときは役に立つかも」


 異世界魔法が使えないわたしの世界召喚はほとんど役に立たなそうだが、敵の世界召喚の上書きには使える。


「せっかくやから今日はレーナの≪世界召喚≫の練習しよか。ゆくゆくは敵の世界召喚を上書きできるようにな。けっこうコツがいるんやで」


「世界召喚の持続時間や解除後のデメリットを把握することも大切だわ」


 焔と小夜はわたしが世界召喚を使う前提で話を進めている。


「待って待って。わたし前の世界の記憶がないから世界召喚を発動するときの呪文もわからないし」


「大丈夫や。世界召喚を発動させようと強く願えば、呪文は口から勝手に出てくるもんやから」


「世界召喚発動の呪文は魂に刻まれるもの、記憶がなくても使えると思うわ」


 なるほど。みんなそうやって≪世界召喚≫を使っていたんだ。


「さあ、やってみよか」


「がんばってレーナ!」


 もうやるしかない。わたしは覚悟を決めて≪世界召喚≫を使うことにした。スキルを使おうと強く願う。すると呪文が頭に浮かんだ。それを口にしてみる。


「001000000000010010、hfchkkknngff、0101000011000、hddfghjo、■■■■■、■■■■■、■■■■■───≪世界召喚セカイショウカンhdghiknvf457カミノセカイ≫」


 自分の口から出てきたのはじつに気味の悪い呪文だった。自分で唱えておいて背筋がゾッとする。


 これで≪世界召喚≫が発動するのかはわからないけど……ちゃんと出来た実感はあった。


 かくしてスキルは発動した。


 スキルの発動とともにわたしを中心とした真っ白な空間が広がっていく。空間には“001000000000010010”といった数字やや“よくある質問……”、そして“カーソル”などの情報があちこちを飛び回っている。


「ああ」


 なつかしい……気がする。わたしの故郷の風景が再現されているせいなのかな。


「すごいな、なんやこれは!?」


「これがレーナの世界なのね!」


 小夜と焔はわたしの世界の風景にテンションが上がっている。


「すごいわレーナ! 一回で世界召喚を成功させるなんて」


「世界召喚を使うと能力がかなり上昇するはずや。ちょっと飛んだり走ったりしてみ」


 焔に言われたとおり、飛んだり跳ねたりしてみると確かに身体能力が上昇していた。いつもよりも体が軽い。なるほど世界召喚で自分を強化するという使い方もあるのか。


「それにしても興味深い世界やな」


「そうね。まるでマスターの能力を共有ディスプレイで視ているみたいだわ」


 たしかにこの世界はマスターの能力にそっくりだ。ダンジョンマスター管理システムに。


「今日は無理せず世界召喚が切れるまでレーナの世界を観察しよか」


「そうね。レーナの記憶が戻るきっかけになるかもしれないし」


 この世界にはたくさんの情報があふれている。わたしの過去に繋がる情報もあるかもしれない。


「ねえ、焔、これ、わたしたちの名前じゃない?」


 小夜が世界に表示されている数多の情報の中から目ざとく手がかりになりそうな記述を見つけた。


「朱実、蜻蛉……詩月、エトール、リンドウ……」


「ウチらのダンジョンの【モンスター一覧】やないか!」


「みて! ダンジョンの階層の情報もあるわ!」


 ……どういうことだろう。これではまるで世界召喚というより……


「なんか……これってマスターの能力を現実に再現した感じやんな?」


「そうね……あまりにもわたしたちのダンジョンに関連した情報が多いわ」


 そのときだった。


(ヘルプアシスタント……来たのですね……)


「誰?」


 念話に近い声がわたしたちのアタマの中で響いた。そして気がつくとそれはわたしたちの前に現れていた。


「髪切るまえのレーナや」


 それは、わたしとそっくりの顔をした金髪の女……髪は私より長い。しかしこの『わたし』なぜか何も着ていない……全裸だ。みているわたしのほうが恥ずかしくなってきた。


「このレーナ……実体がない……きっと文字やカーソルと同じ情報なんだわ」


「情報がレーナの顔して話しかけてきたわけか……いろいろと規格外な世界召喚やな……」


 女は……裸の『わたし』はわたしたちに向かって深々とお辞儀をした。服を着ろ。せめておっぱいを隠せとわたしは思った。


(現実の皆さん。わたしは【ダンジョン管理システム】と申します。ヘルプアシスタントが……レーナがお世話になっているようですね)


「ダンジョン管理システム?」


 やはりこの裸のわたしはマスターの能力と何らかの関係があるのだ。


「あんたレーナのなんなん? 知り合いか?」


 裸のわたし……ダンジョン管理システムは言った。


(わたしたちはレーナの世界召喚によって現実に喚ばれた“情報”です。レーナはもともとわたしたちと同じ情報だったのですが)


「わたし情報なの?」


(正確にはダンジョンマスターをサポートするためのヘルプアシスタントという情報。今は違います。今のあなたは、肉体を持ち、名前を持ち、生きて死ぬことのできるレーナです)


「絵の人物がこの世界に出てきた感じかしら」


(それに近いです)


 そうなんだろうな、という気はした。マスターのぶっ壊れた能力が、わたしという情報をシステムの中からこの世界に喚びだしたのだ。


 やっぱり。という感情と、

 まさか。という感情がごちゃごちゃに入り乱れる。


 情報から生まれたわたし……。急にわたしという存在がが空っぽな存在のように思えてきた。


「レーナ……落ち込んどるのか」


「……そうかも」


 と答えると、小夜がわたしの肩をたたいた。


「気にしなくていいの。私なんかもともとイヌなのよ?」


「ウチももともと狐や。レーナはもともとが情報やっただけのこと。レーナはレーナや」


 ふたりに言われると元気が出てきた。


「ありがとう」


(レーナ、現実世界で良い仲間たちに出会えましたね……)


 裸のわたしはぽろぽろ涙を流して泣いていた。情報のくせにと思わなくもなかったが、嘘泣きとも思えない。


 この人わたしのこと子供か何かだと思っているのかな? お母さんなの?


(さて、レーナ。もう気がついているかもしれませんがこの世界は主に“ダンジョン管理システム”の情報でなり立っています。ですからレーナ、世界召喚を使用している間はあなたもダンジョンマスターの力を使うことができるのですよ)


「まじか!?」


「すごいわ!!」


 たしかにそれはすごい。


 試しに“ひのきの棒”を購入してみたら、本当に購入できた。マスターの許可も得ずに。


 ダンジョンマスターの権限をわたしが好きなように利用できるのなら、例えばわたしピンチ→世界召喚→仲間たち全員召喚からの逆転、のようなこともできるようになる。戦略の幅と夢が広がる。


 マスターに内緒で焔たちと新しいダンジョンを作るのも楽しいかも……?


「そっかあ、わたしこのスキル好きになれそうな気がしてきた!」


「とても良い力ね。よかったわねレーナ」


「いろいろ規格外やがレーナの力や。誇りに思ったらええ」


 仲間たちの暖かさに包まれわたしはやる気に満ちていた。アスタリッテにもクミホにも負けないぞ!


(がんばってくださいねレーナ。応援していますよ……)


「ありがとう、ダンジョン管理システム……」


 裸の自分に礼をいうなんて、よくわからない状況だけどまあいいや。


(焔様、小夜様……いつもレーナに良くしていただいてありがとうございます。わたしが情報世界を代表してお礼を申し上げます)


「いえいえ、ご丁寧にどうも」


「私たちもレーナにはお世話になってますわ」


 わたしのお母さんを気取っているようでちょっと腹立つけど、自分の生まれ故郷がわたしを応援してくれていることは嬉しい。


 わたし頑張る! 


(あなたたちのような仲間がいれば、きっとレーナは“勇者”の重圧に負けず、いつの日か魔王を倒せると思います……)


「ん?」


「勇者?」


「魔王を倒す? わたしが?」


(あら? 口が滑りました……みなさんの記憶からは消しておきますね。さようなら)


 世界の風景にピシッと亀裂が入った。世界召喚が終わるのだ。


「待って、ちゃんと説明して!」


 と、わたしが言ったときにはダンジョン管理システムは消えていた。




   *




 風景が元の大部屋に戻った。わたしはぼーっとする頭で、ふたりに話しかけた。


「fghjjiooobfrddfj??」


「なんて?」


「レーナ?」


「fgjjkkfrdddgjjkk!」


 言葉が……通じない。


 仲間とコミュニケーションができなくなると言うのがわたしの≪世界召喚≫のデメリットらしかった。あからさまな弱体化ではないけど言葉が通じないだけで孤独感がすごい。


「それがレーナの世界召喚のデメリットか……」


「あまり弱体化しない分、長引くかもしれないわね……」


「ggbkiyddfg……」


 長引くのは嫌だなあ……。ちなみに念話でもダメだったし、筆談もできなかった。文字を書くことができなくなっていたのだ。絶対にコミュニケーションをとらせないぞ! という悪意を感じる。地味にキツいデメリットだ。


「その症状は時間がたてば回復するから心配せんでもええ」


「それにすごい≪世界召喚≫だったわよレーナ」


「そうやで新しいチーム戦術も考えんとな。面白ろなってきたで!!」


「ghjnhddghk!」


 言葉が通じなくても、わたしたちは心で通じ合っている。だからきっと大丈夫だ。


「ただ……何か大事なことを忘れているような気がするわ」


「ウチもや……」


「kojgfd……」


 というか世界召喚を使っていた間の記憶がもやがかかったように曖昧だ。


 わたしが情報で、世界召喚の使用中にダンジョンマスターの能力が使えることは覚えているのだが……ひょっするとコミュニケーション不全以外のデメリットを抱えてしまっているのかもしれない。


「まあまあ。レーナは今日はこの辺にして、あとはゆっくり休んでや」


「わたしたちはもう少しここで頑張るわ」


「khddeu!」


 仲間たちへの信頼と漠然とした不安を抱えたまま、わたしは第48階層を後にした。


 寝て起きたら言葉は喋れるようになっていた。

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