エピローグ/番外編
エピローグ番外編 アスタリッテとジェービーの顛末
~アスタリッテとジェービーの顛末~
──ファーリスのダンジョン、地上25階層(旧星屑の森25階層)、アラクネの里。
星屑の森との戦いから3日後、おれはアスタリッテのもとを訪れた。
ジェービーがマリン66号と同化した時、アスタリッテはジェービーの襲撃を受け、首を切られる重傷を負って治療を受けていた。ついさっきようやく面会の許可がでたのだ。
医療エリアのベッドの上でアスタリッテは窓の外を眺めていた。おれの面会に気がつくと戸惑うような表情を浮かべて、ベッドのそばの簡素な椅子に座らせた。
おれはしばらくアスタリッテと話した。星屑の森に勝ったこと、当分安心して暮らせそうなことなんかを。
ぽつぽつと会話を続けているうちにアスタリッテがふと思いついたようにいった。
「ファーリスさんは人を好きになったことがありますか?」
おれは言った。
「ないよ。そもそも人間に会ったこともない。おれの知り合いは人外だけ」
アスタリッテは「人間とか人外とかそういうことじゃないんだけど……」とつぶやいたあと、
「……じゃあ人外の子を好きになったことがありますか? つまり愛したことが」
「女の子はみんな好きだよ……だからおれのダンジョン、見た目が女の子のモンスターばっかり……」
「好みの問題ではなくて……その子たちを愛したことがありますか?」
「えーと、愛、愛ね……レーナやアリスに対する感情はそれに近いのかな。とても大切ではあるけど……愛なのかって言われるとよくわかんないや」
レーナとアリスに加えてなぜかバアルの姿が浮かんだがすぐにかき消した。
「つまりファーリスさんは恋愛経験がないんですね……? あれだけたくさんの女の子に囲まれているのに」
モテないんですねといわれているみたいで、ちょっと傷つくぞ。そういう意味で言ったのでないにしても。
「みんな見た目が女の子なだけで中身は戦闘民族なんだよ……」
「そうなんですね……」
会話って難しいな。
「わたしは好きでしたよ……ジェービーさんのこと……」
「愛していたってこと?」
「はい。襲われたときもあれはジェービーさんじゃないってわかってました」
ああ。アスタリッテがそう言ってくれて良かった。と、思ったがおれは違和感に気がついた。
「ジェービーじゃないってわかってたのに襲われたの??」
アスタリッテは少しの間目を伏せた。
「はい……」
そしてつづける。
「あの時わたし、わたしならジェービーさんを元に戻せるじゃないかって思ったんです」
「……」
あの時はおれもジェービーを元に戻せると思っていた。だが結果はダメだった。それどころかジェービーをおれ自らがこの世界から
「わたしたち両思いだったから……いけるんじゃないかって。愛の力で奇跡が起こるんじゃないかって。あの時、わたし襲いかかってくるジェービーさんにキスをしたんです」
「……あらマア!」
ジェービー、幸せ者め。
「結果はこの通りです」
アスタリッテは自分の首に巻かれた包帯を指先で撫で「ふふ」と自嘲した。
「わたし、なんだか夢をみてばかり……名前をもらえばリコリスさんより強くなれるって信じたり、愛の力で奇跡が起こるって思ったり……バカみたい」
アスタリッテの目にうっすらと涙がうかんだ。この子闇落ちしかけてるわ……ジェービーめ。おれの知らない間にいろんなところでトラウマわんさかこさえてたんだな……
「あのさアスタリッテ……おれ、君に渡したいものがあって」
「なんですか?」
「手を出して」
アスタリッテがおそるおそる手のひらを伸ばした。おれはアスタリッテのかすかに震える手のひらを両手で包む。アスタリッテのほほと耳が赤らんだ。
「ジェービーをデリートして得たポイントを君に加えたい。受け取ってくれる?」
「ええと……意味がよくわからなくて……ゼロから説明してもらっていいですか」
そうか、アスタリッテはそもそもダンジョンと縁遠いところから仲間になってくれたわけで、ダンジョンの知識がそもそも乏しかった。
おれはジェービーをデリートした経緯、デリートして得たポイントをほかのモンスターに加えることができること、おれはアリスのポイントを加えて強くなったことなどを懇切丁寧に説明した。
「そうだったんですね……ファーリスさんがジェービーさんを……」
「ごめん……」
「いえ……ファーリスさんもお辛かったと思います」
「そりゃ吐くほど辛かったよ……君ほどじゃないかもしれないけど」
「……」
アスタリッテはふ……と微笑みを浮かべながら、窓のほうを見た。夜の森は深い暗闇に包まれてしんと静まりかえっている。夜空には満天の星が輝き、青い光をたたえた三日月が浮かんでいた。
「わたし……いいです……ジェービーさんのポイントは他の人に加えてください」
「そうか……」
おれがアリスのポイントに救われたように、ジェービーのポイントを加えれば少しはアスタリッテの助けになるかなと思ったけど……
「わたしの恋はあの時終わったんです……だからジェービーさんのことは忘れて、新しい恋を見つけたい。それを受け取ってしまったらきっとわたし次へ進めなくなってしまうから」
そう言ったアスタリッテの目はすでに力を帯びていた。
忘れる……次へ進む。それがアスタリッテの生き方なんだな。
ジェービー。
残念だったな。お前、アスタリッテに受け取ってもらえなかったぞ。
「わかった。アスタリッテがダメなら他に貰い手もいないだろう。ジェービーのポイントはおれに加えるよ」
「ふふ……ファーリスさん。ひどいこと言ってますよ」
「しょうがない。あいつの人徳がないのが悪い」
「ふふ、仲がよかったんですね。ファーリスさんとジェービーさんって。ありがとうファーリスさん……ジェービーさんの話をしてくれて」
「アスタリッテに新しい恋人ができるのを願ってるよ」
「ありがとうございます♡」
アスタリッテはジェービーなんかを好きになれる子だ。その日が来るのも遠くないだろう。
「じゃあゆっくり休んでねアスタリッテ、お大事に」
「はい♡」
この場を去ろうと立ち上がろうとしたとき、アスタリッテがおれの服の袖をつかんだ。
「ねえファーリスさん、わたしたち同じ蠱属性ですよね……?」
「え、そうだけど」
「知ってますか。同じ属性の魔力を吸収すれば回復できるって」
「うん、知ってる」
色魔術では同属性の魔力吸収は貴重な回復手段のひとつだ。
「ファーリスさんの魔力……吸わせてくれませんか……その……回復のために♡」
え? と思ったときにはアスタリッテに抱き寄せられ、目の前にアスタリッテの唇が迫っていた。魔力って口で吸うの!? 知らなかった。
「ま、まって! まだエレメントチェンジが」
それからおれたちはエレメントチェンジを行い、互いのうじゃうじゃわらわらを交換した。それからアスタリッテは元気になった。
*
アスタリッテはその後、魔法研究所の所長となり、魔法チーム:アスタリッテを率いて瓦礫の塔との戦いに本格的に身を投じる。
魔法研究所所長として革新的な魔法を開発し続けるとともに、ダンジョンの最高戦力として作戦行動にも積極的に参加。長い間おれたちを支えた。
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