最終話 これから

 星屑の森を南に抜け、川沿いに渓谷を下る。徒歩なら3日ほどの距離にそこはある。


 高さ20メートルを超える城壁に囲まれた“都市”。壁の中にはモルタルで固めた堅牢な建物が建ち並び、都市の中央には王宮と呼ばれる建築技術の粋を集めた巨大な建造物が聳えている。


 約3,000,000人が住むこの街は、サブダンジョン“地下墓地迷宮キャタコンベ”を攻略するため発展したという歴史をもつことから、迷宮のそばにある街ダンジョニアという名前がついている。


「すごいな……」


 渓谷にある岩山の影から、双眼鏡を使ってその都市の威容を味わっていた。すでに斥候を送りこみ、ある程度の情報を集めていたが実際にこの目で見てみると印象が違う。


 想像よりもずっと壮大だ。


「ここが反対勢力の……人間たちの暮らす街」


 おれが言うとレーナは頷いた。


「はい。バアルに抵抗する“ダンジョン攻略者”のたちの街です」


 と言ってしまえば聞こえはいいが実態は違う。だってこの街そのものがすでにダンジョンなんだもん。つまりサブダンジョンキャタコンベを攻略するためのサブダンジョンがダンジョニアと言うわけ。壮大なマッチポンプが行われているわけだが、ここの住民たちはそのことは知らない。


 瓦礫の塔がポイントを獲得するために飼っている人間たちの牧場。それがダンジョニアの真実だ。


 それがダンジョニアの真実だ~! 目を覚ませ~! と人間たちに教えることは出来る。しかしそんなことをしても人間たちは耳を貸してはくれない気がする。だからそんなことはしない。


 おれたちは世界の敵だ。お行儀良く人間たちを説得する必要なんてないのだ。


「それじゃいくかあ」


「はーい、お願いします」


 おれは頭の中でシステムを操作し、


「hikbポイントを使用し迷宮都市ダンジョニアを緩衝地帯に変更する」


 はい。これでダンジョニアは戦争状態になった……というわけで。


 バトルチーム焔、バトルチーム小夜、ゾンビチームひつぎ&フラン、魔法チームアスタリッテを配置を変えて戦線に投入。


 そばにいたレーナの姿がパっと消える。


 まあ戦争状態っていっても皆殺しにするわけじゃない。ダンジョニアの人たちにおれたちのダンジョンのことを知ってもらうのが主な目的だ。瓦礫の塔から人間のお客さんを奪ってやりたいのだ。




   *




「なんだあいつら」


「みたことないぞ」


「かわいい娘がいっぱいいる」


 冒険者協会は異常事態にざわついた。なんの前触れもなく現れた4名の美少女軍団の登場に男たちは歓喜した。


 美少女軍団のうち黒いセーラー服を着た少女が、受付のカウンターにずかずかと詰め寄っていく。少女の発する謎の圧に受付嬢はのけぞった。


「ウチら4人、冒険者登録してくれんか」


「あ、は、はい! 新規のご登録ですね。失礼ですが身分証明書はございますか?」


「そんなもんない。ウチら身元不確やからな……でもこういう場合テストを受けさしてくれるんやろ?」


「は、はい……身元が不確かな怪しいひとたちにはテストを受けていただいております……少々過酷なテストですが」


 どっと男たちが沸いた。男たちのひとりが焔に近づき、少女の身体を上から下まで舐めるように眺めながら言った。男からあからさまな劣情を受けて少女は眉をひそめた。


「くひひひ、ここのテストは簡単だ。俺達Bランク冒険者と模擬戦闘をして勝てばいいんだぜ」


「なるほどな」


「B級冒険者って意味わかるか? 年間100回ダンジョンに潜って生還できるレベルの冒険者のことだぜ。めちゃくちゃ強~いってことだぜ」


「そうなんや」


「ま、君たち全員かわいいから負けてあげてもいいんだぜ。意味わかるかなあ?」


「勝てばええってことやろ」


 男たちはギャハハハと笑った。「勝てるわけねえだろ」と「おれの子を孕め」言った声が笑い声に混じって聞こえてきた。


「よしよし、君は戦闘場でかわいがって欲しいのねぇ」


「……はあ。ウチはこんなのの相手せなあかんのか……」


「たぁっぷり相手してもらうよお~」


「はいはい、おおきに」


 険悪な雰囲気が広がり男たちの興奮が高まっていく。一触即発のふたりの間に受付嬢がわって入った。


「テストの手配をしますので、みなさまは明日の18時に戦闘場に来てください。試合形式はみなさまのパーティーとしての実力をみるため、4対4の形式になります」


「明日かあ。早くしてくれんかなあ……」


「へへへ、客を集める時間が必要なのさ。君たちの陵辱ショーをたくさんのお客様に見てもらわないといけないからねえ……テストのチケットが売れればギルドの収入になるってわけだ」


「この子たちなら1枚45,000ポートでも満席になるよ!」


「ガハハハ! 俺たちは楽しめギルドに金も入る。テストはいいことばかりだぜ!!」


 男たちの笑い声は最高潮に達した。


 不機嫌そうな黒いセーラー服の少女だったが、金髪のメイドが耳打ちすると少し表情がやわらいだ。


(好都合です。お客さんが多い方が目立てますよ、焔)


(せやな)


「では明日の夜まで、あなたたちの身柄はわれわれ冒険者協会が預かりますので」


 受付嬢が言うと、男たちのひとりが「君たちを逃がさないようにねえ~」と野次をとばした。すかさず受付嬢は「あなた方から保護するためです!」と言い返す。


「ささ……こちらへ。書類の記入などの手続もありますので」


 にこやかに別室に案内する受付嬢に少女たちは続いた。


「ウチ、この世界の文字書くの苦手やわあ」


「大丈夫、わたしが教えてあげるから!」


 少女たちの姿が部屋の中に消えると、男たちはすぐさま外に飛び出しテストの開催を宣伝して回った。


「テストだぞ! 4人の美少女とB級のテストだぞ~」と。




   *




「それでは本日のメインイベント、冒険者協会加入テスト、受験者たちの登場です!」


 拍手喝采が巻き起こる。「ホムラ~」「レーナ~」「シュミ~」「カゲロウ~」男たちの歓声のなかバトルチーム焔のメンバーは入場した。


 戦闘場は満席だった。観客は男ばかりだったが、そのうち何人か、見知った顔も混じっている。


 バトルチーム焔のメンバーたちは戦闘場に出場するや、出来うる最高の作り笑いで高くあげた両手をふって観客たちの喝采に答えた。


「わあ、みんなかわいい!!」


「くっそ高いチケットを買ってよかった!!」


 男たちはよろこんだ。


「げへへ、楽しみだなあ!!」


「あんなかわいい子たちがテストとはなあ」


「これから汚されちゃうんだ」


 男たちの下劣な視線を全身に浴びても作り笑いは絶やさない。人気はあればあるほどいいのだ。


「ここで悲しいお知らせが……今回テストの相手をするはずだったB級冒険者の方々が突然の腹痛により出場できなくなってしまいました」


「BOOOOO~」


「ヤツらの外道プレイのファンなのによお!」


 ブーイングが巻き起こる。B級冒険者の方々もそれなりに人気者だったのだ。


「しかし! 彼らの魂を受け継いだSSSS級冒険者の方々が代役を引き受けてくれました。ご紹介します。ナインテイルズのみなさまで~す」


「うおおおおお! まじか~!」


「伝説のパーティー復活かよ~!」


「ナイン! テイルズ! ナイン! テイルズ!」


 焔たちの登場時よりもさらに大きな歓声が上がる。反対側のゲートから4人の対戦相手が入場する。


 見知った顔だった。王宮から飛び出したような豪奢なドレスを着た縦ロール。気品にあふれた3人の貴婦人。


「お久しぶりですわね、焔さんたち」


「ごきげんよう」


「ごきげんよう」


 【グレートヒェン】、【へレネー】、【マルガレーテ】。死んだと思ったがヤツらは生きていた。観客席からは「先生~」「先生~がんばれ~」という声がする。グレートヒェンたちはこの街では教師として暮らしているのかもしれない。さらに最後のひとりは大物だ。


「……殺す」


 狐耳に長い髪、黒いドレス……9本のしっぽは隠していた。目の下にはクマができ幽鬼のような形相で焔たちを睨んでいる。以前の生気は失われ、自暴自棄になっているのが伝わってくる。


「あいつ、私をぶった斬ったヤツです」


 朱実が言った。


「【クミホ】やな」


 元星屑の森サブマスター、クミホ。星屑の森との決戦の時、負けた雪辱を晴らせるかもしれない。焔は獰猛な笑みを浮かべた。


「おーい! 小夜! こいつらの相手はウチらでやるから、手ぇ出さんといてや!」


 観客席に向かって呼びかける焔の視線の先には、バトルチーム小夜の面々が座っていた。


「わかったわ! でも危なくなったら助けるわよ!」


 小夜が手を振って答えた。アスタリッテも近くにいる。《世界召喚》の打ち合いになっても対応はできるだろう。


「それでは冒険者志望の身元不確かな皆さんと、SSSS級冒険者ナインテイルズによる冒険者のテストをはじめます!!」




── バトルチーム焔 VS ナインテイルズ──



 観客席の歓声が凄まじい熱狂に包まれた。この熱狂は数分後に阿鼻叫喚に変わる。




   *




 あら。焔たちには冒険者を適当にボコボコにしてもらうハズだったのに、このタイミングでクミホと戦うことになるんだ。


 焔たちにはあのテストで街の人気者になってもらって、おれたちのダンジョンを宣伝してもらおうと思ってたのに……予定が崩れてしまった。やっぱりクミホは手を打つのが早いな。


 とはいえ今回のクミホはサブマスター権限を与えられてないので、前回ほどの脅威ではない。クミホが強いのは知っているけど、単純な強さで言えば焔の方が強いだろう。情報収集に分析力、作戦立案こそクミホの本領発揮なのに……今回は一兵卒として打てる手を打ってきた感じだな。まあ星屑の森をおれにとられちゃったわけで、しばらくサブマスターはやれないんだろう。それはわかるけど、なんかもったいないな。


 バアル……しっかりしろよ……。


 色々読みを外してしまったけど、まあ万全の状態のあいつらなら何とかするだろう。並列思考を使って念話と視覚共有の情報を処理しつつ、ゾンビたちに指示を出す。


 ただいまおれは“ダンジョニア魔法学校”に潜入中。ここは武術・魔法の適正が高い子どもたちを立派な冒険者に教育する機関。全寮制でちょっと街から外れたところにあって、とても閉鎖的な環境なのだ。というわけで、おれはそこにたくさんのゾンビを放ちました。


 とはいえこのゾンビはそこまで強くない。ひつぎとフランに調整してもらったからね。一般人ならともかく、魔法を使えるレベルなら大した脅威じゃないはずだ。


 学生たちがまともな訓練を受けてさえいればね。


 たぶん学生たちのなかにはゾンビを倒せずピンチになる子もいるだろう。そこにおれが颯爽と現れゾンビをやつけて「まあ素敵なお方!」とキュンキュンさせるのが、ゾンビを放った理由のひとつ。ひどい自作自演だけど……。この街には地下墓地迷宮キャタコンベが隣接しているのでおれの仕業だとバレにくくはあるだろう。


 最大の理由はこの学園を支配下に置いて前線基地を作ること。市街地からほどよく離れた立地もいいし、学生たちを人質に取れるのでいろいろ選択肢が増える。


 さあどうする? 何もしないと、階層を外に広げるための必要時間がみるみる減っていくぞ。


 と……誰か来たようだ。


「おやおや。ゾンビをけしかけているのが誰かと思えばすごい美人じゃったのお?」


 いやいやそれほどでも。美人と言われて照れそうになるのをこらえる。おれはダンジョンマスター、なるべくクールに……


「やっときたか。あんたが学園長さんだね」


 ふぉふおふぉ。と、にこやかに学園長が応じる。見た目は豊かすぎる口ひげをたたえた好々爺だが、中身はダンジョンモンスター。おれの能力には名前【Trismegistos】と表示されている。強さは……たぶん強いなあ……勝てるかな?


「いかにも。お主魔物じゃな……うわさのファーリスのダンジョンのものか?」


「そうだよ」


 疑似人格アリス、《レーナ》、《ジェービー》を起動。それに伴いおれの能力が解放されていく。


「エレメントチェンジ:矢」


 カーソルのひとつが飛び出しておれに話かけてきた。カーソルに宿った疑似人格ジェービーだ。いろいろあって結局ジェービーのポイントはおれに加えたのだった。


 それによりおれは敵の名前を変更するあの凶悪な力をわりと自在に使えるようになった。名前を変えたらなにが起こるかは不明。何も起こらないこともある。


(マスター、あいつの名前どうする?)


 カーソルに宿った《ジェービー》が話かけてくる。


「うーん」


 悩ましいな。名前決めるの苦手なんだよなあ。こいつに大した恨みはないけどまあ強そうだし、精神的なダメージを加味してつけられただけで死になくなるような名前に変えてしまおうか。


 おれは記憶をたどる。ゲリビチ糞太郎も捨てがたいけど、やっぱりあれかな。


「【85w2149632guhi8889335hhytreew786・ぶふぇえっertinぶふぇえっぶふぇえっ・くそっ・くそっくそっくそっいいえっはいいえはいいえ ggui8nhersfgj8643d7k9g3kでよろしいですか】 にして」


(よく発音できたね。わかったその名前に変えちゃうよ!)


 たしかに。良く発音できたなおれ。


 【85w2149632guhi8889335hhytreew786・ぶふぇえっertinぶふぇえっぶふぇえっ・くそっ・くそっくそっくそっいいえっはいいえはいいえ ggui8nhersfgj8643d7k9g3kでよろしいですか】


 は、おれが選ばなかったおれの名前……。この名前になりたくなくて“いいえ”を選ぶためにもがいたからカーソルを使いこなせるようになってレーナに出会えた。ダンジョンマスターになれてみんなに出会えた。


 いまのおれは“ファーリス”を選んだ、みんなに出会えたおれなんだ。


 学園長もエレメントチェンジをすませる。指揮棒のように細くて杖を構えた。超属性と雷属性……相性はおれが有利かな。


「久しぶりの戦いじゃ……名乗らせていただこう、わしは【トリストメギストス】……【偉大なる魔法使い】の異名の方が有名かもしれんのう」

 

「知ってるよ。それくらいの情報収集はしたからね。おれは【ファーリス】……ダンジョンマスターだ」


「……へえ、そうなんですね」


 このジジイリアクションうっすいな! フ、ファーリス、あのダ、ダンジョンマスターが!? みたいに驚くとこだろ! まあいいけど……これからお前は死にたくなるような名前に変わるんだから。


「それじゃあはじめるかのう」


「そうだね」


 す……とトリストメギストスが杖をおれに向けた。


「参る!」


 おれはカーソルを放出する。今では見慣れた無数の矢印が縦横無尽に空を飛びトリストメギストスに迫っていく。


 カーソルたちは嬉しそうだ。おれも楽しい。仲間とともにダンジョンに挑む喜びを噛みしめている。




   *




→おわり




****************




 ここまで読んでくださりありがとうございました。作品書いてはエタらせてを繰り返してきた僕がはじめて書いた最終回です💦

ほぼノープランで書きはじめ、それでも絶対に終わらせてやるという強い決意で書き進めましたがとても難しかったです💦


 でもすごくいい経験ができました。いろいろと後悔の多い作品ですが、仕事の合間を縫って書き続けた2か月は……この作品は僕にとって誇りです。


 あらためてここまで読んでいただきありがとうございました。


→完結しましたが、以降、エピローグなど書きますのでよければ読んでください。

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