第55話Ⅲ 瓦礫の塔に花束を(後編)
*(3/3)
おれがクミホと話したかったこと、それは降伏してほしいということだった。そしてクミホには生きて帰ってもらって、元気になったらまたおれたちを殺しにきて欲しいとお願いしたかった。
まあクミホは言われずとも殺しに来そうだけど。おれとしては切実な願いだからぜひともクミホに伝えたかった。
ただ仲間たちの前でまた殺しに来て欲しいなんてことを言えるはずもない。クミホと1対1で戦うことができた、こんな奇跡的な状況でなければ話せないことだった。
結局、おれの目論見はバアルに水を差されてしまったわけだが、考えてみればこの話はバアルとすべき話だ。
さてどう切り出すか。
まずはバアルから話してもらえないかな。おれはどちらかと言えば人見知りなのだ。
「…………」
「…………」
……バアル……全然しゃらべらね~。少し話すんじゃなかったのか。魔王は無口だったようだ。それとも異常にシャイなのか? しょうがない。おれのコミュ力、みせてやろうじゃないか。
「さ……」
寒くなりましたね……と言いかけたおれの言葉をバアルが遮った。
「良い死に場所を与えてくれたな」
冷たい風が吹いた。おれたちの周りに焼け焦げた血の匂いが立ちこめる。
「ベームベーム、リコリス……あいつらにとってお前のダンジョンは攻略しがいのあるダンジョンだった……不老の俺たちにとって……世界を制してしまった俺たちにとって価値ある死を賜ることは得難い。それを与えてくれたお前に、あいつらに代わって礼を言う」
「仲間を殺されておいて礼を言うの」
おれは意味不明なことを言うバアルにイラ立ちを覚えながらも、しかしその気持ちはわかるのだった。死は終わりじゃない。死は無価値じゃない。むしろ価値あるものだ。ジェービーとアリスをデリートして、おれはそれがわかった。
だからこそおれはクミホに生きてまた殺しに来て欲しかった。おれの仲間たちに価値ある死を与えて欲しかったから。
「“死”に価値を与えるのがダンジョンだ。生きがいと死にがいを得られないダンジョンが存在する意味はない。お前のダンジョンは俺の仲間たちにとって死ぬ価値があったということだ」
「なんかすごく変な気分だ。おれはお前に礼なんて言って欲しくなかったよ」
だけど言いたいことはわかる。
そうでなければ。おれとクミホが真剣に殺し合っていなければ。アリスやジェービーの死が茶番になってしまう。
アリスやジェービーは死んだ。けれどあいつらの死は良い死に方だった。だって血ヘドはいて鼻血出してぶっ倒れるほど頑張って死んだんだから。あいつらがあそこまで一生懸命になれたのは、瓦礫の塔というとてつもなく高い壁を超えるためだった。
あいつらは道半ばで死んだけれど、あいつらの死には価値があったはずなんだ。だってあんなに一生懸命だったんだから。あいつらの死が無価値じゃなかったことはポイントを受けとったおれが一番わかってる。
リコリスだって、ほかの敵だって、おれたちのダンジョンを攻略するために全力を尽くして死んだのだ。おれのダンジョンは死んだ者達にとって攻略する価値があったはずなんだ。そうでなければあいつらが死んだ意味がない。
理解不能の心地よい沈黙が流れ、しばらくしてからバアルがポツリと言った。
「かつて胸躍るような戦いがこの世界にはたくさんあった。世界を征服するのは楽しかった」
「今はもうないとでも言いたいのか? このおれを前にして」
バアルは何も答えずただおれを見つめた。
「そうじゃない。魔王になる前であれば俺はお前たちとの戦いをもっと楽しんでいたはずだ。俺は長く生きすぎた」
「お前……燃え尽きちゃったのか」
「そうかもな。だがお前たちの戦いはこれからだ。それが羨ましくてしょうがない」
「おい、ふざけるな。やる気を削ぐようなこと言うなよ。頼むからマジでやってくれよ。茶番で仲間たちを死なせるわけにはいかないんだ。おれも……頑張るからさ」
「それは……俺の仲間たちのやる気次第だろう。俺はもう終わってしまったからな……魔王になったあの時に」
「寂しいことをいうなよ……おれたちの戦いはこれからなんだろ」
バアルが本気じゃないのはとっくにわかってた。クミホが1日やそこらでおれたちを壊滅寸前まで追い詰めることができたのに、バアルは3か月ものあいだほぼ何もしなかった。
バアルはもうダンジョンマスターとしての情熱を失っている。
だからクミホに星屑の森を任せたのだ。
バアルには焔や小夜たちに最高の死に場所を与えてあげてほしい。もちろん仲間に死んで欲しくはない。だけどあいつらには一生懸命に生きて欲しい。
瓦礫の塔にはあいつらが生きる理由になってもらわなければ困る。
そうでなければ瓦礫の塔と戦うためにあいつらをこの世界に呼びだしてしまったおれが困る。
「俺はお前の相手をしない。俺の部下たちにやりがいを与えるために。それがベストだ」
「決めた。バアル……いつかお前も本気にさせてやる」
ふ、とバアルの口元がわらった気がした。気のせいかも。気のせいだ。まあいいか。
「とりあえず今回の勝ちはお前に譲る」
バアルがポツリと言った。拍子抜けするほどあっさりとバアルはおれに勝ちを譲った。
「納得いかないか? クミホに勝った時点で勝ちはお前のものだ」
瞬間、おれのシステムにメッセージが表示される。
【おめでとうございます。ダンジョンマスターバアルがサブタンジョン『星屑の森』の降伏を選択しました。サブダンジョン星屑の森は崩壊します。サブタンジョン攻略報酬として7,000億ポイントのカタログギフトを獲得しました】
【崩壊させたサブダンジョン星屑の森をあなたのダンジョンに統合しますか??】
→はい
いいえ
はい。を選択すると星屑の森の統合が開始される。
終わったんだな……いや。ちょっとこの情けない魔王様にやる気を出させてやるか。
「はっ……あっけない。瓦礫の塔もたいしたことないな」
おれのやっすい挑発にバアルは「おい」と呼びかける。ちょっとはカチンときたかな?
「おいファーリス……星屑の森をとったからっていい気になるんじゃない。この森の広さは世界の1%にも満たない」
「負け惜しみか?」
「それからさらに絶望を与えてやろう。リコリスは最強十二魔将で最弱だ」
「負け惜しみか?」
「それにな星屑の森の完成度は俺のダンジョンと比べて低い。ダンジョンマスターとして偉ぶりたいなら俺の作った三大迷宮のひとつでも攻略してみせろ」
「負け惜しみ……」
「……」
「……ちょっとやる気出たんじゃないか?」
バアルは何も答えずクミホを肩に担いで去って行った。おれも何も言わずその後ろ姿を見送った。
寂しい後ろ姿だ。今すぐ刺し殺したくなるほどに。けれどおれはあの寂しい背中の足下にもおよばない。それは悔しいことではあるが同時にとても嬉しいことでもあるのだ。
おれ以外だれもいなくなった森に風の音だけが寂しげに鳴り響いた。おれは偉大なダンジョンの一角に勝利した喜びと、ダンジョンを営むものとしての責任の重みを感じていた。
───ファーリスのダンジョン VS 星屑の森─── 勝者:ファーリスのダンジョン
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます