第55話Ⅱ 瓦礫の塔に花束を(中編)

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 痛いなんてレベルじゃないぞこれ。


 みぞおちに穴が開いたかと思った。訓練で焔に殴られることはあったけど、こんなに痛くはなかった。殺意があるのとないのでぜんぜん違った。ダメージ回復のためにはじめて飲んだポーションはとても苦いし何より臭い。


 これが戦いの痛みと苦み。あと臭み。


 焔たちが身を置くガチバトルの世界をどっぷり体験したおれは、もっと訓練頑張れば良かったと後悔した。防御はともかく攻撃はなにしたらいいかわからんレベル。とりあえず棒で殴りに行ったけど、見事返り討ちにあった……悲しい。


 けど傷つくことで得たものもある。


 なんとおれは魔法で空を飛べたのだ。クミホの体当たりで吹っ飛ばされたおれだが、どうにかしようと頑張ったらなんか飛べた。飛んでるというか、持ち上げられているというか……ともかくおれが思っていたよりも魔法はいろいろなことができるらしい。


 そして! 空を飛んでしまえばクミホの武術は届かない。距離をとりながら一方的に攻撃できるのだ! ふははははは!


 と思っていたら、クミホに世界召喚を使われ今に至る。


 まあさすがクミホだね。おれが飛べるとわかるや魔法戦になることを予想して対策をうつ。おれの考えてることのずっと先を読んでる。


 周囲は稲荷世界の暗闇に包まれ赤い鳥居が立ちならぶ。ぽつぽつと紫の炎が浮かんでいる。


 懐かしい光景だな、とおれは思った。改装する前の第1階層を思い出す。


 クミホは知らないだろう。おれが鳥居稲荷世界の魔法を知っていることを。


 鳥居稲荷世界の魔法体系……巫術。


 焔によれば、巫術という魔法は攻め、守り、補助、妨害、癒しをオールマイティにこなす万能さがウリの魔術なのだとか。何でもこなせる代わりに魔法を使う前に呪文を唱えたり道具を用意する必要がある。そのスキをつくのが巫術攻略のコツなのだとか。


 よーし。スキをついてやるぞ。


「空海絶甲、新古狐火、攻防対信、炎氷月日……巫術──《遮空結界しゃくうけっかい》ッ!」


 と思っていたら、クミホに結界を張られてしまった。あの術はいつか焔が使ったのを見たことがある。たしかレーナが人狼と戦った時、おれを守るために使ってくれたある程度の攻撃はなんとかなる結界。


 ということは、げえ、つまり“ある程度”を上回る攻撃をしないといけないのか。


 まあいいや。エレメントチェンジはすでにすませてある。さらに《アリス》と《レーナ》を解放。


「“矢”属性──《スウォーム》」


 おれの周りの空間から黒い矢が次から次へと飛び出し、黒い群れとなってクミホに向かって飛んでいく。


 さっき使えるようになったばかりのこの魔法は、アリスのポイントをおれに加えたとき、おれに新たに備わった力のひとつだ。


 まあ“矢”属性なんて名付けたけど……なんてことはない、いつも見慣れたカーソルたちをこの世界に呼び出せるようになっただけのこと。


 本当に魔法と呼んでいいかどうかも怪しいものだが便利は便利。今おれが飛んでいるのも矢属性魔法のおかげなのだ。


 さてカーソルはクミホの結界を突破できるのか。


 ザクザク、と結界にカーソルが突き刺さる。そのまま空中で動きを止めた。おお、さすが焔も使う結界。カーソルの攻撃も止めてしまう。


 とはいえカーソルも頑張る。結界に突き刺さったカーソルが開けた穴に群がるように他のカーソルがつぎつぎに突っ込み、じりじりと穴を広げていく。なんか突破できそうだぞ。


 さすが《アリス》だ。


 カーソルはおれの意思に従って飛ぶ。けどおれは自分でいうのもなんだけどポンコツだ。カーソルを扱うことはできても、それを効果的に運用するアタマを持ってない。それを補うのが《アリス》だ。


 アリスのポイントを加えたとき、新たにおれに備わった力のひとつ《並列思考》。たくさんのことを同時に考えられるスキルなのだが、しょせん頭の悪い子おれがたくさんのことを考えても大したことは思いつかない。


 ということで、おれは頭の中に《アリス》と《レーナ》という疑似人格を作っておれの苦手な頭脳労働を代わりにやってもらうことにしたのだった。


 おれには使いこなせそうもなかった矢属性魔法をアリスがかわりに操作してくれている感じだ。他にも暗記や暗算、天気予報とか頭を使うことは何でもやってくれるみたい。


 クミホとの近接戦闘もアリスが手助けをしてくれていた。攻撃を見切ったり、敵に触れただけで投げ飛ばしたり、武術のタツジンの動きができたのはアリスの分析能力のおかげだったのだ。


 頭の中にアリスがいる。こんなに心強いことはない。


 カーソルが通れるくらいに結界の穴が広がった。


 クミホの結界に開いた穴に矢印の群れが殺到する。結界が破れたクミホはカーソルの群れを尻尾を使った身のこなしで回避しようとしているけど、そのカーソルは命中するまで追い続けるんだよね。


 クミホは自分のドレスのスカートを指の先でスパっと切り裂いた。白い太もものガーターにはたくさんの札がくくりつけてある。


 指の先で札の一枚を引き抜いたクミホは瞬く間に新たな巫術を発動させる。


「巫術──遮空結界ッ!」


 新たに張られた結界がカーソルの動きを再び止めた。


 なるほど、札をつかえば呪文の詠唱をショートカットできるのか。札の1枚が焼き焦げていく。ちなみに札は消耗品。そのくせ貴重品なのでネットで買うと高くつくらしい。なので焔は訓練の合間にせっせと札を作ってたな。


 クミホはさらに札を引き抜き、


「巫術──呪詛返しじゅそがえしッ!」


 を発動した。


 クミホの周囲が赤い光で包まれる。とクミホを襲っていたカーソルが、方向転換し、こんどはおれに向かってとんできた。


 くそ、自分のカーソルに裏切られるなんてっ!


 まあいいや。カーソルはたくさんいるから。裏切り者に死を! 新たに発射したカーソルが裏切ったカーソルを迎撃する。ガガガとカーソルがぶつかり合い、死んだカーソルは地面に落ちていく。そうしている間に、


「巫術──呪爆じゅばくッ!」


 と、クミホが唱える。クミホの周囲のカーソルが紫色の爆発に巻き込まれ、焼失した。


 よし。クミホの手の内はわかった。遮空結界で止めて呪詛返しで裏切らせ、呪爆で攻撃してくるわけだな。


 幸いカーソルはまだまだ出せる。おれの中で出番を待っているカーソルが余っているくらいだ。物量で押せば勝てるかな。


 おれはつぎつぎにカーソルを放出する。クミホの処理能力に負担を掛け続けないとね。カーソルの操作はアリスに任せておけばなんとかなるだろう。


 おれの鼻から何か垂れてきた。鼻血だ。クミホの太ももに興奮してしまったのか。


「オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ」


 とおれが鼻血を出している間に新しい呪文をクミホが唱えている。この呪文どこかで聞いた覚えがあるな。


「《魔剣召喚マケンショウカン》──《九支刀キュウシトウ》」


 クミホの前に九本の紫炎の柱が立ち上がる。その中から現れたのは九刀一対の魔剣、九枝刀。それぞれが宙に浮かび、禍々しくも神々しい気を発している。


 なるほど。《魔剣召喚》のスキルを使ったのか。あれは焔も使っていたやつだ。詳しい能力はわからない。けどたぶん必殺技だよね。


「九枝刀よ、神魔霊妖を裂く九の魔剣よ、此度わが命に従い、われらが怨敵ファーリスの命を呪い滅し給え――巫術――《不安栗鼠呪殺ファーリスジュサツ》ッ!」


 ああなるほど。アリスが言うには九支刀を使えば自分のオリジナル巫術を作れるらしい。クミホは九支刀を使って“おれを呪い殺す用の巫術”を発動したわけだね。


 9本の剣がこちらを向く。その瞬間、周りの空気が重くなった。息も苦しい……体も重い。たぶん九支刀に呪われてしまったんだと思う。そしておれ目がけて9本の剣が飛んでくる。剣が迫るに連れ体が重くなってくる。どうしよう? わからないときは人に聞く。


 助けて《レーナ》!


 呪いの解き方を教えて! 並列思考で作ったもうひとつの人格レーナはおれがわからないことに答えてくれる。レーナは生きてるのでこのスキルのことは本人には秘密にしたい。


(巫術の呪いは返すことができます。以下の呪文を唱えるか、もしくは札を購入し以下の手順で巫術呪詛返しを発動してください)


「ghjポイントを使用し“呪詛返しの札”を購入」


 光の球の中から1枚の札が現れる。


(指で挟んで“頭の中で“呪縛怨念……憎悪反逆……返還催促……煙突爆雷……”と唱え、巫術呪詛返しと発言してください)



「巫術──呪詛返しッ!」


 《レーナ》に言われた通りにやったら巫術が発動した。体の不調が改善し九支刀の1本がカランカランと地面に落ちた。たぶん呪いを返した影響だろう。レーナはおれの記憶と次元ネットワークから必要な情報を調べて教えてくれる。


 残り8本の剣がおれに迫ってくる。斬撃による物理ダメージを与えるつもりなんだろうね。けどそこはアリスのジュードーがある。迫り来る刀身に指先で少しだけ触れ、剣の軌道を変えてやる。これだけで九支刀はあらぬところへ飛んでいった。また戻ってくるだろうけど、少しの時間は稼げたんじゃないかな。


「なっ!?」


 クミホが驚愕している。おれが巫術を使ったから驚いてるんだろうね。


 おれはその隙にたくさんのカーソルを放出、ついでにもうひとつの蠱属性にもエレメントチェンジを行う。使用するのは蠱属性≪うじゃうじゃわらわら(モスキートver)≫。魔法の天才アスタリッテちゃん直伝の魔法をおれなりにアレンジしたものだ。

 

 プーンと羽音をたてながら極小さな羽虫がうじゃうじゃと湧き出て周囲の空間を覆っていく。カーソルの群れと羽虫の群れ、大群を操る情報処理能力は《アリス》のサポートあってのもの。

 

 視界全体を覆うほどのカーソルと蠱魔法の群れがクミホに迫っていく。


「くうぅ……遮空結界ッ! 呪詛返しッ! 呪爆! 九の魔剣よワッチを守れッ!」


 結界で防ぎ、呪詛返しでコントロールを奪い、呪爆で処理し、魔剣を防御に使ってフォロー……クミホの処理能力は大したものだが、さすがに限界はある。


 かわいいクミホのピンチに新たな癖の扉が開いたようで、さっきから鼻血が止まらない。どうしたんだおれ、自分の癖のヤバさに驚愕だ。


 防御の間隙を縫って1匹の羽虫魔法がクミホの肌に到達した。それがきっかけだった。蠱の魔法とカーソルの魔法、クミホの防御を突破した攻撃がクミホの体に突き刺さる。


 まずは右肩。次いで右腕。利き腕にダメージを与え、札を抜く間を与えない。


「くぅっ!」


 カーソルが突き刺さった肩を押さえるクミホ。その一瞬でクミホの防御が緩み、今度は左肩にカーソルが突き刺さった。


「いやああっ!」


 瞬間、クミホは炎にエレメントチェンジを行った。一瞬でクミホに突き刺さったカーソルと群がる羽虫が焼け焦げる。


 しかし体内の魔力が少ないクミホはエレメントチェンジを短時間しか継続できない。エレメントチェンジが切れた瞬間ふたたびカーソルと羽虫が群がった。


 クミホは必死で抵抗しているけどここから打開するのは難しいんじゃないかな。


 クミホに魔力が残っていれば。結果は違っただろう。ジェービーが貸してくれたあのチートの力。クミホのサブマスター権限に干渉し、敵の存在そのものを書き換える力がなければ今ごろきっと負けていた。


 カーソルの矢がザクザク突き刺さっていく、羽虫は殺傷能力はそこまでないけど心理的に気持ち悪いはず。ついでに体に隠し持っている札やらなんやらかんやらを全部破壊してしまえ。札さえなくなればたぶんもう巫術を使う余裕はない。


 それがすんだら死なない程度に痛めつけ、世界召喚が切れるのを待つとしよう。


 クミホと話がしたいから。




──クミホ VS ファーリス── 勝者:ファー





「暗黒明太……聖心開眼……国金山営……健康安泰……巫術……《金剛石》」


 野太い男の声とともに巫術が発動した。瞬間、クミホに群がっていたカーソルと羽虫が弾かれた。クミホの体は透明な石に覆われていた。


「エレメントチェンジ……妖属性──《月光》」


 桃色の光が広範囲を照らす。カーソルと羽虫がつぎつぎに消滅していく。


 瞬間、暗闇の空間に亀裂が入り赤い鳥居が崩れ去る。クミホの世界召喚が解除されたのだ。


「『配置を変える』……は使えないか」


 雨はすでに止んでいた。雲の隙間から秋の青い空が見えていた。


 さらさらと銀色の長い髪を揺らしながら。その美しい男は動かないクミホを抱きかかえ、持ち上げた。


「はじめましてだなファーリス。ひどい顔をしているぞ」


「失礼、興奮していたもので。はじめまして」


 鼻の下を拭うと、手にベットリと血が付着していた。


「バアル」


 敵の正真正銘のトップがこんな近くにいる。千載一遇のチャンスなのは間違いないが、今のおれの強さでは万全のバアルを倒すことはできない。


 なにより鼻血が出すぎだ。頭がふらふらする。みぞおちのダメージもある。頭がぼうっとする。そうか。《アリス》を使うと脳に負荷が。


 おれはその場にしゃがみそうになるのをどうにかこらえているような状態だ。素人が世界召喚に渡り合うって相当な無茶らしい。


「何か言うか?」


 バアルは表情ひとつ替えずに言った。何か喋らせてくれるらしい。

 

「あのさ……このタイミングで出てくるとか卑怯じゃない? あと少しで勝てたのに」


 そう言うとバアルは首を横にふった。

 

「いや……今回の勝ちはお前に譲る。俺はクミホを殺されたくなかっただけだ」


「奇遇だね……おれもクミホは殺したくなかった。


「ほう」


 バアルがおれを見つめる。


「少し話すか」




   *




 星屑の森との決着がつくまであと1/3話。

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