第55話Ⅰ 瓦礫の塔に花束を(前編)

   *(1/3)




 湿気を必要以上に含んだ空気に包まれて。


 降りしきる雨の冷たさを肌で感じながらクミホは目の前の敵を見据える。


 ダンジョンマスター・ファーリス。


 マリンを殺し、先生を殺し、リコリス様を殺し、フルートを別の存在に変え、その他大勢の味方を殺したダンジョンの長。


 その完璧に整った顔からはなんの感情も読み取れない。




────────────────────

名 前:

種 族:

スキル:

適 正:

属 性:

好な物:

見た目:

取得費:

────────────────────




 気配鑑定を使ってもファーリスの情報は見えない。おそらく《鑑定妨害》などのスキルを所持しているのだろう。


 どこまでも得体の知れない……


 ファーリスは構えもとっていなければなんの圧も感じない。武術を習得していないのか? 間合いはすでに必殺の拳が届く距離。互いに一歩前に踏み出せばキスを交わすことすらできそうだ。


 キス……?


 たしかにクミホはうれしくてしょうがなかった。それこそキスしてもいいくらいに。


 ファーリスにこんな形で会うことができるなんて。こんなラッキーなことがあるだろうか。憎くて憎くてしょうがないファーリスが。死んだら終わりの敵の首魁がこんなところまでわざわざ




   *




 すごいな……とおれは思った。


 カーソル動かして引きこもっていただけのおれが今、敵のサブマスターに向かい合っている。


 考えてみればこれって、負けた方がすべてを失う戦い。いわゆる大将同士の一騎討ちというやつだ。


 そんな戦いに挑むのが焔でも小夜でもレーナでもアスタリッテでもなくて、おれ。


 流されてダンジョン運営やってただけのおれが、すごいところに来てしまった。


 レーナ、ジェービー、焔、アリス、バトルチームメンバーにその他大勢のみなさん……バアル、リコリス、クミホ、フルート……みんなの想いがおれをここに連れてきた。


 おれはそれに応えたい。味方の想いにも敵の想いにも。


 クミホはすごい形相でおれを睨んでいる。見た目は焔に似たかんじ。かわいいがなんか怖い。クミホが立てた作戦がおれたちの指揮系統を崩壊させ、ジェービーとアリスをデリートに追い込み、バトルチームを全滅寸前まで追い詰めた。アリスを敵に回したらこんな感じだったのかもしれない。


 敵だけどすごいやつだ。


 クミホはバアルを倒すためにおれが超えなければならない壁だ。


 ただおれはあんまり戦ったことがない。それが不安でしょうがない。




   *




 まずは感謝を。それからありったけの憎悪を込めて。



 「ありがとう、死ね!!」


 ファーリスに構える隙も与えない速攻をクミホは仕掛けた。左足を僅かに踏み込み、右足で前蹴りを繰り出す。


 稲荷破砕流:雛菊いなりはさいりゅう:ひなぎく


 ……予備動作を極限まで廃した鋭い蹴撃をファーリスは必要最低限の動きで躱した。


(うそ!?)


 一瞬で蹴り足の外側に回り込んだファーリスの動きに驚愕しつつも、すぐさま敵の武術レベルを修正。さらに高度な武術を繰り出す。前蹴りが伸びきる前に体を僅かに後ろに反らせ、九本ある尻尾を足がわりに左足を軸に時計回りにくるっと体をさせる。その動作で前蹴りが回し蹴りに変化。


 稲荷破砕流:雛菊・旋いなりはさいりゅう:ひなぎく・つむじ


 さらにクミホは右足を……マリンの細胞を用いて再生した右足を刃状に変化させる。瞬間、回し蹴りは横凪の斬撃となり殺傷能力が格段に上がる。


 不定形流動殺ふていけいりゅうどうさつやいば


 尻尾を用いた体捌き、加えて稲荷破砕流と不定形流動殺を複合させた変則的な足技をファーリスはバックステップで難なく躱した。


 まるでクミホの動きを先読みしているかのように。


 《狐火》が発動しない時点でそれなりの実力があることはわかっていたが、 ファーリスの防御技術はタツジンレベルだ。


 強い。想定よりもずっと。


 見ればファーリスはすでにエレメントチェンジを済ませている。鑑定を使わずとも属性は読める。蠱属性だ。魔法戦に持ち込めたのなら炎属性のクミホが有利……なのだが体内の残存魔力はほとんど使ってしまっている。


 魔力は時間が経てば回復するが、今はエレメントチェンジも満足にできないような状態だ。だからこそクミホは近接戦闘と速攻にこだわらざるをえない。


 魔法を使う暇を与えず攻め続ける。


 クミホは腰を深く落とし尻尾を地面につけた。両の手の形は虎爪こそう。尻尾の力と脚力を利用し大地を踏みしめ蹴り上げる。一瞬姿が消えたかのような加速でファーリスの懐に飛び込んだクミホはその勢いでファーリスの顎めがけ体を伸ばし掌底を繰り出す。


 稲荷破砕流:鯉幟いなりはさいりゅう:こいのぼり


 ファーリスは上体がわずかに仰け反らせ躱す。瞬間クミホは尻尾をバネのように使い飛び上がった。全体重を乗せた右の飛び膝……


 稲荷破砕流:画竜点睛いなりはさいりゅう:がりょうてんせい


 さらにマリンの右膝を刺状に形状変化。


 不定形流動殺ふていけいりゅうどうさつやり


 渾身の三段攻撃をファーリスはすべて躱した。掌底は上体を仰け反らせて。飛び膝はサイドステップで。形状変化による攻撃はバックステップで。


 当たらない。見切られている。


 クミホは空中で体をひねり左回し蹴りと九本の尻尾による打撃を試みた。空中殺法……


 稲荷破砕流:画竜点睛・旋連撃いなりはさいりゅう:がりょうてんせい・つむじれんげき


 それも当然のように躱された。世界屈指の完成度を誇る狐の武術、稲荷破砕流による攻撃がことごとく通用しない。


「こうかな……?」


 尻尾の1つにファーリスが指の先で触れた気がした。それだけでクミホの体勢は崩れ、空中で大きくぐるんと縦回転した。


「え」


 天地がひっくり返る。ファーリスの顔が一瞬、逆さまに映る。クミホはきりもみ回転を加えた空中姿勢制御を行い、両手と片膝をついて着地。どうにか地面に叩きつけられるのは防いだ。


(今のはジュードー!)


 ジュードーはポピュラーな武術だが、極めれば指先ひとつで敵を投げ飛ばすことができる強力な武術だ。ファーリスはジュードーを使うのか。


 ファーリスは首をかしげながら、光の球を呼びだした。ダンジョンマスター権限を用いてアイテムを購入したのだ。光の中から現れたのは、1本の棒。購入価格10ポイント、最も安価な武器として知られる、ひのきの棒だ。ファーリスは手にした棒をぶんぶんふりまわすと、歩いて近づいてきた。


 振り上げた棒を振り下ろすファーリス。


 なんだこれは。とてもレベルの低い攻撃だ。


 クミホは向かってくる棒に掌底を当て弾き飛ばす。それでファーリスの体勢が崩れた。


(はいるッ)


 クミホはファーリスの懐にたった一歩で潜り込み、強烈な肘打ちをみぞおちに叩き込んだ。さらに反転しながら踏み込み、背中に全体重を乗せた面の打撃を繰り出した。


 稲荷破砕流:荒金連弾いなりはさいりゅう:あらがねれんだん


 完璧にはいった。改心の打撃に手応えを感じつつ、後方に吹き飛んでいくファーリスを追う。が、ファーリスは空中で異常な挙動を見せる。


 吹き飛ばされながら、空中で急激に方向を変えた。クミホの追撃を回避、そのまま空中に滞空。クミホの武術が届かない高さで、みぞおちを押さえながら苦悶の表情を浮かべている。空中でポーションを購入しごくごく飲み始めた。


 ようやくダメージがはいった。それは良かったが、ファーリスが飛行能力を有していたことはクミホにとって凶報だった。


 空を飛ぶ相手に近接武術は分が悪い。魔法戦に持ち込まれれば不利だ。属性の相性は炎をもつクミホが有利だが、今のクミホは魔法をほとんど使えない。エレメントチェンジも満足にできないほど体内の魔力を消費してしまっている。


(くそ、遊ばれた)


 空を飛べるなら最初から飛べばよかったのだ。わざわざ武術の戦いに応じる辺り、さすがの性格の悪さだ。だけど。


(まだ魔法を使う手段はある)


 あれをやるなら今しかない。クミホは手印を結んだ。


「……狐柱揚油、九日九星、九魔九神、陽動陰止厳月、害気攘払、九尾柱狐を鎮護し、九神稲荷、悪鬼を逐い、奇動霊光九隅に衝徹し、狐柱揚油、安鎮を得んことを、慎みて九神稲荷に願い奉る……」


 《世界召喚》だ。世界召喚を使えば鳥居稲荷世界の魔法、巫術を使うことができる。巫術を使えば魔法戦にも対応することができる。制限時間はあるが後のことなんか気にしていられない。ファーリスにさえ勝てばすべてが終わるのだ。


「──《世界召喚セカイショウカン:》」


「──属性変化エレメントチェンジ:……」


 世界召喚に対してファーリスは色魔術で対抗するつもりのようだ。できるものならやってみろ。


「──《鳥居稲荷トリイイナリ》ッ!」


 周囲の環境が暗闇に包まれる。赤い鳥居が立ち並ぶ……異世界の風景をファーリスはどこかうれしそうな表情を浮かべていた。




   *




 星屑の森との決着がつくまであと2/3話(分割すいません💦)

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