第53話Ⅲ いいえの選びかた その②(後編)

   *(3/3)




───バトルチーム:焔




「ぐぅうぅっ!」


 焔が歯を食い縛っている。額には汗が浮かび眉のあいだにしわが寄っている。3体の敵が張った《世界召喚:ファウゲーテ》を焔ひとりの《世界召喚》で上書きする……それは焔の想像を超える困難だったらしい。


 スキルは魂に刻まれるもの。スキルとスキルのぶつかり合いは魂の強さのぶつかり合い。焔をもってしても3体分の魂の強さを上回ることはできないのか。


 焔の苦しそうな表情などはじめて見た。


「がんばれ!」「がんばれ!」


 レーナと朱実は応援することしかできない。だが焔は応援を力に変えるように徐々に世界を広げ、少しづつ《世界召喚:ファウゲーテ》を押し返していく。


「ぐぅうぅぅぅっ! おりゃあ!」


 空間に亀裂が入った。焔の世界召喚が敵の世界召喚を上書きしつつあるのだ。


「がんばれえ!!」


 レーナが叫ぶと同時についに焔の世界召喚が成功する。本棚の森がガラガラと崩れ落ちる。暗闇が広がり地面からせり出した赤い鳥居が立ち並び、紫色の炎が燃え上がる。よくしった風景にレーナ達は安堵した。


 焔の黒い髪が金色に変わり狐耳がぴょこんと現れた。焔は玉の汗を滴らせながら「はっ」とにがにがしい笑みを浮かべた。


「やった、世界召喚成功だ!」


 と朱実が喜んだが、焔は明らかに疲労していた。無限の体力と魔力を誇るはずの焔がスキルを使っただけでここまで消耗するとは。世界召喚の押し合いとはかくも苛烈なものなのか……とレーナの脳裏に不安がよぎる。


「焔……世界召喚は何分もつの……?」


 焔が首を横に振った。たしかに敵の前で答えられる質問ではなかった。レーナは自分の軽率さを恥じた。おそらくかなり時間がけずられたのだろうな……という気はする。とはいえ焔なら目の前の敵を倒すことはたやすいだろう。


 なぜなら世界召喚を解除された敵は弱体化するからだ。敵から感じる圧がずいぶん減少したのをレーナは感じた。


「ずいぶん……力が削られたようやなインテリ気取りのクソども……今のあんたらはこれで十分や……」


 あれがくる。レーナと朱実は手印を結び呪文を唱えた。≪狐火≫避けのまじないだ。実力の低いものを焼き尽くすスキル≪狐火≫。世界召喚使用後は焔の力が増大しているので、レーナと朱実も≪狐火≫の対象になる可能性があった。


「≪狐火キツネビ≫」


 グレートヒェン、ヘレネー、マルガレーテの3体に紫色の炎が点火、瞬く間に燃え上がる。一度ついた狐火は実力差を埋めるか、スキルの効果範囲から離れる以外に消す方法はない。いやもう一つ……3体はスカートの中からそれぞれ武器を取り出した。いや……それは武器ではなかった。爆弾だ。たしかに爆弾で焔を倒せば狐火は消える。


そんなもの爆弾でウチを倒せると……」


「いえいえ思っておりません。私たちはこれ爆弾で失礼しますということですよ」


「さようなら」


「さようなら」


 爆弾が爆発した。3体の姿は爆風に包まれて消えていた。自爆したのだろうか。そう考えたいところだが自死を選ぶならバアルにデリート申請をするのが自然だ。なんらかの手段でこの場から逃れたのかもしれない。


「≪朧≫みたいなスキルを使ったのかもしれん」


 焔は触手の一本をぐるりとひと凪すると周囲を獄炎で焼き尽くした。凄まじい火力だ。レーナは炎が弱点属性なので怖くなってしまう。


「まあこれで死んだんちゃうかな……わからんけど」




───バトルチーム焔 VS グレートヒェン&へレネー&マルガレーテ  ――― 勝者:バトルチーム焔




 マスターと連絡がとれさえすればポイントの獲得の有無で敵の生死を確認できるのだが、今はしょうがない。


 焔がパンと手をたたくと炎は消えた。ほっとレーナは胸をなでおろした。


「レーナ、さっきの質問やが……ウチの世界召喚はあと2分ってところや」


「さっきはごめんね。敵が前にいたのに……」


「レーナは心配性やからな。まあたしかに世界召喚はちょっときつかった……心配させてしもうたな」


 焔はレーナを気遣うようにやさしく微笑んだ。


「さあて……残り時間でなにをするか……まずは情報収集からかな……巫術≪夢山彦≫でアリスに連絡をとらんとな……って、ん? 小夜も世界召喚使っとるみたいや……追い込まれとんのか」


 その時だ。突如、周囲の空間に亀裂が入った。「ん?」その場のだれもが何が起こったのかを理解できなかった。焔たちは知る由もなかったがフルートの使用した刻血術≪スキップ≫が2分の時を進めていたのだった。


 狙ったわけではないが結果的にフルートは小夜のみならず焔の世界召喚の解除にも成功した。


 強制的に解除された焔の世界召喚。赤い鳥居が崩れ落ち、黒い空間が消えていく。青い空と白い雲が再び現れた時、焔は自分の力の大半が使用不能になったことを悟った。


【焔、弱体化の内容】

・身体能力低下

・スキル使用不能

・魔法使用不能

・999,999,990本の拡張触手使用不能


「クソッ……何が起こったんや……レーナ! すまんが魔法でウチの刀を生成してくれんか。いったんアラクネの里まで退くで!」


「わかった。急ごう」


 レーナ達は駆けだした。先ほどのような敵が襲ってきたら。朱実とレーナよりも強い敵にはもう対処できない。そして朱実とレーナよりも強い敵と言うのは確実に存在する。魔法属性の相性次第では格下相手に敗北することも十分あり得る。一刻も早く退くべきだ。


 走りながらレーナは魔法で刀を生成し焔に渡した。焔の愛刀狐ヶ崎そっくりに作ったつもりだ。焔は「おおきに」と受け取る。スキルも魔法も使えない今の焔は鍛え上げた武術と9本の触手だけが頼りなのだ。


 上空に飛竜が飛んでいる。見つからないように焔たちは木の陰を選んで星屑の森を進んでいく。


 アラクネの里の近くで凄まじい爆音が鳴り響いている。木や地面が吹き飛び凄まじい土埃が舞っていた。


「小夜たちはあの爆発のほうにおったはずや」


 つまり小夜たちは世界召喚で敵を倒しきれなかったということになる。


「助けにいかないと」


 小夜たちはともに戦う大切な仲間だ。窮地に陥った仲間を見捨てる理由がない。小夜の世界召喚もすでに解除されている。つまり小夜も焔と同じように弱体化……イヌになってしまっている……ということ。


 その状態で敵の襲撃を受けている。全滅してもおかしくない窮地だろう。


 焔と小夜……2大エースが弱体化した今、戦いを続行することは難しい。生きて帰ることが最優先だ。そしてチーム同士が協力した方が生存確率は上がる。困ったときはお互い様だ。


「それにしても随分追い込まれたな……」


 焔がポツリと言った。


 その時だった。


 周囲の空気全体が震えるような衝撃が上空から迫ってきた。リコリスのアンコクカウンターを思わせる大出力長距離攻撃魔法……纏う属性は炎だ。




   *




 炎の魔法は焔が受けるのが最も効率がよいが、今の焔は魔法が使えない。レーナは炎が弱点だ。よってこの魔法を受けるのは必然的に朱実となる。


「水属性──属性防壁ガードウォール!」


 朱実はとっさに魔法の障壁を張った。水属性は炎属性に耐性を持つ。普通の魔法であれば問題なく受けられる。がその魔法の威力は普通の魔法の範疇を超えている。朱実は立ち止まり魔法障壁に渾身の力をこめた。


 どれだけの時間そうしただろうか。やがて攻撃魔法は止んだ。いつの間にか炎の魔法が飛び火して周囲の森が燃えている。そんなことにも気が付かないほどの集中を強いられていた。


「ありがとう朱実……」


「おおきにな」


 レーナと焔が礼を言う。


「はあ、はあ、あんなのもう受けられない……次弾を打たれる前に……!」


 朱実は弓を取り出す。上空を舞う飛竜に狙いを定める。高度はちょうど200メートル。風速は南西1メートル。先ほどの魔法は飛竜の方から放たれたと見て間違いないだろう。2発目を撃たれる前に弓で撃ち落としてやる。


 朱実はなけなしの集中力をその一射にこめた。


弓術洛手流きゅうじゅつらくしゅりゅう──《一射必殺いっしゃひっさつ》」


 放たれた矢はまっすぐに上空に向かって飛び、飛竜の顎から突き刺さり脳天を貫いた。絶命した飛竜が落ちていく。おそらくその背に乗っていた魔法使いとともに。


「すごい! さすが遠距離攻撃担当!」


 とレーナが褒めると、


「いえいえ。これぐらいはしないとです」


 と朱実はまんざらでもない様子。


「さあ追っ手が来る前に行くで!」


 再び駆けだした焔たち。先頭はレーナ、次に焔、しんがりをつとめるのは朱実だ。あちこちで燃える炎をジャンプで飛び越え、小夜たちとの合流を目指す。


 弱体化したとはいえ焔は、レーナと朱実の動きについてくることができている。


(この動きなら問題ありませんね……)


 焔は弱体化した状態でも朱実と戦いを成立させるくらいには強い。


 焔たちが向かう先に激しく燃える大木たいぼくがある。それを横切って行く。レーナ。焔。そして朱実。なんの問題もなく横切ることができるはずだった。が、そうはいかなかった。


 炎の中から突如として現れた白刃が陽光を浴びてギラリときらめく。孤を描いて振り下ろされた攻撃が朱実の体を袈裟斬りにした。


(え……!?)


 レーナでも焔でもなく、なぜ自分を……? 炎の中から現れたモンスターは焔に似ていた。キツネの耳に鋭い目つき。黒いドレスを身に纏い、朱実の血がべっとりついた刀を持つその立ち姿は凛として美しい……がそれ以上に恐ろしい。


(こいつ……前にダンジョンにきたやつ……たしかクミホ……炎にエレメントチェンジをして自分の炎の魔法に紛れて……)


 自分の体に視線を落とす。ざっくりと斬り裂かれた傷口から止めどなく血液が流出している……これは致命傷だ。


 おそらくクミホはレーナと焔に向けて炎の魔法を放とうとしている。レーナも焔も今は炎の魔法を防ぐ術を持たない。朱実だけが……朱実だけがクミホの炎を防ぐことができた。だからこそクミホは朱実を最初に狙ったのだ。


「に……」


 逃げて……その言葉を伝えるまえに、朱実の意識は途切れた。




   *




 さてと。クミホは仲間が倒されたことにも気が付かず無防備な背中を晒しているレーナと焔。クミホはその背中に向けて炎属性の大出力魔法を放った。二人の姿が巨大な炎に包まれる。焔もポイント管理ヘルプアシスタントシステムも炎の攻撃を防ぐ術はない。これでおしまいだ。


(フルートもうまくやったようですね……)


 アラクネの里付近でフルートが巻き起こしたソニックブームが轟音を立てているのをみやり、クミホはそう判断した。


 焔も小夜も敵司令官も擬態使いも……厄介なやつはぜんぶ倒してやった。


 炎の魔法を放ちながらクミホはサブマスターの権限を使用しダンジョン管理システムを起動、『階層を外に広げる』の必要時間がゼロになったことを確認する。あとはポイントを使用すれば干渉地帯第30階層はクミホたちのものだ。指揮系統を破壊し、敵の主力も倒した。ファーリスに奪われた階層をすべて取り返すのもたやすいだろう。クミホの視界に勝利へ繋がるメッセージが浮かぶ。


――――――――――――――――――――

10,000,000,000ポイント

を使用し階層を外へ広げますか?


→はい

 いいえ

――――――――――――――――――――


 ”はい”を選択すれば、ファーリスのダンジョンは落としたも同然。


「勝った……!」


 クミホは迷わず”はい”を選択しようとした。


――――――――――――――――――――

10,000,000,000ポイント

を使用し階層を外へ広げますか?


 →い

 いいえ

――――――――――――――――――――

 

 ところがカーソルがずれて、”は”が隠れてしまった。これでは”はい”を選択することはできない。どうなっている?

 クミホはカーソルを操作し元の位置に戻そうとする。


――――――――――――――――――――

10,000,000,000ポイント

を使用し階層を外へ広げますか?


→→い

 いいえ

――――――――――――――――――――


 なぜかカーソルが増えた。なにが……なにが起きている?


――――――――――――――――――――

10,000,000,000ポイント

を使用し階層を外へ広げますか?


→→→

→いいえ

――――――――――――――――――――


 なにも操作しないのに、カーソルがどんどん増えていく。”はい”はカーソルの陰に隠れてしまって、もう選択できそうもない。なぜだ!? 自分がサブマスターだから、システムがおかしくなってしまったのか!?


――――――――――――――――――――

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

→→→→→→→→→→→→→→→

→→→

→いいえ

――――――――――――――――――――


 もはや”いいえ”以外が大量のカーソルに覆われてしまった。クミホが戸惑っている間にカーソルの形が変わっていく。カーソルの形が変形し文字の形になり、文章を作り上げていく。それをクミホは読み上げた。


「ほ、星屑の森、サブマスターに告ぐ……」



――――――――――――――――――――

星屑の森、サブマスターに告ぐ→→

今すぐおれに降伏し→→→→

ダンジョンの支配権を渡しますか→→→

10秒以内に答えますか→→

ファーリスより→→


残り10秒→→→


→→はい

――――――――――――――――――――


 ファーリス!? ファーリスがこの異常事態を引き起こしているのか。

 ”いいえ”を選ぶ以外の選択はありえないが、そもそも”はい”以外の選択肢がない。どうしたら”いいえ”を選べるのかわからない。時間がみるみる過ぎていく。


――――――――――――――――――――

10秒経ちました→→

そりゃそうだよな→→→

はは→→

答えがなかったので緩衝地帯において→→

カーソルによる攻撃を開始します→→→

よろしいですか→→


→→はい

  いいえ→→

――――――――――――――――――――


 今度は”いいえ”を選べるようだ。クミホは混乱しながらも迷わず”いいえ”を選択した。


――――――――――――――――――――

【※ERROR:無効な操作です。→→

”いいえ”を選ぶことはできません】→→

――――――――――――――――――――


「ちくしょうめ!」

 

 クミホは刀を地面にたたきつけそうになった。そこでふと気が付く。足元に転がっていたはずの朱実の姿が消えている。


――――――――――――――――――――

カーソルによる攻撃を開始します→→

残り90秒→→


ちなみに→→→

君たちが追い込んだ→→→

おれのモンスターたちは→→→

すでに安全な場所に→→

『配置を変えているよ』→→→

よろしいですか→→→


→→→はい

――――――――――――――――――――


「よろしくない!」


 朱実はあの深手で動けるわけがない。ファーリスが配置を変えたとみて間違いないだろう。考えてみれば小夜も焔もポイント管理ヘルプアシスタントシステムも討伐通知が来ていない。ポイントを獲得できていないのだ。つまりだれ一人として倒せていないということだ。


――――――――――――――――――――

カーソルによる攻撃を開始します→→

よろしいですか→→→

残り60秒→→


→はい

――――――――――――――――――――


「カーソルによる攻撃ってなんなんだよぉ……」


 クミホは涙目になっていた。勝利を目前にしてすべてが台無しにされた……そんな気がした。激しい怒りがわいているが、ぶつける相手はもういない。


「アギャース!」


 空から飛竜形態のフルートが飛んできた。空中で人間形態に戻り着地する。


「小夜には逃げられたよ……あとちょっとっだったんだけど『配置を変える』で……アギャ」


 と残念そうにこぼす。


「そうですか……」とクミホは応じた。積み上げたすべてが崩れていく。とてつもなく硬い寂寥感の塊を脳天にたたきつけられた気分だ。ものすごく痛いが怒る気にもならない。


 それからクミホはカーソルによる攻撃とやらが始まるらしいことをフルートに告げた。


「どういうことなんだ」

「ワッチにはわからないです……」


 頭を抱えるクミホをフルートは残念そうに見つめた。昔の弱かったころのクミホに戻ってしまった気がしたからだ。


――――――――――――――――――――

カーソルによる攻撃を開始します→→

よろしいですか→→→

残り10秒→→


→はい

――――――――――――――――――――


 クミホの脳裏に浮かび続けるメッセージ。あと10秒でカーソルによる攻撃とやらが始まる。”いいえ”を選ばなければとクミホは焦った。


「いいえ、いいえ、いいえ」


 何度も”いいえ”とつぶやいたがそれでは”いいえ”は選べない。


「ね、ねえ……フ、フルート……いいえの選び方を……知りませんか?」

「え?」


 きょとんとするフルートの表情をよそにクミホの脳裏に無慈悲なメッセージが表示される。


――――――――――――――――――――

カーソルによる攻撃を開始します→→

よろしいですか→→→

残り0秒→→


→はい

――――――――――――――――――――




   *



星屑の森との決着がつくまであと2話。













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