第53話Ⅱ いいえの選びかた その②(中編)

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───バトルチーム:小夜




 静止した時の中、フルートは飛躍した。狭い迷路の戦いでは活かしきれなかった高速機動を、屋外では十分に発揮して縦横無尽に飛び回る。風属性のエレメントチェンジを併用しスピードの底上げを行った上での飛行速度は時速1,300キロを超えている。これは音速を超える速度である。


 それが正面から突っ込んでくる。フルートの狙いは詩月。直線的な攻撃に対してはカウンターを狙うのが常であったが、あそこまで速いとカウンターは成立しない。手を出したりすれば、たぶんこっちがぐちゃぐちゃになる。となれば回避一択。しかしただでは避けない。フルートの弱点属性──妖属性にエレメントチェンジをし霧状に魔力を放出しながら、思い切り地面を蹴り、横っ飛びからの側転でフルートの突撃を回避する。


 すぐそばをフルートが通り過ぎる。すぐさま爆発のような轟音と暴風が詩月を襲った。音速を超えるフルートの速度引き起こしたソニックブームだ。暴風に砂利や石が混じり詩月の肌を傷つけていく。


「うぅっ!」


 側転をしていたはずの詩月は気がつけば空に浮き上がっていた。フルートのソニックブームが周囲の地面をえぐり、詩月ごと空中に巻き上げていた。視界が土砂と土埃に覆われ詩月はフルートの姿を一瞬見失った。その一瞬が命取りになることを詩月はよく知っていた。


 小夜のように危機察知を持たない詩月は、なんとなく自分の右側が危ないと思った。空中で体をひねり鉄扇を広げてガードを固める。カンとしかいいようのない防御だったが、それが詩月の命を救った。パッとアポートを使って現れたフルートの跳び蹴りを鉄扇で受けることに成功する。霧状に散布した妖属性魔法がフルートに多少のダメージを与え、その速度を鈍らせていた。


 詩月は鉄扇を使った返し技のタツジンだ。鉄扇に受けたフルートの運動エネルギーを手首を返して受け流す。流す方向は真下、紫色の花が咲き誇る地面だ。


「――扇術牡丹流せんじゅつぼたんりゅう奈落落としナラクオトシ≫」


 地面に向かい直角に落ちていくフルートを横目で見やり、詩月は後方へと吹き飛んでいく。向かう先には大きな木が立っている。体を丸めクルクル回転しながら、足の裏から木の幹に接地し、フルートの方を見やる。地面に叩きつけたはずのフルートも見事な着地を決めていた。落下のダメージはなかったようだが一瞬だけフルートの動きを止めることはできた。


 その一瞬で十分だ。


 詩月がニヤリと口角を上げると同時に、チン、と遠くから鍔鳴りがした。


「──《竜属性・斬ドラゴニック・ザン》」


 小夜の放った射程距離20メートルの竜属性広範囲斬撃魔法がフルートの胴体を斬り裂いた。傷口から鮮血が吹き出す。


 よかった。勝った。


 詩月は安堵した。フルートの速さは脅威だった。フルートが刻血術を使えるとは思わなかった。とはいえ速いだけでは刻血術を使えるだけでは小夜には勝てない。


「辛勝ね……」


 小夜の世界召喚の残り時間は少ない。負傷したエトールを連れて一刻も早くアラクネの里へ……詩月自身もよくみれば全身が血に塗れていた。体中がヒリヒリ痛い。ソニックブームに混じって飛んできた細かい石礫で体中が傷ついている。


 結局、小夜がいなければ勝てなかった。


 迷路の戦いから3か月が経過してもやはりフルートは戦闘者として格上だった。異世界魔法まで使いこなすとは見事だった。


「急ぎましょう、小夜様」


「ええ、エトール。肩を貸すわ」


「すいません……今ポーションを」


 エトールは《収納》空間から2本のポーションを取り出すと、片方を詩月に渡し、もう片方を自分に使用した。全快には程遠いが、これで多少は移動の助けになる。


「さあ、行くわよ」


 小夜が言った。


 あれ? 詩月はふと気になってフルートの方をみた。倒れたはずのフルートが立ち上がってる。吹き出した血液が裂けた傷口に吸いこまれ、みるみるうちに塞がった。


「フ、フルートが復活してる!」


 《再生》のスキルではない。時間の巻き戻りによって回復する魔法……刻血術≪リターン≫。


「そんな……《リターン》なんて……ノクトルナでも使える者はほとんどいなかったのに」


 それをなぜノクトルナ出身でもないはずのフルートが使えるのだ。小世が驚愕している。


「さて仕切り直しアギャ」




   *




 瓦礫の塔にリコリスというモンスターがいた。強く、そして美しいリコリスは瓦礫の塔においてアイドルのような人気を誇っていた。


 あらゆる攻撃を無効化するスキル《絶対・惨アブソリュート・ザン》をもつリコリスは無敵の存在と思われていたが、実はそうではなかった。


 実は《絶対・惨》を突破する手段はいくつかある。例を挙げれば鼓膜が破れるくらい大きすぎる声で“呼びかける”、速すぎるスピードで上空から地面に“運んであげる”、鋭い剣の先でリコリスの体を“押してあげる”……など“攻撃”という概念を“解釈”ですり抜けることさえできればリコリスにダメージを与えることは可能だった。そしてかすり傷ひとつでも負ってしまえば傷が回復するまでリコリスはスキルが使えなくなってしまう。


 スキルが使用不能になる度に、窮地を脱するためリコリスは世界召喚を使った。リコリスは世界召喚中の作戦行動を円滑に進めるため、刻血術の基本魔法ラピッドタイムを信頼する他のモンスターに習得させようとした。


 ところが異世界の魔法ラピッドタイムの習得難度はリコリスが想定していたよりもずっと高かったようで、習得できる者はなかなか現れなかった。


 リコリスは強いが魔法を教えるのは下手くそだ。そういう噂が広がったことをフルートは知っていた。


 その頃フルートはフルートという名前を持たず人間形態になることもできない飛竜の一体でしかなかったが、“最後の戦い”の際、追い込まれたリコリスの世界召喚に巻き込まれた。


 フルートの才能はそこで開花した。類い希なる刻血術の才能を持っていたフルートは即座にラピッドタイムを習得。リコリスとともに静止した時の中を駆け回り、戦況を大きく動かした。


 戦乱後、その功績からバアルに名を与えられたフルートはリコリスとともに過ごした。最後の戦いですべての仲間を失ったリコリスの心の傷をフルートは埋めてあげたかったのだ。


 リコリスとの絆が深まるにつれ、フルートが使える刻血術の数は増えていった。


 時間を止めるラピッドタイム、短距離瞬間移動魔法アポート、時間回帰魔法リターン、時を消し飛ばすスキップ……


 時空間を操る刻血術は無敵の魔法のように思えたが、この世界では自由に使用することはできない。リコリスが世界召喚を使った時だけ使える限定的な魔法……


「俺にはなんで刻血術の才能があったんだろう。色魔術も同じくらい才能があったらよかったのに……アギャ」


「フルート、それはな。お前が私の相棒だからだ……静止した時の中で動けるのは私とお前だけだからな……もっと早くお前と会いたかったぞ……」


 フルートはリコリスの言葉に思わず飛び上がった。涙が出るほどうれしかった。




   *




 フルートはアポートで上空に跳んだ。小夜の魔法攻撃の射程は20メートル、それ以上離れればフルートに対する攻撃手段はない。


 赤い月が浮かび紫色の花が咲き誇る世界召喚ノクトルナの風景を上空からながめながらフルートは思った。


 これが最後だな、と。


 これが最後の刻血術だ。


「時の流れは……記憶の流れ……流れて忘れるあの頃を……流れて失う思い出を……過ぎ去れ──刻血術≪スキップ≫」


 噛みしめるように詠唱し、魔法の術式を紡ぐ。しばしの余韻ののちに魔法が発動する。魔力の大半を持って行かれる感覚。直後、緩衝地帯第30階層全体の時間が一瞬にも満たない刹那で“2分”進んだ。


 たったそれだけ。たったそれだけの高等魔法。


 パリンと空間に亀裂が入る。空に浮かぶ月が粉々に砕け、大地の紫色の花が枯れ落ちる。直後に青い空が現れた。ポツポツと白い雲が浮いている。涼しく爽やかな風が吹いている。


 この瞬間、《世界召喚:夜想曲ノクトルナ》は解除された。


 これで二度と刻血術を使うことはない。フルートの胸に感傷が訪れたが、悲しむよりもむしろリコリスとの絆だった刻血術を再び使わせてくれた小夜の世界召喚に感謝すべきだろう。


 見下ろせば小夜の姿はすでになく、かわいいイヌが詩月に抱えられている。世界召喚が切れたあとネコの姿になってしまうリコリスと同じだ。


「サヨナラ……」


 つぶやくとフルートは空中で飛竜形態に変じた。飛竜形態のトップスピードは人間形態の1.5倍。時速2,000キロを超える超音速まであっという間に加速すると、逃げようとする詩月たちに向かって突撃した。




   *




星屑の森との決着がつくまであと7/9話。

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