第53話Ⅰ いいえの選びかた その②(前編)

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───バトルチーム焔 VS グレートヒェン&へレネー&マルガレーテ




 鐘の音が鳴り響くと地面から本棚がせり出してきた。本棚には古い本がぎっしりと収められている。次々にせり出す本棚がやがて本の森のような風景を形作っていく。


 《世界召喚:ファウゲーテ》。ファウゲーテ世界の環境をこの世界に召喚するスキルである。


 周囲の空気に異世界の魔力が溢れてくるのを感じる。見知らぬ魔力の感触はざらりと冷たくレーナの心を不安にさせる。そんな心のうちを知ってかレーナを安心させるように焔はうすい微笑みをうかべた。


「なあに心配いらん……異世界の魔法なんぞすぐに対応したるわ」


「私も!」


 レーナも焔に応じた。本当は不安でしょうがないがきっとなんとかなる。


 グレートヒェン、へレネー、マルガレーテ。王宮帰りの貴族のごとく豪奢なドレスを身にまとい、両サイドに垂らした髪を螺旋状にぐるぐる巻いたヘアスタイルを決めた3体の女性型モンスター。女性らしく知性と気品を感じるたたずまいはとても戦う者には見えないが、見た目は強さとは無関係、見た目はかわいくても強いものは強い。


 それに見た目と実力が一致しないのは焔たちにも言えることだった。


 世界召喚を使用した3体の敵がそれぞれ本棚に向かって手を伸ばした。無造作に取り出した本を広げ、そのタイトルを読み上げる。


「カラマーゾフの兄弟」


「リヴァイアサン」


「論理哲学論考」


 そして3体はウフフと楽し気に笑ったのだった。楽しみね。と。そして焔たちを無視してページをめくり、じっくりと読み始めた。


「なんやこいつら」


 焔が呆れたように言うと3体のうちの一体【グレートヒェン】は言った。


「あなたたち本は好き?」


 【ヘレネ―】が言った。


「わたしたちは本がだあい好き」


 【マルガレーテ】は言った。


「ファウゲーテ世界では本の力を借りて魔法を使うことができるの……よっ、って!」


 マルガレーテがしゃべる間に【朱実】が向かって矢を放っていた。間一髪のタイミングで躱され命中こそしなかったものの、敵を黙らせることはできた。


「ひどいじゃないの!!」

  

 グレートヒェンが怒鳴った。「おらおらー」と朱実が本棚を回し蹴りで破壊すると、焔ともレーナもしたりとうなずき、次々に魔法を放ち、本の森を滅茶苦茶に破壊し始めた。


「ああああ!! みんなの本が!!」


「あなた達なんてことするんですか!!」


「先人に対するリスペクトを幼稚園に忘れてしまったの!?」


 3体の敵があわてはじめる。本にまつわる魔法を使うというなら、あらかじめ本を破壊してしまおうというのは短絡的ながら自然な発想でもある。


「やかましい! 悠長に本なんざ読んでられるか!」


 焔が触手の一本を鞭のようにしならせた。グレートヒェンの腕を打ち据えようと迫る触手。さあどう対処する。とレーナは動向を注意深く見守ったが、グレートヒェンは何もしなかった。


 バリアのような力場が発生し焔の触手を阻んでいた。


「ムダです。本の力で守られているのです」


 とグレートヒェン。


「本の力は本を読む者だけに与えられるのです」


 とへレネー。


「本の力は本の力でしか破れないのです」


 とマルガレーテ。


「わざわざそんなこと教えてくれるなんてずいぶん親切な敵やな」


 と焔が応えると3体はくすくす笑う。


「私たちは本がだあい好き」


「本の面白さをみなさまとも分かち合いたいのです」


「ですからあなたがたも本を読んでみてはいかがですか」


 3体はそう言うと読書を再開する。


「はあ……そこまで言うのなら」


 朱実は地面に落ちている本の1冊を拾った。途端に「え……」と表情が曇る。


「この本……何書いてあるかサッパリわかりません」


 焔はふん、と鼻を鳴らした。


「ここにあるのは異世界の言葉を異世界の文字で書いた本だけや。ウチらに読めるもんじゃない」


 親切なわけだ。グレートヒェンたちは焔たちには本を読むことができないのをわかっていたのだ。敵は「クスクス」と意地悪く笑った。怒り心頭の焔は敵に向かってめちゃくちゃに炎の魔法を乱れ撃ちしたが本の力のバリアとやらに阻まれた。


「クソ~いけすかんやつらやな~」


「《鑑定》を使っても読めないの?」


「本のタイトル、作者、価格、あと発動魔法……それは《鑑定》でわかる。けど書かれとる内容まではわからん。《翻訳》とか《読解》とかの範疇やな」


 焔たちは異世界間共通言語であるダンジョン語を話し読み書きしている。そのためダンジョン語で書かれていないファウゲーテ世界の本を読むことはできない。


「焔、発動魔法……ってことは本を読んだら魔法を使えるってこと……」


「おそらくな。魔法の発動条件が“本を読むこと”やった場合、ウチの《学習ラーニング》でも習得できんかもな。ちなみに……」


 ……カラマーゾフの兄弟の発動魔法は《アルマゲストストーム》、リヴァイアサンの発動魔法は《メルトダウンフレイム》、論理哲学論考は《ワールドオブサイレンス》というらしい。効果はわからないが強力そうな名前の魔法だ。


「本を読まないと魔法を使えない……本を読んでる人には攻撃ができない」


 とレーナ。対抗するにはこちらも本を読むしかないのだろうが、レーナ達に読める本はないと来ている。


「たぶん敵が本を読み終わったら、対処しようのない理不尽な攻撃魔法が来そうな気が……」


 と朱実。わざわざ敵の前で本を読むなんてリスクは相応のリターンがなければ割に合わない。朱実のいうことももっともだ。


 ふーむ、と焔はうなった。


「やるやんけ……敵の作戦担当はよう考えとるな」


 焔は手印を結ぼうとした。八方塞がりの状況を打開するため世界召喚を使おうとしている……レーナは即座に焔を制した。


「焔……敵は3体で《世界召喚》を使ってる。それを焔ひとりの《世界召喚》で上書きできるの?」


「多少無茶でもやるしかないやろ」


 レーナは敵のページの進み具合をみた。カラマーゾフの兄弟はサクサク読み進めているが本が分厚い。リヴァイアサンも同様だ。論理哲学論考は薄い本ではあるがぜんぜん進んでない。3体とも長くて難しい本を読んでいるようで読み終わるまでまだまだ時間がかかりそうだ。


「その前に私に考えがある」


 レーナはニッといたずらに笑った。レーナは草属性にエレメントチェンジをした。


「何をする気なんやレーナ」


「読める本がないなら自分で作ればいいんだよ」


 そう言うとレーナは草属性魔法を器用に駆使して、3冊の薄い本を作り出した。薄すぎて本というか紙であった。


「おお、魔法を使って本を書いたんか」


「さあ! 私の自信作だよ。読んでみて。全2ページだよ」


「なになに『転生したらポイント管理ヘルプアシスタントシステムでした~ダンジョンマスターに無能だと屋根裏に追放された有能令嬢はカラダ目当ての先住民と溺愛スローライフをいたします~』か……」


 焔は本編を読み進めた。


「『役立たずは出ていけ! 私は主人に屋根裏に追放された。えーん。でも屋根裏にはカッコいいひとが住んでいた。あんた良いカラダしとるな、結婚せんか? はい! 私はその人と結婚して屋根裏で幸せに暮らした。おしまい』」


「お、終わったんか……」


 本の厚さも内容も薄い本であった。本編にタイトル以上の情報がない。レーナに対する気遣いから焔と朱実は正直な感想を言えずにいた。しかし本を読んでからしばらくして焔たちの体に不思議な力が沸いてきたのだった。


 ピロリーン!


 ──《ミミズ召喚》を発動できるようになりました。


「驚いた、レーナの本を読んだら魔法を発動できるようになったぞ」


「私もです!」


 本を読み終わると魔法を発動できるという仮説はこれで実証できた。あとはどんな魔法を発動できるかだが……。


 朱実が両腕に魔力をみなぎらせる。


「ようし──くらえ~《ミミズ召喚》!!」


 すると朱実の手から一匹のミミズが飛び出した。それは地面の上にポトリと落ちた。


「……」


「……」


「……」


 3人のあいだに気まずい沈黙が流れた。「クスクス」という敵の嘲笑が沈黙の隙間を流れていった。


「うおおおおおお!」


 嘲笑をかき消すように焔は吠えた。


「やった! やった! ミミズが出たぞ!」


「レーナの本でミミズがでたぞ!」


 と朱実レーナが調子を合わせる。


「突撃や! お高く止まったインテリ気取りのクソどもをミミズ召喚でブチ殺すで!」


 焔、レーナ、朱実はつぎつぎにミミズを出しながら、いまだ読書を続ける3体の敵のもとへと突撃した。やはり魔法のウデは焔が一番高く、大きくて元気なミミズを何匹も召還していた。中には1メートルを超えるバケモノのようなミミズもいる。


 焔は1メートルのバケモノミミズを摑むと、勢いよく振り回しグレートヒェンの横顔に叩きつけた。グレートヒェンの美しい顔が歪む。


「ぐおォっ」


「ミミズが効いとるぞっ たたみかけろ!」


 レーナと朱実がグレートヒェンをミミズを使って殴る。たしかにミミズで殴れば攻撃は通る。しかし大したダメージは与えられない。


「あかん、ミミズで殴ってもダメージがない!」


「これでは時間がかかりすぎます!」


「いいえ! ミミズと魔法は使いよう!」


レーナはバケモノミミズをグレートヒェンの首に巻き付け、ギリギリと締め付けた。


「ぐぅぅ」


 グレートヒェンは苦しんでいる。たまらずグレートヒェンは本を宙に投げ出し、ナイフのように鋭い手刀でミミズを切り裂いた。


「よし、本を捨てさせた! これでバリアは使えなくなったで!」


「なんて野蛮な人たちなの……まだ半分も読んでないのに!!」


 とグレートヒェンが文句をいった。瞬間、鋼にエレメントチェンジをしたレーナが拳を繰り出し、朱実が投げナイフを投げつけ、焔が触手を伸ばした。


 決まる……とレーナは思った。


 ところがグレートヒェンは高く跳躍しレーナの拳を躱すと空中でクルリと回転し、巻き上がるスカートで投げナイフを弾き、焔の触手が巻きつく前に空中を舞う本をキャッチ。すぐさまページを開き、再び張られた本のバリアで触手を防いだ。


 洗練された身のこなしに焔も唸った。敵は武術と魔法を高いレベルで修め、そのうえで戦闘中に読書をしているのだ。ミミズで倒すのは難しいと言わざるをえない。


「ウフフ……残念でした」


 とグレートヒェン。


「さあ、使いなさい《世界召喚》を……」


 とへレネー。


「でないとそろそろ読み終わってしまうわよ?」


 とマルガレーテ。


 クスクスと笑いながら敵は焔を挑発する。焔は歯ぎしりをして悔しがった。


「ごめんなさい、もっと強い魔法が出せれば」


 レーナが謝ると、焔は首を横に振った。


「戦闘中に本を書くなんてレーナにしかできん……少なくともウチにはそんな発想はなかった。ミミズが出ただけ上等や……」


 焔はレーナにいたわるような視線を投げかけた。焔の力強い決意を感じ取ったレーナの瞳が愁いをおびた。


「結局、焔に頼ってしまうね……」


 状況を打開する手段は焔の≪世界召喚≫しかない。


「私も何もできず申し訳ありません……」


 朱実も焔にあやまった。


「なあに。このいけ好かないやつらは世界召喚で瞬殺して、残った時間でぶっ壊れた指揮系統も復活させたるわ!! レーナ、朱実、


 焔の世界召喚の制限時間は9分間……いや、敵の3体分の世界召喚を上書きするのに力を使うから9分も持たないだろう……それが切れた後には9時間に及ぶ弱体化時間が待っている……あとを託せる仲間がいなければ≪世界召喚≫は使えない。


(蜉蝣もおったらなおよかったけどな)


 焔は目を閉じ手印を結んだ。レーナも同じように手印を結ぶ。レーナは世界召喚を使うことはできないが、少しでも焔の力になれるよう祈りを込めた。


「……狐柱揚油、九日九星、九魔九神、陽動陰止厳月、害気攘払、九尾柱狐を鎮護し、九神稲荷、悪鬼を逐い、奇動霊光九隅に衝徹し、狐柱揚油、安鎮を得んことを、慎みて九神稲荷に願い奉る……」


 焔が目を開く。優雅に本を読みながらほくそ笑む3体の敵を見据える。


「――≪世界召喚:鳥居稲荷セカイショウカン:トリイイナリ≫」


 焔の世界が広がっていく。




   *




星屑の森との決着がつくまであと8/9話。


(あたち嘘つきじゃないもん! だってこの話は1/3話分なんだもん!! と作者が幼女っぽい口調で申しております……実際は幼女から最も遠い外見をしておりますが幼女に免じてどうかご容赦を……)




 

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