第34話 勝利の代償
*
ファーリスのダンジョン50階層、情報機関。
「ハア、ハア、ハア…………ちょっと……スキルと脳をつかいすぎましたか……」
眼鏡の男が死んだのはいいけど、アリスの様子がおかしい。顔は青ざめ汗ばんで動悸がはげしい。おそらく≪思考加速≫と≪並列思考≫を限界ギリギリまで行使した影響なのだろう。アリスにあんな無茶をさせてしまったのは、おれがジェービーをデリートできなかったせいだ。アリスは敵が記憶を読むと分かった瞬間にジェービーのデリートの指示をだしていたのだが、おれにはできなかった。
「ハア、ハア、ハア、マスターのせいですよ……あっ、あっ、あ、だめだ、これ……」
「アリス!? 」
アリスは鼻血を流して意識を失った。そしていびきをかきはじめた。突然のいびきは脳卒中や脳梗塞などの兆候とか聞く。つまりアリスがやばい。アリスがいないとダンジョンがやばい。だって今まで実質ダンジョン運営してたのアリスだし。どうにかしないといけないが、どうしたらいいかわかない。
いや落ち着け、このダンジョンで【アリス】をどうにかできそうなのは【焔】しかいない。アリスのいないあいだアリスがやっていたことをどうにかできそうなのは【おれ】と【レーナ】とあいつもいるか。
おれはすぐに念話で焔とレーナに連絡をとると『配置を変える』ですぐさま2人を情報機関室に移動させた。
レーナの『配置を変える』のクールタイムは4時間で済むが、焔のクールタイムは5か月もある。これでおれは”焔の配置を変える”という切り札の一つを5か月間使えなくなってしまった。
それに焔が第1階層までもどるには50階層を徒歩で移動しなければならないから、どんなに急いでも1日はかかる。焔とレーナを失って一時的にではあるが第1階層の戦力は大幅にダウンすることとなってしまった。
この間に敵が攻めてきたら? この間の戦闘の訓練はどうなる? という不安がよぎったがとりあえず今はアリスの命が最優先だ。
パッと一瞬の光とともに焔とレーナが指令室に現れる。
「焔、アリスをみてくれ!」
「こりゃあかん! 脳をやってしもたんやな……これは魔法というか医術の領域や……まあウチは医術もいけるけどな」
「いけるんだ」
「もちろん」と焔は頷いた。儀式から戦闘から医術までマジで何でもできるな焔。
「ただ、脳はデリケートやから……アリスの脳なんて並外れてデリケートやろうし……多少の後遺症は残るかもしれん……いや不安になったらあかんな、後遺症なんぞ残しはせん!」
焔はパンパンと両手でほほを叩いて気合いをいれた。
「いまからウチがアリスにするんは手術っつう、簡単に言えば頭を切り開いて脳をいじくりまわす術や。それに巫術をミックスさせて成功率をあげる。絶対に成功させる……そこは絶対や……ただアリスが復帰するまでどれだけ時間がかかるかはわからん。アリスの代わりをどうするか、マスターが考えて決めるんやで」
「わ、わかってるよ」
少し言葉に詰まってしまった。焔がジトっとした一瞥をくれる。しっかりしろよと。おれの不安と迷いが見抜かれている。
「情報室で手術をするのはちょいと都合が悪い。マスターの部屋のベッドにアリスを移さしてもらうで。マスター今から準備するもん言うからそれを部屋に置いといてくれ」
「わかった」
「わたしは手伝わなくていい?」
「レーナがそばにおったら心強いやろけどな……レーナはマスターを手伝ったれ。ウチには手のようなもの(触手)がいっぱいあるし。ひとりで大丈夫やわ」
「わかった」
焔は触手を開放した。普段は体のどこかにしまっている多数の触手が現れる。焔は多数の触手を精密に操作しながらアリスを慎重におれの部屋のベッドに運んだ。
ベッドに寝かされたアリスはいびきをかきながら死んだように眠っている。きれいな顔は鼻血で真っ赤に汚れている。
「さあて急がんとな……」
「焔がんばってね」
「レーナもな」
焔はレーナにウィンクすると、アリスに向き直り、手印を結び呪文を唱えだした。
「……狐柱揚油、九日九星、九魔九神、陽動陰止厳月、害気攘払、九尾柱狐を鎮護し、九神稲荷、悪鬼を逐い、奇動霊光九隅に衝徹し、狐柱揚油、安鎮を得んことを、慎みて九神稲荷に願い奉る……」
焔のスキルが発動する。
「≪世界召喚:鳥居稲荷≫」
世界召喚が発動し、おれの部屋の風景は鳥居と紫色の炎が飛び回る空間にかわった。
これから焔は巫術で麻酔や輸血などの適宜必要な処理を施しながらアリスの手術を行うとのこと。凄まじい速度と精密さを要する焔にしかできない作業だ。
「あとは頼んだ焔」
「行きましょうか、マスター」
手術を行う焔を後にして、おれとレーナは情報機関に向かっていった。
アリス抜きのダンジョン運営をしなくてはならない。不安しかなかった。
*
星屑の森。第35階層にクミホたちの砦はある。魔女との交渉をとりあえず終えたリコリス、クミホ、フルートの3体が砦にたどり着いたのは、魔女との会談の30分後だった。普通に走って着いた。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ」
という砦のモンスターたちの挨拶を受けながら、3人は砦の最上階にある指令室を目指した。
指令室の扉を開く。広いテーブルと共有ディスプレイが置いてある、広い部屋だ。しかし部屋のなかには誰もいない。
「あれ先生は?」
砦にはベームベームが残っているはずなのに……。クミホが首をかしげるとリコリスが「さあな」とつづけた。
「ベームベームは昔から”暗躍”が好きなやつだった。司令官のくせにいつも突然いなくなってはみんなを困らせたものだ。だがベームベームが帰ってきたとき問題はすべて解決していた……」
敵のダンジョンに単独で潜入してダンジョンマスターを暗殺したり、敵の重大な機密を暴いて混乱を引き起こしたり、ベームベームの功績をあげればキリがないのだとリコリスは語った。
「そうなんですね! さすが先生」
「すごいアギャ」
「結局私がサブマスターをやることになったのも、あいつがそういうやつだからさ。また何かろくでもないことを考えてるんだろう」
ふ……と張り詰めていたリコリスの口元がゆるんだ。ベームベームとの信頼関係がリコリスの緊張を少し解いたのだ。
「厄介な≪擬態≫使いの対策をしてくれているかもしれないですね」
どこに潜んでいるかわからぬ敵、味方との連携を阻むやっかいな≪擬態≫使い。その対処法についてはいくつか案がでているが、実行まではできていなかった。
「そうかもしれないな……さてクミホ、そろそろ私は敵ダンジョンに入ってみようと思う」
「いいと思います。今までファーリスのダンジョンから生還したものは記憶処理をされたエルフしかいませんし。リコリス様なら敵がいくら強くとも大丈夫でしょう。いざとなれば『配置を変える』も使えますし……リコリス様なら敵の主力を削ることすらできるかもしれません……」
「俺もいくアギャ!」
クミホたちはまだ知らない。ベームベームがすでに死んでいることを。アラクネの里の魔女がリコリスたちへの憎悪を燃やしていることを。
リコリスがベームベームの死を知るのはこれより5分後。バアルからの≪念話≫を受けた時であった。
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