第33話 情報戦

   *




 複雑な要素が絡み合う戦いであった。


 まずは自分の状況を整理する。現在アラクネに擬態しているジェービーはメガネの男に腕を掴まれ、正体バレのピンチだ。


 というかもう正体はバレているかもしれない。うん、バレている前提で作戦を組み立てるべきだろう。ファーリスのダンジョンの強みは敵にほとんど情報を知られていないこと。自分がもし掴まったりすれば情報バレのピンチだ。敵に捕まるくらいならデリートしてもらった方がいいくらいだ。死にたくはないが捕まるくらいなら死んだほうがよい。


 ただマスターは自分をデリートできないだろう。そんな気がする。あの人はそこまで覚悟ができていない。≪念話≫で状況は伝えているから自分をデリートするかどうかはアリスとマスターの判断に任せよう。


 次に周囲の状況。リコリスに倒された妹が気絶している。倒れた妹を介抱するために他のアラクネが続々集まっている。30メートルほど離れたところに“魔女”。擬態がバレたら自分は死ぬ。160メートルほど離れたところにリコリス、フルート、クミホ。この3人はどんどん離れていっている。おそらく眼鏡の男はリコリスたちの仲間だろうから、なんらかの手段でリコリスを呼び戻す可能性がある。リコリスが戻ってきたら自分は死ぬ。


 次にメガネの男について。


 男は認識力を低下させるスキル(蜻蛉の《朧》と同系統だろう)を使っていて、透明人間のように振る舞うことができる。さらに男に触れられると自分も認識力低下のスキルの対象になるらしく、大声で騒いでみたが周囲の誰にも気がつかれなかった。


 眼鏡の男もアラクネたちにとっては不審者だ。正体バレすれば男にとっても都合が悪いはず。だから自分に騒がれるわけにはいかない。


 ジェービーは自分の強さをある程度正確に把握している。自分は結構強い。敵の幹部級を殺して、なりすませるくらいには強い。魔女やリコリスたちには勝てないが、この眼鏡には勝てるかもしれない。


 現状ベストな選択肢は


・周囲のアラクネたちにばれずに眼鏡の男を殺害し、


・眼鏡の男の存在を騒ぎ立て


・ついでに妹も殺して眼鏡の男に殺害の罪をなすりつけ、

 

・リコリスたちの心証を下げて魔女とリコリスを完全に敵対させ、


・アラクネの姉の≪擬態≫を続けて


・魔女の動向を探る


 ことだが、自分で言っててなかなか達成条件が厳しい。


 ここまでが1秒の思考だった。次にジェービーはとりあえず男を殺せそうかどうかを考察する。


 現在ジェービーの攻撃手段は、


①自らの体の一部を刃や槍状に変形して戦う武術≪不定形流動殺ふていけいりゅうどうさつ≫。


②体当たり。


③自らの体に対象をまるごと”取り込む”


④≪擬態≫しているアラクネの体を用いての攻撃。


⑤エレメントチェンジからの魔法攻撃。


 まあ①だろうな。擬態状態からの≪不定形流動殺≫は体の構造を無視した不意打ちを可能とする。ジェービーは体内で毒を生成できるから毒の効果も重ねれば必殺に近い。


 ここまでの思考がさらに1秒だった。よし①でいこう。


「ふむ①は無理だ。なぜならその思考は僕にばれているから」


「ん?」


「だから選択肢①≪不定形流動殺≫は無理だからやめておけと言っている。①は不意打ちができないなら効果は薄い。ためしにやってみてごらん」


 ジェービーが男の顔面に向かって不定形の刃を繰り出したが、眼鏡の男はそれを難なく躱した。


「はい。①は無理だっただろう。②体当たり、③取り込むの選択肢はたしかに僕に有効かもしれないね。だけど②、③の選択肢は君が≪擬態≫を解く必要があり状況的に実行するのが厳しい。なんせアラクネや魔女にボコボコにされる可能性大だからね。となると④か⑤だが、君はアラクネの体にも慣れておらず、色魔術の習熟度も低い。僕に有効打を与えるのは難しいと思うな」


 ジェービーはそのときようやくこの男の能力を把握した。こいつ心を読んでいる。おそらくこいつ弥生と同じタイプの。


「ふうん【弥生】ちゃんね。君らのダンジョンにも僕と同じで心を読めるモンスターがいるのか。≪朧≫の【蜉蝣】ちゃんといい僕と能力がかぶってる子がいるんだね。僕の能力は結構珍しいと思うんだけどな」


 まずいまずいまずい。考えれば考えるほどダンジョンの情報がばれてしまう。考えるのをやめなければ。


「うんうん。そうだよ。僕に思考を読まれたくなければ考えるのをやめることだ。だけどやってみればわかるけど、思考をとめるというのはとても難しい。止めようと思えば思うほど考えてしまうものだし、どうがんばっても思考を止めようという思考は止まらないからね。ハハハなにを言っているかわからなくなってきたな」


 思考を止めろ思考を止めろ思考を止めろ。


「だから無理だと言っている。さて君に新たな選択肢を与えよう。今すぐ君のマスターファーリスににデリートの要請をするんだ。それができなければこのまま君から情報を絞りつくすからね。さあ念話を送るんだ。ぼくをデリートしてくださーいってね。フフフ、マスターのことを考えたね。推定ポイント残高6.9兆ポイント!? ……へえ、すごいな。ほかにも有用な情報はないかな? 例えばダンジョンで一番強いのはだーれだとかね。ふむふむ【焔】に【小夜】か……」


 これは、無理だ。こいつ、情報が、どんどん。


「デリートしてくれ!! マスター!! ぼくをデリートしてくれ!!」


「ハハハハ!! この時点でたくさん情報はいただいている! 今君がデリートされたとしても十分な成果を得ているよ! そうだ! 僕からも君のマスターにお願いしてあげようか! ハハハハ! ちなみに君の念話の内容も筒抜けだ!!! 念も思考のうちだからね ハハハハ!」


「助けてくれ! マスター! 早く! 助けて! 早く! ぼくを殺してダンジョンを助けるんだ! 早く! ぼくをデリートするんだ!」


「おやおや、君のマスターずいぶん情に厚いんだね。こんな状況になってもまだ迷ってるよ。ハハハハ! お優しいことで結構だ!!」


「アリースッ! たのむ! アリス!! 念話を!! ぼくに!! ありったけの思考を!! 僕に!」


「ほお……【アリス】ちゃんか。この子が君たちの指揮官なんだね。≪思考加速≫に≪並列思考≫、≪絶対記憶≫か。スキルを並べただけでも優秀だな……こわいこわい。君がデリートされたあとでゆっくり対策を考えるとしよう。おいおいおいおいなんで急にエッチなことを考えて、そうかデリートされる前にせめて楽しかった思い出をってか! こいつは傑作だ! ハハハハ! ハ……」


 と。その次の瞬間、眼鏡の男が鼻血を流した。ジェービーのエッチな妄想に興奮した……わけではない。


「な、なに……やめろ…考えるのをやめろ・…〇情報機関一覧≪4名≫【情報機関長・情報集積担当】 名 前:アリス 種 族:戦魔女 スキル:≪絶対記憶≫、≪思考加速≫、≪並列思考≫ 適 正:≪武術適正:C≫、≪魔法適正:B≫ 属 性:≪超属性:C≫、考えるのをやめろ≪風属性:C≫ 好な物:お酒、タバコ 見た目:美魔女 取得費:2,000,000,000ポイント(推定)【情報収集担当】 名 前:ジェービー 種 族:ドッペルゲンガーデビルスライム 考えるのをやめろスキル:≪擬態≫、≪分裂・同化≫、考えるのをやめろ≪念話≫ 適 正:≪武術適正:A≫、≪魔法適正:B≫ 属 性:≪水属性:A≫、≪悪属性:D≫ 好な物:美人 見た目:スク水少女 考えるのをやめろ取得費:1,000,000,000ポイント考えるのをやめろ(推定)【情報収集担当】 名 前:弥生やよい 種 族:サトリ スキル:≪読心≫、≪メンタルガード≫、考えるのをやめろ≪マインドダイブ≫ 適 正:≪武術適正:E≫、≪魔法適正:C≫ 属 性:≪悪属性:B≫、≪超属性:B≫ 好な物:古い本 見た目:文学系眼鏡女子 考えるのをやめろ取得費:1,000,000,000ポイント(推定)【情報機関長補佐】 名 前:シバ 種 族:朧車椅子  スキル:≪思考強化、≪思考共有≫、≪思考出力≫ 適 正:≪武術適正:E≫、≪魔法適正:D≫ 考えるのをやめろ属 性:≪草属性:A≫、≪闘属性:C≫ 好な物:尻 見た目:車椅子 取得費:3,000,000,000ポイント(推定)〇バトルチーム「ホムラ」(在籍4名)【チームリーダー】 考えるのをやめろ名 前:ホムラ 種 族:九九九,九九九,九九九尾の狐スキル:≪鑑定≫、≪武術適正:S≫、≪魔法適正:S≫、≪模倣≫、≪学習≫、≪狐火≫、考えるのをやめろ≪世界召喚:鳥居稲荷≫、≪式神召喚:加具土命・火産神≫、≪魔剣召喚:九枝刀≫ 適 正:≪武術適正:S≫、考えるのをやめろ≪魔法適正:S≫ 属 性:≪火属性:S≫、≪妖属性:S≫ 好な物:武術、魔法 考えるのをやめろ見た目:セーラー服 取得費:10,000,000,000ポイント考えるのをやめろ(推定)【サブリーダー】 名 前:レーナ 種 族:ポイント管理ヘルプアシスタントシステム スキル:≪念話≫ 適 正:≪武術特性:D≫、≪魔法適正:A≫ 属 性:≪草属性:A≫、≪鋼属性:A≫ 好な物:役に立つこと 見た目:メイド風エプロンドレス考えるのをやめろ 取得費:0ポイント(推定)【遠距離攻撃担当】 名 前:朱実シュミ 種 族:ラクシュミ スキル:≪豊穣≫考えるのをやめろ 適正:≪武術適正:A≫、≪魔法適正:B≫ 属 性:≪地属性:A≫、≪水属性:B≫ 好な物:NTR見た目:むっちりシスター 取得費:500,000,000ポイント(推定)【攪乱担当】 名 前:蜉蝣カゲロウ考えるのをやめろ種 族:対邪忍 スキル:≪朧≫ 適 正:≪武術適正:B≫、≪魔法適正:A≫ 属 性:≪風属性:A≫、≪氷属性:B≫考えるのをやめろ 好な物:NTR 見た目:網タイツハイレグ忍者考えるのをやめろ 取得費:500,000,000ポイント(推定)。考えるのをやめてくれええeeeeeeeeeeee3.1415 9264 8777 6988 6924 856699200ポイント、hたおfっじゃおあえあああああああえあjふぉあえいあじょhfoaefoiafoava」


 眼鏡の男が顔じゅうの穴から出血した。


「→→→死←←←」


 眼鏡の男が倒れた。男が念話を傍受できると知った瞬間、アリスが機転を利かせ≪思考加速≫と≪並列思考≫を併用し凄まじい情報量を凄まじい速度で念話でジェービーに送ったのだった。眼鏡の男の脳は優秀だった。そのためそれら大量の情報を処理しようとフル回転し、結果情報を処理しきれず、脳が焼き切れてしまったのだ。


 逆にジェービーはアリスが送ってくる殺人的な情報を処理しないように、エッチなことなどを思い浮かべて耐えたのだった。


「ハア、ハア、ハア……」


 疲れた。一歩も動いてないのに。


 男が死んだ。認識力低下の効果がなくなり、周囲のアラクネたちが騒ぎ出した。


「んん??? だれだこいつは!?」


「魔女さま! あやしい男が死んでいます!」


「おい、まじでだれだこいつは!」


 ほんとだよ。まじで誰だったんだ。あいつ……。まあいいか。男が注目されているうちにジェービーはこっそりだれにもばれないように妹も殺害した。


「いやああああああああああ! 妹があああああああああああああ!」


 そして思いっきりわざとらしく演技をして、悲しみをアピールした。


「さっきまで息があったのに!」


「まさか、この男が殺したのか!?」


 妹と男の死体。それを見た魔女の、怒り狂った顔……!


 ジェービーは妹を抱えて泣きじゃくりながらも、内心で笑いがとまらなかった。ダンジョンの情報は守り、思考を読む厄介な敵は殺し、魔女とリコリスを敵対させることに成功した!! 怖いくらいに完全な勝利だ。




   *




【瓦礫の塔:情報室長 兼 星屑の森:作戦参謀】

 名 前:ベームベーム

 種 族:メフィストフェレス

 スキル:《朧》、《読心》、《記憶力強化》、《世界召喚:ファウゲーテ》、《魔剣召喚:エルザ》

 適 正:≪武術適正:A≫、≪魔法適正:A≫

 属 性:≪悪属性:A≫、≪毒属性:A≫

 好な物:情報分析

 見た目:オールバック眼鏡

 取得費:400,000,000ポイント(4000年前)





 バアルの右腕、リコリスの戦友、クミホの先生。


 4,000年以上瓦礫の塔を支え続けた巨星【ベームベーム】。


 人知れず星屑の森に堕つ。



――― ジェービー VS ベームベーム ――― 勝者:ジェービー&アリス





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