第35話 司令官不在

   *



 おれとレーナは情報機関の扉をくぐる。大きなテーブルに共有ディスプレイや操作デバイスがずらっとならんだ部屋は喫煙者のアリスのせいで独特のにおいがする。おれとレーナは部屋を進んでいく。


「わたしはなにをしたらいいですか?」


「うーん、まずは情報機関になれてもらうか」


 先ほどまでアリスが座っていた席をみる。テーブルはアリスの鼻血で汚れている。先ほどまでアリスが座っていた椅子はただの椅子ではないのだ。


「とりあえず、こいつに座って」


「わっ! シキだ!」


 車椅子型モンスター【シキ】。これでも【情報室長補佐】の肩書きを持ち、推定取得ポイント数はアリスやジェービーをも上回る。《思考共有》、《思考強化》、《思考出力》のスキルを持っており、情報機関開設以来アリスをサポートしていた。


 シキにはアリスが四六時中座っていたので、《思考共有》でアリスの思考を最も理解しているモンスターだ。シキに座り《思考共有》をすることでアリスの思考を学ぶことができるのだ。


「では、失礼します」


 シキに座るレーナ。シキはふかふかで、マッサージとかもしてくれるので結構座り心地はいい……と思うけどあくまでおれ個人の感想だ。そういえば弥生はシキに座るのが苦手だった。《思考共有》と《読心》は似た系統のスキルなので相性が悪いのかもしれない。


「う、うわ、これは……まあ、うーん、好みが分かれる座り心地ですね」


 あまりレーナの印象はよくなかったみたい。残念だったシキ……。


「そんじゃシキ、レーナに簡単に情報室の仕事を教えてあげて。ゆくゆくはレーナにはアリスの代わりをやってもらいたいけど」


「それは……無理です」


 レーナが申し訳なさそうな顔をする。ダンジョンにまつわる殺人的な情報量を一人でさばいて適切な指示出しをするなんてアリスにしかできないだろうしな……おれにもレーナにも焔にさえもできないことだ。


「いや、いいんだ。レーナはもうバトルチームの一員なんだし。ただおれひとりじゃなんにもできないから、情報室がアリス不在でもそれなりに機能するようになるまで、おれを手伝ってくれないか?」


「もちろんです! アリスが早く復帰できるように医療体制も整備しないといけませんよね。おそらくこれからはケガ人も増えるでしょうし」


「そうだね」


 レーナとの会話は前の論功行賞以来だったが、時間が空いても違和感なく会話できていた。


「情報室の復旧で一番早いのはアリスと同じモンスターを買って働いてもらうことだと思ったんだけど、”戦魔女”って全然DANAZONに売ってないんだよね」


「ああ~、焔や小夜と同じモンスターが買えないのと同じ理由ですね。”在庫がない”。だから売れないし買えない」


「焔600体軍団つくろうとしたけど無理だったもんね」


「そんなことありましたね」


 ふふ、とレーナが笑った。九九九,九九九,九九九尾の狐は焔以来、DANAZONに出回ったことがない。


 1億ポイントを超えるモンスターやアイテムはそもそも貴重で在庫がないことが多く、なかなか購入することができない。

 

 取得ポイントが高いモンスターは当然、ポイントに見合った高い能力をもっているのだが、購入ポイントの高さはそもそもの入手難度の高さが加味されている。おれも四六時中DANAZONをみていいモンスターがいないか探しているのだが、在庫がなく、なかなか購入することができずにいる。たまにダメ元でポチってみたら買えたりするんだけどね。小夜とかそうだった。(見た目がかわいいからどうしても諦めきれず頑張ってカーソルを連打したいたら買えたのだ)


「とりあえずアリスの仕事をカバーしないとですね」


「そうだね」


 レーナはシキに座ったまま目を閉じた。シキの≪思考共有≫がはじまったな。しばらくは研修中だ。


 そもそもアリスってなにやってたやつなんだっけ。


 情報機関のやつらは当然ながら情報の扱いに慣れている。あいつら情報を整理するのが上手いんだよな。それに倣っておれもちょっと整理してみるか。とりあえずこれまでアリスがやっていたことをまとめてみよう。


①ジェービーや弥生、バトルチームから送られてくる≪念話≫を聞いてその情報を記録(記憶)する。


②記録した情報を吟味する。事実と推測をわける。


③ー1 事実をもとに今後どうするかを考える。


③ー2 推測については事実と判断できるまで検証する。②に戻る。


④どうするかを考えたら実行する(指示して実行させる)。


⑤実行したらどうなったかを観察する。


⑥観察結果をもとにさらにどうするか考える。②に戻る。

 

 ①ひたすら情報を集めながら、②~⑥をとにかくこれをずっと繰り返してるんだよな。超高速で。こうしてしまうとシンプルっちゃシンプルで誰にもできそうなことなんだけどな。やってみればわかるが②の事実と推測をわけるの時点で難しいからね。


 アリスが言うには真実と推測をわけるには世界に対する正しい知識と理解が必要だとか。この時点でなに言ってるかわからないよね。なにが正しいかわからないから困っているのに。


 そうだな。とりあえずレーナには①をやってもらおうか。ジェービーの念話を聞くだけのお手軽な作業に思えるけど、ジェービーは現在100体近く≪分裂≫しているので、100体から送られてくる≪念話≫を同時にさばくなんて、おれにはとてもできなかった。


 たぶんレーナにもできないだろう。


 情報室を大きくして、ジェービー1体に付き記録係を1人配置する。そうすれば一応はできるようになるかな。うん……? いや、そんなまどろっこしいことしなくてもいいか。


 ジェービーからの念話はジェービーが受ければいいんだ。


 ジェービーからの送られてくる情報を受け取る、いわば受信専用のジェービーをシキに座らせて情報室で共有すればいい気がしてきた。


 情報の吟味はおれとレーナだけでは無理だから、バトルチームのリーダーたちとか弥生とかに話を聞いていこう。ここに関しては責任を分散しよう。作戦とか考えるのはみんなでやろう。みんなでかんがえた作戦をやるかやらないか。それだけはおれが決めよう。そしておれの決断に対してはおれが責任をとる。


 アリスのように即断即決はできないし、みんなに話し合いに参加してもらうことになるから、みんなの時間を奪うことにはなるけど、そこはまあしょうがない。


 うん。意外とおれひとりでもいろいろ考えつくもんだな。とりあえず受信用のジェービーを配置するところからはじめよう。


 と、思っていると、焔からの念話が入ってきた。


(マスター、レーナ。手術終わったで。成功や。けどアリス仕事中毒やから動けるようになったらまた無茶するやろ。そやから完治するまで眠り続けるつう巫術をかけておいた。目覚めたときには後遺症もなく元通り仕事できるようになるはずや。いつ目覚めるかはわからんけど……)


(いやいや、ありがとう焔。アリスの命が助かっただけでもすごいのに、元通り復帰できるようにするなんてすごすぎるよ)


(いえいえ……ほなウチは第1階層に帰る。アリスが寝ている間こまめにアイテムを使ってやらなあかんし、床ずれの心配もあるから、だれか世話役をつけてやらなあかんで)


(そうか。大監獄の世話役のだれかに来てもらうよ。具体的にどんな世話をしたらいい)


(巫術の効果が続くように、≪狐大麻≫っつうおふだを一日一回張り替える必要がある。あとは回復アイテムやな。ぶっかけて効果が得られるタイプのポーションを頭に一日一回かけてやってくれ。あとは2時間おきに体の向きを変えて床ずれを防ぐ。そんなとこかな)


(わかった。ありがとう焔)


(突然呼び寄せられてえらい目にあったわ……アリスがおらんからこのダンジョン今、滅茶苦茶やばい状況や。ウチもがんばらなあかん。マスターも大変やと思うけどがんばろうな)


(わかってるよ……)


 アリスが助かったのはよかった。しかし大変なのはこれからだ。おれたちの戦いはこれからだ。




   *




 星屑の森との決着まであと20話(くらい)……




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