第31話 スライム潜入
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本日も森は鬱蒼として死の音で騒々しい。悲鳴、断末魔、威嚇、戦闘音、咀嚼音。森の生態系をあえてそのままに残したこのダンジョンは平時であっても苛烈な生存競争が繰り広げられている。
ジェービーは体内に取り込んだ敵の骨を砕きその肉体をドロドロに溶かしなが森の音を感じていた。
星屑の森と名前をつけられる前から、この森にはモンスターが存在していた。彼らはもともとはバアルが持ち込んだ異世界のモンスターなのだが、4,000年に及ぶ年月が流れた結果、この世界に適応し繁殖し独自の生態系と文化を築いた。外来起源の原生モンスターなのだ。
彼らは一応瓦礫の党の所属ではあるらしい。しかし森で生まれ森で育ったモンスターたちはそもそもバアルへの忠誠を持っていない。名前すらつけられていないから、ダンジョンモンスター一覧にも上がらずデリートの対象にもなっていない。自分の縄張りにを侵すものがあれば瓦礫の塔のモンスターだろうと襲いかかる。森の中には知能が高いモンスターが集まって作った原始的な集落もいくつかあるが、瓦礫の塔の面々と友好的な関係を築けているかというと疑問符がついてしまう。
星屑の森と名前が変わり、森が本格的にダンジョンとして整備されても彼らは森に生きていた。クミホはこのよう厳しい環境をあえてそのまま残し、そこに自分の配下たちを放り込んだ。
バアルが魔界クレッシェンドを平定してからというもの、世界はずいぶん平和になったらしい。世界中に戦場の感覚を忘れてだらけたモンスターが出現しており、星屑の森に集められたモンスターはたいていそのような者たちだった。
弱肉強食の環境に適応し生き残る。
そのためには配下たちはつねに己を磨かなくてはならない。だらける暇など一切ない。森での生活そのものが戦闘の訓練になっているのだ。またクミホの配下との戦いを通して原生モンスターたちにも変化があった。クミホの配下の実力を認め、クミホに恭順を示すものが現れ始めたのである。
生存競争を通して配下に力をつけさせ、そのうえで自分たちの力を原生モンスターに認めさせ仲間にする。星屑の森のダンジョン運営はそのようなコンセプトのもとで行われていた。
クミホの目指したダンジョン運営が正しかったのかはまだわからない。将来クミホのダンジョン運営方針が評価される可能性はあるが、現時点ではまだ成功したとはいえない。
クミホは1ヶ月縛りを利用しながら、半年以上の時間をかけて配下のモンスターを育て、原生モンスターを配下に加えていく予定だったようだ。しかしマスターのダンジョンが早々にオープンしたことで計画が狂った。配下の育成は十分に進んではいなかったし、原生モンスターのほとんどが敵対状態にあるままだった。
星屑の森がダンジョンとしてまとまるには時間が足りなかったのだ。
結果、ジェービーの暗躍を許し、男爵一派など指揮系統に従わぬ配下を出してしまった。
そして今日、星屑の森のサブマスターが変わった。
砦に潜入している“別の”ジェービーによれば、昨晩深夜に何者かがやってきて今朝、クミホがサブマスターを降りたのだという。
しかしなぜこのタイミングで。
たしかにクミホの指揮には荒さはあった。味方の死を前提にしたダンジョンに放り込まれればたしかにたくましく育つだろうが、部下をそんな目に合わせて誰がクミホに忠誠を抱く? どうやって組織としてまとまる? そういった懸念は敵のジェービーからみても明白だった。
とはいえそれが星屑の森というダンジョンのコンセプトなのだから、コンセプト通りにダンジョンを運営できていたという意味では、クミホは優秀であった。
すでに森の生活に適応した猛者たちがちらほら頭角を現しはじめていたし、クミホはそういった強者には手厚く援助をし忠誠を育もうとしていた。原生モンスターが誤ってファーリスのダンジョンに侵入しないようバリケードでダンジョンを封じたり、切れ目なく斥候を飛ばしダンジョンの監視を続けていたりとダンジョン運営にあたって必要そうな施策は十分実行できていた。
そんなクミホがダンジョン運営開始1ヶ月とちょっとでサブマスターを下りる。星屑の森に何かが起きているのだろうか。新しいサブマスターとやらはだれなのだろうか。
それを探らなければならないがなかなか苦労しそうだ。なんせ徹底した情報統制が引かれている。自分の≪擬態≫のことが敵に知られてしまっている。うっかりを装って近づいたりすればあっさり始末されそうな気がする。
《念話傍受》や《念話妨害》のスキルを持っているものもいるから(とはいえあまり機能していないようだが)、砦の諜報は慎重にならざるを得ない。今のところ砦のジェービーの《擬態》がバレずに潜入できているのはラッキーだが、どうせそのうちバレる。砦のジェービーには頑張ってほしい。
「さて」
敵の消化を終えたジェービーはすぐさま《擬態》をはじめた。上半身はワイルドな風貌の女性だが下半身は外骨格に覆われた八本足の蟲。アラクネという半人半蜘蛛のモンスターの姿である。
「おーい姉! いつまでクソしてんだ。そろそろ行かねーと魔女さまにおこられるぞ」
と仲間のアラクネが遠くから話しかけてくる。
「わりい、どうも調子が悪くてよ」
とその声に応え、ジェービーは八本足の体を動かしてみる。動きにぎこちなさはないか確かめる。多分大丈夫だ。
そして自分に言い聞かせる。
今日からぼくはアラクネだ。”魔女”の眷属のアラクネだ。今日から僕は”魔女”の眷属のアラクネになって”魔女”の情報を探るのだ。
星屑の森の原生モンスター“魔女”。
おそらく”魔女”はこの森で最も強いモンスターだ。原生モンスターゆえ名前こそないが、このモンスターの強さは異常だ。なんせ魔法の習熟度が段違いだ。ジェービーには勝てないし、たぶん焔でも苦労するレベル。
一応今は敵でも味方でもないが敵に付かれると厄介なので動向はつねに押さえておきたい。あわよくば弱点も把握して戦うときの準備をしておきたい。もし敵が”魔女”を恭順させようと動くなら、それを妨害する必要もある。
あわよくば焔と戦わせ魔女の魔法を≪学習≫させたら面白い。さらに欲をいうなら自分たちの味方に付いてもらいたい。まあさすがにそれは無理だろうが。
とにかくジェービーにはこの”魔女”が気になるのである。魔女をめぐって面白いことが――あるいは恐ろしいことが起こるかもしれない。
仲間のアラクネはジェービーが≪擬態≫しているアラクネと仲がよかった。そいつと一緒に移動していく。8本の足を使い、木々を素早く上り、飛び移りながら進んでいく。向かう先は魔女の住むアラクネたちの集落だ。
「おい聞いたか!? 砦の奴らの話」
「ああ!? 知らねーよ」
マジで知らない。知らない情報を簡単に引き出せる。やはり≪擬態≫は情報収集にうってつけだ。
「やつら魔女様に従えって言いに来たってよ」
「マジか。そいつ殺したのか!?」
「これから殺すんだよ!! だから言っただろ急げってよ!!」
「ひょおお! やったるぜー」
なにがやったるぜーだと自分で自分にツッコミを入れながら、ジェービーは森を駆けていった。魔女を敵にとられるわけにはいかない。これはどうにか妨害しなくては。
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