第30話 猛者たち
*
深夜23時。
巨大な翼を羽ばたかせ飛竜がゆっくりと着地する。強い風が巻き起こりその風圧に出迎えの人々の髪がなびいた。クミホの砦の屋上に集まった出迎えの面々は固唾を飲んで、黒い貴婦人の着地の瞬間を待った。飛竜から高々と跳んだ黒い貴婦人はじつになめらかで上品な所作でつま先からふわりと屋上に着地した。
毅然とした凛々しい立ち姿であった。黒いドレスのスカートが風にあおられ揺れている。
「お待ちしておりました! リコリス様! フルート様!」
屋上には星屑の森の情報担当、作戦立案担当、運営担当など総勢20名におよぶ面々が並んでいる。その中から狐耳の巫女姿の少女が前に進み出て、【リコリス】・【フルート】に向かって深々と頭を下げた。
「お二人ともワッチの不足のせいでご足労おかけしました! 長旅お疲れでしょう、お二人のお部屋を用意してありますぜひともそこでおくつろぎください」
ペコペコしているクミホをリコリスは目をほそめて眺めた。そしてクミホに手を伸ばしその髪をワシャワシャと掻いた。狐耳がリコリスの手の動きに合わせてふるふる震えた。リコリスがクミホの耳に唇を近づけ、
「――がんばったねクミホ。あとで慰めてあげようか」
と囁いた。リコリスの甘い声の響きにクミホはゾクゾクと震え赤面した。クミホが赤面している合間に、リコリスは屋上の面々に向かって話しかけた。
「リコリスである! フルート共々、今から世話になる!」
「アギャース!(フルートの鳴き声である)」
「「はッ!」」
全員が敬礼をした。リコリスも敬礼を返す。
そしてフルートに向き直りその鼻を撫でた。フルートは「アギャ」と短く鳴いた。
「フルート、長距離移動ご苦労だったな。人型になり十分休息せよ」
「アギャース!」
フルートが形態を変化させていく。全長8メートルの飛行形態から、身長1.73メートルの人型形態へ。フルートは頭部に二本の角を持つ女性であった。一糸まとわぬその体は鍛え上げた筋肉に覆われ鬼神のごとき迫力を湛えている。背中の両翼は肉体と分離するや二本の剣へと形を変えドローンのごとくフルートの周囲を飛びまわっている。
「フルート様、お召し物を!」
「寒いアギャ(リコリスに命じられ語尾にアギャをつけさせられている)」
砦の女性スタッフがいそいそと駆け寄ってきて何も着ていないフルートを白い布で覆い隠した。あとからやってきたスタッフが着替え一式を持って布の向こう側へ入っていく。
フルートの形態変化を見届けたリコリスが「私の部屋へ案内せよ!」と命じると、クミホが案内役を買って出た。
リコリスは堂々たる歩みでクミホについていく。階段を下りて最上階の廊下を進む。
「ベームベームは?」
とのリコリスが問いかける。
「明日早朝、到着予定です!」と答えながらクミホはベームベームのことを頭に浮かべた。瓦礫の塔の情報担当【ベームベーム】。作戦立案と情報分析のエキスパート。バアルの右腕ともいえるモンスターで、クミホにとってダンジョン運営の師匠のような存在だ。
「そうか。それなら会議は明日のほうがいいな。今夜中に資料に目を通しておくから用意してくれ」
「はい!」
「おそらく会議では私にサブマスター権限が委譲されることになるだろうね」
「はいそのようにバアル様にお願いしました! 申し訳ありませんでした」
「謝る必要はない。クミホ、すまないが明日の会議ではベームベームを次のサブマスターに推してくれないか。おそらくそのほうがいい」
「え、はい! わかりました」
「よろしく頼む。ところでクミホは権限委譲後もここに残るのか?」
「はい! ここに残って戦う責任がワッチにはあります! ファーリスのダンジョンを地獄に変えるその日まで!」
「いいね」
リコリスはにこりと笑った。「こちらがリコリス様のお部屋です」とクミホがドアを開ける。半開きになったドアの向こうにはシックな調度品が並びきれいに清掃された部屋があった。
「おや、ベッドがないようだが?」
「あ、リコリス様はお眠りになられるのですね?」
ダンジョンモンスターは眠気を感じない。だから基本的に眠らない。しかし眠らないと調子のでない者もいる。疲労やストレス解消のためあえて眠ることもある。仕事や修行の効率を上げるために休息をとったりもする。ベッドは睡眠のために設置されているものだが……
「ちがう。わかるだろう、クミホ」
……他の用途に使用されることもある。
リコリスの細く白い指がクミホの頬に触れると「え、ええ~」とクミホははげしく赤面した。
「わわわわっちには好きなひひひとがが」
とクミホがしどろもどろで言ったところでリコリスはクミホの髪をワシャワシャと掻いた。
「フフ、冗談だ。今夜は資料に目を通さねばな」
「あ、はい! そうでした!」
リコリスはクミホの耳に口を近づけ、
「期待させてしまったかな?」
と囁いた。クミホはゾクゾクしてピョンピョン跳ねた。
「い、今、資料を持ってきますから!」
とボサボサになった髪を振り回し駆けていくクミホ。その背中を見送り、リコリスは部屋の椅子に腰掛けた。ふう、と深い息を吐き目を閉じる。
そして思いかえす。
上空1,000メートルから《気配察知》で敵のダンジョンを探ったときのあの感覚を。少なくとも2体。自分に拮抗しうる存在があのダンジョンにはいた。
命がけ。
ふと自分の脳裏に浮かんだ言葉にリコリスは興奮した。
「フフ」
リコリスは妖しく笑った。
*
「ベームベーム様、ご到着~」
翌朝、ベームベーム到着の知らせを受け、クミホは慌てて部屋を飛び出した。
会議室にベームベームはいた。髪をオールバックにまとめ眼鏡をかけた風貌の青年の姿をみるなりフミホは、
「先生~!」
と駆け寄った。ダンジョンマスター検定の勉強のために情報室に入り浸っていたクミホは情報室の面々とは親しい間柄であった。とくにベームベームはクミホに熱心に勉強を教えてくれた上、サブマスターにクミホを推薦してくれた恩人だった。
期待には応えられなかったが。
「おはようクミホ」
「おはようございます先生。来てくれてありがとう。上手くできずごめんなさい」
「今回は残念だったが最初から上手くできるもんじゃない。失敗ほど有用な学習はない。シッカリ学んで今後に活かしてくれよな。あとは僕に任せなさい」
「やっぱり先生は優しい!」
「優しいはないだろう。僕はこれでも悪魔なんだぜ。優しい悪魔なんて冗談じゃない」
とベームベームが照れているとリコリスが資料を持って会議室に入ってきた。フルートがそのあとをついていく。ちなみにフルートはカーキー色の軍服をきている。ガタイがいいフルートによく似合っている。
「おはようベームベーム。ひさしぶりだな」
「直接会うのは40年ぶりだねリコリス。最後に念話したのは忘れもしない」
「3年前、最後の戦いのときだ。あの時お前の作戦で私のチームメンバーがほとんど死んだ。だから念話で文句を言ってやったんだな」
「君たちには悪かったよ。あの戦いに勝てたのはは君たちのおかげだ」
「ああそうとも。あの戦いは私たちのおかげで勝てたんだ……それがせめてもの救いだったな。負けていたらお前を殺していたかもしれん」
「それは……怖いな」
リコリスとベームベームはがっちりと握手を交わした。
「君とまた戦えてうれしい」
「私もだ」
それから軽くハグをした。
リコリスはベームベームの右隣に着席しフルートはその隣に座った。クミホは最高権力者の席(カミザ)に座った。
「えー、それでは定刻になりました。作戦会議をはじめます。司会はワッチが行います。防諜のため会議の参加者はワッチが信用できる人だけです。つまりそういう情況です。よろしくお願いします。さて現在星屑の森は大変苦しい……」
たった4人の会議がはじまった。
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